31 話・あらしのあと
夜が明け、いつもの時間にアルヴィーとテオドールが揃って階段を降りてきた。
「テオ、アル、おはよう」
「おはようございます!」
「おはようございます……」
リビングのソファに腰掛けていたサフィールが二人を出迎える。
それに元気よく挨拶を返すアルヴィーに対し、気がかりなことがあるテオドールの声は少し暗い。
「テオ」
その憂いを晴らしてやるべく、サフィールはテオドールに微笑んで告げた。
「もう大丈夫だよ」
「!」
それだけで何のことか察したテオドールが翡翠色の目を見開く。
そして頬を紅潮させ、ぱっと花が開いたように笑顔を見せた。
「サフィール様、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
珍しく満面の笑みでサフィールに頭を下げるテオドールを見て、何も知らないアルヴィーは頭に「?」を浮かべている。
「なにかあったの?」
アルヴィーが当然そう尋ねるが、テオドールは「なんでもない」と笑顔で被りを振った。
「みなさま、朝食の用意が出来ていますよ」
「アンナさん!」
その時、リビングへアンナが顔を出したことでアルヴィーの興味がテオドールからそちらへ移った。
「今日はアンナさんも一緒に朝ごはん食べられるんですか?」
おはようございます! とアンナに声をかけるアルヴィーに、アンナも「はい、おはようございます」と返す。
普段、朝起きたら既に帰っているアンナがまだいることがアルヴィーは嬉しいようだ。
「今日はみなさまのお手伝いもあるので、ご一緒させていただきます」
「? おてつだい?」
不思議そうに聞き返すアルヴィーと、何も言わないがテオドールもまた同じ気持ちのようで、二人はアンナとサフィールの顔を交互に見上げている。
「じゃあ、食べながら話そうか」
「はい、冷めてしまわないうちにどうぞお召し上がりください」
そうサフィールに促され、アルヴィーとテオドールは素直にそれに従いダイニングへ向かった。
ダイニングテーブルには既に朝食の用意がされており、アンナはサフィールの後ろに控えるように立っている。
そのアンナにサフィールは苦笑して向かいの席を勧めた。
「ここは実家じゃないし、一緒に食べてもいいだろう?」
「いえ、私は後で簡単に済ませますのでお気遣いなく」
あくまで侍女として振舞おうとするアンナにサフィールは肩を竦めると、アルヴィーとテオドールに話を振った。
「テオとアルも、アンナと朝ごはん食べたいよな?」
「はい、ぜひ」
「はい! みんなで食べたいです!」
「ほら、二人もこう言ってる」
「……」
子供達の無邪気な要望に、アンナは無表情ながらも言葉を詰まらせる。
「アンナの分はちゃんと準備してあるのか? なんなら私が今から……」
「勘弁してくださいお嬢様……」
にやにやとからかうように笑うサフィールに負けたアンナが、渋々といったていで自分の食事の用意を始めた。
といっても今から卵やベーコンを調理していては主人であるサフィールの食事が冷めてしまうので、残っていたスープと、あとはテーブルの真ん中に置いてあるパンとチーズの盛り合わせからいただくことにして手早く席に着く。
「こうしてアンナと食事するのは久しぶりだな」
「……お嬢様は相変わらず強引ですね」
楽しそうに笑うサフィールの対面に座ったアンナが溜息を吐いた。しかしどこか嬉しそうに見えるのはきっとアルヴィーの見間違いではないだろう。
そうして始まった四人での朝食。
そこでようやくサフィールが本日の予定を子供達に伝えた。
「今日はお城へ行かないといけないから、アンナに用意を手伝ってもらうんだよ」
「おしろ!?」
ベーコンに目玉焼きの黄身を絡めて頬張っていたアルヴィーが驚きの声を上げる。
「テオとアルも一緒だよ」
「ええっ! 僕もおしろに行っていいんですか……!?」
大きな瞳をまん丸に見開いて恐縮するアルヴィーに、サフィールが「もちろん」と頷いて見せた。
「お城にはノアもいるし、珍しい物もたくさんあるから楽しめると思うよ」
「は、はい……」
サフィールはそう言うが、アルヴィーにはそんな気楽に捉えることは当然ながら出来なかった。
そんなアルヴィーに気付いたテオドールが「大丈夫だ」と声をかける。
「オレも行ったことあるけど、お城はそんな怖いところじゃないぞ」
「で、でも僕みたいなのが行っていいところじゃ……」
「なに言ってる」
それでも尻込みするアルヴィーにサフィールが微笑みかけた。
「私が良いって言ってるんだから、何も心配することはない。それに、ノアもアルやテオも連れてくるよう言ってたぞ?」
「ノアさまも?」
「ああ。城に住んでるノアが来ていいって言ってるんだ。アルは楽しめばいいだけだよ」
「はい……」
まだ不安はあったけれど、王子であるノアが招待してくれているのなら……とアルヴィーは考えることにした。
「食べ終わったら、二人ともアンナに手伝ってもらっておめかししておいで」
「わかりました」
「は、はい」
引き攣った返事をするアルヴィーを微笑ましく見ていると、アンナがサフィールをじっと見詰めていることに気付いた。
「なんだ?」
「いえ、おめかしするのはお嬢様もですよ? 私が腕によりをかけさせていただきます」
「わ、わかったよ……。でもあまり華美なのは嫌だぞ?」
気まずそうにするサフィールに、アンナが「お任せください」と笑みを浮かべる。その表情には侍女としての矜恃と自信が滲み出ていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
一応、区切りとしてここから第3章の始まりです。
孤児院と教会を守り、その事後報告のため今回はみんなでお城に向かいます。
新キャラなど、新しい展開を皆様に楽しんで頂けるよう書いていきたいと思います!
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