38 話・じれったいひと
「お父様にお任せしていれば安心ですわね」
そう言って微笑むサフィールに、オーガストは胸を張って笑顔を見せた。
「ああ、だから周りのことは気にせずサフィーは教会や孤児院を気にかけるようにしなさい」
「承知いたしました」
サフィールは父の言葉に甘えることにして、軽く頭を下げ、それからノアとは逆隣に座っているアルヴィーを見てくすりと笑う。
「なんでこんなところにお菓子が付くの」
こめかみのあたりにクッキーの菓子くずを付けていたアルヴィーに手を伸ばし、その欠片を取ってやる。
「あ、ありがとうございます」
お菓子がおいしくて、お行儀も考えず食べていたことに気付きアルヴィーが顔を赤くした。
「サフィー、サフィー! 私も私も!」
「ノア様はご自身でどうぞ」
わざとクッキーの欠片を頬に付けて顔を寄せてくるノアに、サフィールはとりつく島もない。
「では、私たちはこれで失礼いたします」
ノアを無視して立ち上がるサフィールに、オーガストも立ち上がり扉の前でハグをする。
「また家にも顔を出しておくれ」
「ええ。その時はマフィンを作って行きますわ」
「ああ! サフィーの作るマフィンが私は世界一大好きなんだ!」
しばしの別れの挨拶を交わす親子に、ノアが「ねえ、サフィー」と割って入った。
「このあとはどこに行くの?」
「騎士団へ顔を出そうと思っています」
「今から?」
「ええ。テオが行きたがっていますし、ローガンたちも気になりますから」
「……」
「? ノア様?」
むすっと黙り込んだノアにサフィールは首を傾げる。
「……そのカッコで行くの?」
「? ええ、もちろん」
サフィールはノアの言わんとしていることが分からず不思議そうにする。
オーガストはノアの心情を理解しつつ、何も言わず苦笑していた。
「そんな……」
「え?」
小声で何か言ったノアにサフィールが聞き返す。
すると、ノアは顔を上げて声を張り上げた。
「そんな可愛いカッコで行ったら、みんながサフィーに釘付けになっちゃうでしょ!!」
「……は?」
ノアの大声の主張に、サフィールはひと息置いてから、間抜けな声を出した。
「何を仰るかと思えば……、そんなわけないでしょう」
「いやいやいや! あるよ! 大アリだよ!」
ふふふ、と一笑に付されてノアがわたわたと両手を上げたり下げたりする。
「なんでわかんないの! ただでさえ可愛いサフィーがこんな綺麗なカッコして行ったらみんな好きになっちゃうでしょ!」
「ノア様、騎士団には女性も多くいらっしゃいますし……、こんな小娘誰の相手にもされませんわ」
本気でそう返すサフィールに、ノアは「あーーもうっ! なんでわかんないの!」と歯痒そうに叫んだ。
「私にそんな感情を持つような奇特な方は、ノア様くらいのものでしてよ」
「……サフィーのそういうとこ、やだ」
コロコロと鈴が鳴るような声で笑うサフィールに、ノアはガックリと肩を落とした。
その肩をポン、とオーガストが叩く。
「あの子をああしたのは、殿下ご本人ですからな」
「……わかってますけど。それにしても鈍すぎません?」
「……確かに、あの子自身の性格もあるでしょうが、殿下があの子を社交の場に連れ出さず独占していたのが大きいでしょうな」
「はああ……」
言外に『お前のせいだから諦めろ』と言われ、ノアは長い溜息を吐いた。
「そ、それなら、私も一緒に……」
「何を仰る。殿下にはまだ仕事が残っているでしょう」
「あら、それはいけませんわ。ノア様はご自分のお仕事に集中なさってください」
完全に八方塞がりになったノアが「ううう……」と唸る。
そこにテオドールが「ノア様」と一歩歩み出た。
「サフィール様は、オレがお護りします」
「テオくん……!」
テオドールの申し出に、ノアが縋るような目を向ける。
その二人を交互に見て、それまで傍観していたアルヴィーが手を挙げた。
「ぼ、ぼくもサフィールさまをおまもりします!」
アルヴィーは実のところ何からサフィールを護るのか理解していなかったが、それでもサフィールに危険が及ぶのであれば自分も力になりたいと……、そう純粋な気持ちで名乗りを上げた。
「アルくんも……!」
子供二人にキラキラとした目を向けたノアは、二人の肩を抱き真剣な顔で「頼んだよ」と言う。
アルヴィーとテオドールがこっくりと頷くのを見ると、ノアはまたサフィールへ向き直った。
「用事が済んだら戻ってきてよ。食事を用意するよう言っておくから、今日は泊まっていって」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
サフィールにはノアの切実な想いは届いていなかったが、なんだかその必死な様子が不憫に見えて、素直にノアからの提案を受け入れることにした。
「ほんと!? 絶対だよ!」
「ほんとです。だから、それまでお仕事頑張ってくださいね」
「うん!」
サフィールの両手を握り、真摯な顔で言うノアに頷いて見せる。
するとやっとノアも納得してくれたようで、一歩引いて皆を見送る姿勢を取った。
「では、またあとで」
そう言って、サフィールはオーガストとノアに頭を下げ、部屋をあとにした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
3章ではサフィールの鈍感な一面が掘り下げられております。
サフィールもノアも容姿が良いのすが、ノアが確信的人たらしなら、サフィールは無自覚人たらしです。
ノアはそのせいで気苦労が絶えませんが、そもそもノアのせいなので周りは助けてくれません(笑)。
次回は騎士団へ顔を出します。
騎士団では新キャラも登場しますので、楽しみにしていてください!
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