32 話・うつくしいひと
朝食を済ませると早速アルヴィー達はアンナの手によって登城用の身支度に整えられ、馬車に乗った。
城へ行くということで、侍女であるアンナも一緒だ。
(おしろって、どんなところなんだろう……)
城へ行くと聞かされてからアルヴィーはずっと緊張しっぱなしで、朝食もなかなか喉を通らず食べ切るのにも苦労した。
(僕のカッコ、おかしくないかな)
自分の姿を見下ろしてそんなことを考える。
アルヴィーは、カーキ色のハーフパンツにサスペンダー、それにパンツに合わせて同じカーキ色で揃えた蝶ネクタイとポケットチーフ。足元は真っ白のソックスにダークブラウンのローファーという出立ちだった。
サフィールが買ってくれた洋服の中でまだ一度も着たことがなかった正装だ。
サフィールは「かわいい」と褒めてくれたが、アルヴィー自身は服に着られている感覚がして落ち着かない。
そんな自分に比べて……、とアルヴィーは他の二人を見る。
テオドールはアルヴィーと違い、少し大人っぽい装いで濃紺の上下のスーツだった。
前を開けたジャケットの下にはグレーのチェック柄のベスト、ジャケットの胸ポケットはベストに合わせた柄のポケットチーフで飾り、シャツの襟にはグレーのクロスタイがきっちりと留められいる。
何より、目を奪われるのはサフィールの姿だった。
サックスブルーのドレスはハイウエストの切り替えになっていて、バックに大きなリボンが付いている。腕には肘までの長さの白いレースの手袋を付けていた。
ドレスのパフスリーブの袖と襟にはレースがあしらわれており、白い花柄の刺繍が施されていて気品がある。
そして生地をふんわりと重ねたスカートは、いつもサフィールが身に付けているものよりボリュームがあるし、フリルも多い。
スカートの裾にも襟と同じ花柄の刺繍があり、これがかなり高価なものであるとアルヴィーにも推測できた。
(サフィールさま、すごくきれい)
いつもはおろしている夕陽色の髪は編み込んでサイドで纏められており、それを金の細やかな細工が施された髪留めが飾っている。
髪留めの真ん中にはサフィールの瞳を思わせる美しいブルーの宝石が嵌め込まれていて、それが角度を変える度にキラキラと輝いて見えた。
アンナによって化粧も少し施されたらしいサフィールはいつもより大人びて見えて、つやりとしたピンク色の口紅がよく似合っていた。
「どうした、アルヴィー?」
アルヴィーがぼんやりと自分を見ていることに気付いたサフィールが小首を傾げて尋ねる。
その仕草もまるでお人形のようで、アルヴィーはサフィールに見惚れたまま答えた。
「あ……、サフィールさまがすっごくきれいだったんで」
嘘偽りない想いをそのまま伝えると、サフィールはきょとんとその綺麗な瞳を瞬かせた。
「アルヴィー、サフィール様はいつもきれいだぞ」
そこにテオドールが『なにを当たり前のことを』という風に割って入る。
「そうなんだけど、今日はもっともっときれいだなって」
「確かに、すごくきれいだな」
うんうん、と頷くテオドールにサフィールは苦笑した。
「二人ともありがとう。アンナが頑張ってくれたおかげだな」
そう言うと今度は隣に座るアンナが「何をおっしゃいます」と反論する。
「お嬢様は元がお綺麗なんです。……まあ、腕によりをかけたのも事実ですが」
「アンナまで……。あまりからかってくれるな」
「からかってなどおりません」
三人からの誉め殺しに苦笑するしかないサフィールは、向かいの二人の姿を改めて上から下まで見てにっこりと微笑んだ。
「二人もとってもよく似合ってるよ」
その言葉に子供二人は頬を赤らめて、「ありがとうございます」と恥ずかしそうに下を向いた。
その姿がやっぱり可愛らしくてサフィールは笑みを深める。
「ほら、見えてきたよ」
サフィールが窓の外を見て示すのでアルヴィーも同じように窓の外を見ると、行く手に大きな城がそびえ立っているのが見えた。
メインストリートへは買い物で何度か来たことがあったが、こんなに城に近付いたのは初めてだ。
「わああ……! すごい!」
アルヴィーが感激している間にも馬車は城へと近付いていき、城門で一度検閲を受けてからとうとう城の敷地内へと到着した。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
先に馬車を降りたアンナがサフィール側の扉を開き手を差し出す。
サフィールがその手を取って馬車から降りると、今度はサフィール自身がアルヴィーとテオドールに手を差し出し一人ずつ降ろしてやった。
「ここがおしろ……!」
興奮で顔を輝かせるアルヴィーが周りを見上げる。
そのアルヴィーにテオドールが城の向こう側を指さして、「あっちのほうに騎士団の建物があるんだ」と教えた。
「きしだんって、こないだのオリバーさんがいるところ?」
「そうだ! 騎士のひとたちがあそこで訓練してて、めちゃくちゃカッコいいんだ!」
熱っぽく語るテオドールの頭にサフィールがぽん、と手を置き笑いかける。
「時間があれば騎士団の見学に行こうか」
「いいんですか!?」
「ああ、もちろん」
途端テンションの上がったテオドールにサフィールが頷き返す。
そのやり取りを見ていたアルヴィーが、テオドールに話しかけた。
「テオドールくんは、きしがすきなの?」
その問いかけにテオドールは「ああ!」と力強く頷き返す。
「だってカッコいいだろ? オレも、大きくなったら強くてカッコいい騎士になりたいんだ!」
「そうだったんだ……」
「アルヴィーも訓練してるの見たら、ぜったいカッコいいって思うぞ!」
「うん! 僕も見てみたい!」
初めてテオドールの将来の夢を聞いたアルヴィーは意外な気持ちとともに、夢を持っているテオドールが羨ましく、そして眩しく見えた。
今までのアルヴィーの生活で、将来の夢なんて【実家を出る】以外に考える余裕はなかったからだ。
「騎士団はあとにして、まずは魔道士協会に顔を出すよ」
サフィールがそう言って両手を差し出す。
それにアルヴィーとテオドールはいったんおしゃべりをやめ、素直にその手を握った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
今回はお城に向かう馬車の中でのひと幕。
普段着飾らないサフィールを見たアルヴィーの心情です。
そしてお城に到着した一行。
魔道士協会での新たな出会いとは……?
次回も楽しみにして下さると嬉しいです!
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