41 話・模擬戦終了
「ちょうどいいわ。ローガン、ゾーイ、見てなさい」
そう言うとサフィールが赤い剣を消し、代わりに両手を向かって来る炎に向けた。
「氷魔法で相殺するのも良いけれど、」
サフィールの両手を中心に緑の光が広がる。
「炎は、その空間を真空にしてしまえば早いわ」
緑の光がサフィールの身体を超える大きさまで膨らむ。そしてその光は、向かって来た炎を逆にバクりと飲み込んだ。
しゅん、と、光に飲まれた炎が一瞬で消え失せる。
「酸素がなければ炎は消える。ただ、ひとを巻き込まないよう気をつけてね」
その言葉と同時に、サフィールは竜巻を起こしていた魔法を解除した。
爆破も収まり、ややあってやっと視界がクリアになった訓練所には呆然と立ち尽くす騎士達がいた。
「いや……、それは、わかるんですが……」
「はは……、やっぱサフィール様は段違いっす」
肩で息をしながら、ゾーイは泣きそうな顔で眉を下げ、ローガンは乾いた笑いを漏らす。
「ああも簡単に消されてしまうとは……。自信をなくしてしまいますよ」
苦笑し、剣を下ろしたナタリーに「とんでもない」とサフィールが言う。
「前回手合わせいただいた時より、魔石の扱いがかなり手馴れておられました。たくさん鍛錬をされたのですね」
「はい。サフィール様に少しでも手が届くよう、精進しております」
「ふふ、それはオリバー様に言って差し上げた方が良い言葉でしょう」
屈託なく笑うその姿は、まさか今の今までこの訓練所を災害の只中のようにしていた張本人とは思えない。
「サフィール様を捕らえることは叶いませんでしたが、皆の良い訓練になりました」
「ええ。皆様、昨夜の経験を活かして動けてましたね。流石、王国騎士団の皆様です。頼もしいですわ」
「ありがとうございます」
一礼するナタリーに、サフィールが「こちらこそ」と礼をし手を差し出した。
細く小さなその手は間違いなく年端もいかない少女のもので、あの戦闘の後でも手袋に汚れひとつない。
その手を見て、ナタリーは慌てて自分の服で自分の手を拭った。
「さ、サフィール様、私の手は汚れておりますので……」
「あら、構いませんわそんなこと」
無邪気に笑うサフィールに、ナタリーは「で、では……」と、差し出されたサフィールの手を恐る恐る両手で包むようにそっと握った。
それを合図に見学していた他の騎士達から、わっ! と歓声が上がる。
「なんだ今の戦闘……、模擬戦ってレベルじゃねーぞ!」
「サフィール様の魔法……どうなってんだよ」
「ナタリー様の剣技もいつ見ても凄まじいな」
どよどよと口々に皆が感想を言い合う。
それを他所にサフィールはふわりと舞い上がって訓練所の外に出た。
「サフィールさま!」
「ただいま、アル」
待っていたアルヴィー達の元へ降り立つと、アルヴィーが涙を浮かべてサフィールへ走り寄った。
「どうしたの?」
「サフィールさま、大丈夫ですか? ケガしてないですか?」
「あら、心配してくれているの?」
泣き出しそうなアルヴィーの頭を撫でてやると、アルヴィーは「だって、」と声を詰まらせる。
「あんなにたくさんのひとで、サフィールさまひとりになんて……ズルいです」
ぎゅっ、と眉間に皺を寄せるアルヴィーは本気で憤っているようだ。
戦いにズルいも何もないし、何よりさっきの戦闘でサフィールは傷どころかドレスに汚れひとつ付いていない。
実際にその戦闘を見ていたアルヴィーはサフィールが強いということは理解できていたが、それでも納得はできなかったらしく、ふっくらとした頬を更にぷくっと膨らませた。
「あらあら、ありがとうねアル」
サフィールは微笑ましい気持ちで、その膨らんだ頬をぷにぷにと突く。
「サフィール様も騎士団のひとも、やっぱりすごい……」
一方テオドールは感銘を受けた様子で、穴だらけになった訓練所を見詰めていた。
騎士や魔道士を複数相手にしても相手にならないサフィールの規格外の力……、その彼女を【護る】なんて、一体どれほどの強さを得ればいいんだろう。
(それでもオレは……、サフィール様を護る騎士になりたい)
自分の夢がどれだけ大それたことなのか再認識し、それと同時に決意を新たにしたテオドールは小さな拳を強く握り込んだ。
「サフィール嬢、ありがとうございました」
「いえ、後片付けが大変になってしまい申し訳ありません……」
「はははっ! 構いませんよ。それに、サフィール嬢にしては手加減してくれた方でしょう」
豪快に笑い飛ばすオリバーに、「あはは……」とサフィールが気まずそうに笑った。
「今の戦闘を踏まえて、また鍛え直します」
「お願いいたします。……それでは、私達はそろそろお暇しましょうか」
「またいつでもお越しください。テオとアルも、次は素振りでもするか」
オリバーの言葉に子供達が「はい!」と元気良く返事をする。
それにまたオリバーは笑い、アルヴィー達を見送ってくれた。
「よし、じゃあ整備して訓練再開だぞーー」
サフィールの姿が見えなくなってから、オリバーが訓練所を振り返る。
あちこちに空いた穴を埋める作業を部下達がしている中、ナタリーだけが中央に立ち尽くしていた。
「おいナタリー、さっさと戻れ」
オリバーの声にようやくナタリーが歩き出すが、ふらりふらりとした足取りで、オリバーの側まで来ると膝から脱力してしまった。
「またかよ……」
しかしオリバーは特に驚かないし、心配するでもない。
見慣れた光景だったからだ。
「さ……」
ナタリーの口から言葉が漏れ落ちる。
「サフィール様の手握っちゃったーーーーッ!!」
しゃがみこんだ状態で両手で頬に手をやりナタリーが絶叫した。
そこからは言葉の洪水である。
「どうしよう、やっぱりサフィール様超美しいし愛らしいし、ちっさくてお人形みたいでめちゃくちゃ可愛い……! あの可愛いサフィール様からあんな凶悪な威力の魔法が放たれるなんて、しかも剣まで使いこなして私の攻撃を全て軽くいなしてしまわれるなんて……! 騎士としてお護りしなければならない立場なのに恥ずかしい! でもサフィール様のあの圧倒的な強さに憧れる自分もいるし……、ああ、もう、ほんと尊い、可愛い、美しい……、ノア王子が羨ましすぎる……!」
早口で捲し立てる副団長の姿を見下ろして、オリバーは深く長い溜息を吐いた。
「落ち着いたら訓練に戻ってくれよ……」
ナタリー……、王国騎士団の副団長であり、実力、人柄ともに申し分ない人物であるが、このサフィールへの行き過ぎた敬愛のみが玉に瑕なのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
模擬戦が終了し、ナタリーの意外な一面が露呈しました(笑)。
サフィールの前では冷静でしっかりとした姿を見せたいのでクールに振舞っています。彼女もサフィール限定ですが、猫を被っていると言えますね。
サフィールの強さを目の当たりにして、それでも一対多数に思うところがあるアルヴィーと、圧倒的に強い彼女を護りたいテオドール。
それぞれきちんと考えを持っています。
前回今回と文字数が多くなってしまいましたが、区切りが悪くなってしまうのでこのような形になりました。
長々とした文章を読んで頂き本当にありがとうございます!
☆やブックマークで応援頂けると、とても嬉しく励みになります。よろしくお願いいたします!




