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故郷から逃げ出した僕が、新しい家族としあわせになるはなし  作者: 紅緒
第1章『少年と令嬢とやさしい時間』
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少年の記憶

 いつからこうだったのか、分からない。

 もしかしたら、最初はこうじゃなかったのかもしれない。


 けれど、アルヴィーに物心がついた頃には、既に『両親』はアルヴィーにとって恐怖の対象でしか無かった。


 父親は『再婚相手』というらしく、本当の父親ではないらしい。

 『本当の父親』がどうしているかは知らない。


 義理の父は家を空けることが多く、帰って来ては酒を飲み些細なことでアルヴィーを怒鳴りつけ殴った。

 『躾』といって煙草の火を押し当てられたこともあった。


 母親は、家に帰らない父に苛立ち、その矛先をアルヴィーに向けた。

 食事は最低限しか与えられず、少ない収入は彼女の散財で消えていった。


 二人にとって自分が邪魔な存在であることは、態度からも言葉からもずっと示されていた。


 それでも世間体を気にしてか、暴力にはある程度加減がされていたし、ギリギリ生きていける程度の食事にはありつけていた。

 だから、

 『もう少し大きくなったら家を出て行こう。そして、ひとりで自由に生きていこう』

 そんな、淡い希望を抱いて毎日を耐え過ごして来た。


 それがあの日はいつもと違った。


 二人が揃うと、毎回決まって大きな喧嘩になるが、それが今回は常軌を逸していた。


『もう我慢できない、他に女を作りやがって』

『誰の稼ぎで喰わせてもらってると思ってんだ』

『賭けに注ぎ込んでるの知ってんのよ』

『お前だって男に貢いでるだろう』


 罵詈雑言はいつものことだが、積もり積もった不満が爆発したのか二人はどんどんヒートアップしていく。


 父が母を突き飛ばし、そこから母が手当り次第物を投げ付け始めた。

 皿や花瓶が加減無く飛び交い、部屋の隅で蹲って震えていたアルヴィーにも被弾した。


「いたい……!」


 思わずそう声が出た。それがいけなかった。


 二人の視線が一斉にこちらを捉える。


『この穀潰しの役立たずが』

『お前さえ産まなければ、もっと良い生活が出来たのに』


 そして父がアルヴィーの胸倉を掴み思い切り殴り付けた。小さな身体は吹っ飛んだが、それでも終わらない。

 殴られ、蹴られしている間も、父と今の今まで争っていたはずの母は、鬼の形相でアルヴィーを見ている。


『ころされる』


 本能的にそう思った。

 理性を失くした二人の悪意が、今自分ひとりに向いている。

 いつもの暴力じゃ済まない。


「う、うわああああああああっ!!!!」


 痛む身体を起こし、アルヴィーは家を飛び出した。

 背後から二人分の怒号が聞こえるが、そんなもの構っていられない。遮二無二走り続けた。


 息せき切って走り続けると、町の小さな港に出た。

 そこに、明かりを灯して出航準備をしている船を見つける。

 船長らしき男は、書類を片手に海の方を向いていて此方に気付いていない。


『この船に乗れば、ここから逃げられるかも……』


 思い付きだった。

 でも、そうしなければ自分はあの人たちに連れ戻される。あの家に戻れば、『大きくなったら』なんて希望すら抱けないと思い知らされた。

 きっと大きくなる前に殺されるか、こうして飛び出して路頭に迷うかだけだ。


『逃げないと』


 その時のアルヴィーは、只それしか考えられなかった。

 だから、船長が目を離している隙に船の貨物室にそっと忍び込み、貨物の陰に息を潜めた。


 この船がどこに向かうのかも分からない。

 でもそんなことどうでも良かった。

 ここから逃げられるなら何でも良かった。


 やがて、船がゆっくりと出航する。

 船の揺れの中、アルヴィーはぎゅっと自分の身体を抱き締め目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
逃げられて本当に良かった…… こんな背景があったとは……少しでも幸せな方向に向かいますように……
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