25 話・静かな出立
「『そのとき、ドラゴンはいいました』……、おや」
アルヴィーの部屋、子供用のベッドの縁に腰掛けたサフィールは、手に持った絵本から顔を上げ笑みを浮かべた。
ベッドにはアルヴィーがサフィールの方を向いて横になっており、すぴすぴと可愛らしい寝息を立てている。
「いつも途中で寝てしまうな」
ふ、と青い瞳を細め、サフィールは静かに絵本を閉じた。
その手を伸ばし栗色の髪を梳くと、以前に比べ随分と指通りが良くなり艶が出ていることが分かる。
ほっぺもふっくらとして桃色で、出会ってすぐのようなやつれた雰囲気はなく、年相応の幼さを見せる面影になっていた。
最近の夜は、時間があればこうしてアルヴィーの部屋で絵本を読んでやるのが習慣になっている。
といっても、読んでいる途中で必ずアルヴィーが寝落ちしてしまうので、最後まで読んでやれたことはないのだが。
「おやすみ、アル」
静かな声でそう言って、サフィールは身を屈めてアルヴィーの頬に口付けを落とした。
「んーー……」
アルヴィーはむずがるようにむにゃむにゃと口を動かしたかと思うと、またすぴすぴと気持ち良さそうに寝息を立て始めた。
そんな様子をサフィールは微笑ましく見守り、掛け布団を肩までしっかり掛け直してやる。
そうしてからもう一度だけアルヴィーの頭を撫でると、サフィールはそっと物音を立てないよう部屋を後にした。
「サフィール様」
「テオ」
アルヴィーの部屋を出ると、部屋の外でテオドールが待っていた。
サフィールが出てくるのを見計らって待っていたのだろう。サフィールが教会と孤児院へ出掛けるようになってからのこの五日間、テオドールは毎日こうしてサフィールを待っていた。
「今日も見送ってくれるのか?」
「もちろんです」
ノアと話した後、子供達にはその日から数日に渡って、夜から朝にかけて出掛ける旨は伝えてある。
外出の理由については『仕事で』と濁したが、素直に頷いたアルヴィーに対しテオドールは違った。
初日の晩、今日のようにアルヴィーが寝たのを見届けて部屋を出るとテオドールがいた。
「……でかけるのって、孤児院のことが関係ありますか?」
テオドールは何度もあの孤児院を訪れているし、あそこの子供達とも仲良くしている。だから、孤児院が受けている嫌がらせについても施設の誰かから聞いたのだろう。
「みんなが困ってるって、小さい子は怖がって庭で遊ぶのも嫌がってるって……」
テオドールが憤った表情で顔を俯せる。
そんな優しい子に、サフィールは愛おしさを感じながら「大丈夫だよ」と言った。
「それを何とかする為に、ノアも私も動いているからね」
「ノア様も?」
「ああ」
嫌がらせの元凶がノア自身であることは伏せておいた。一応、サフィールなりの気遣いである。
「悪い奴らを捕まえる為に、見張りに行くんだ」
サフィールは隠す事なくテオドールに伝えることにした。
「嫌がらせをしてる連中を待ち伏せるんだが、今日来るとは限らない。何日か掛かると思う」
「……ッオレも、オレも連れて行ってください!」
テオドールにとって孤児院の子供達は大事な仲間であり友人だ。それを脅かす連中を自分も何とかしたいと思うのは当然だろう。
しかし、悲しいかなテオドールはまだ只の子供だ。
「駄目だ」
きっぱりとサフィールが言う。
「こちらは十分過ぎる戦力で迎え撃つ。それでも、子供をそんな所に連れて行くわけにはいかないだろう」
「……」
サフィールの言葉にテオドールが悔しそうに唇を引き結ぶ。
自分でもそれが分かっているから、『足手纏いだ』と言外に示されたことで余計に悔しかった。
そんなテオドールの両肩に手を置き、サフィールが続ける。
「だから、テオはこの家でアルの面倒をしっかり見て欲しいんだ。アルが寂しくないように、一緒にいてやっておくれ」
家を空けるのは深夜から明け方までの予定だから、子供達が寝ている間に帰って来られるだろうが、テオドールの手前サフィールはそう言った。
可能性は低いが、アルヴィーがまた魘されて起きてしまう可能性があるのも事実だ。
「わかりました……」
まだ少し思うところがありそうだったが、テオドールは頷いてサフィールの言葉を受け入れた。
これが、こうして毎日テオドールがサフィールを見送ってくれるようになった経緯である。
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「お嬢様、もう出られますか?」
「ああ」
二人で一階に降りると、階段の側にはクラシカルなメイド服姿の女性が待っていた。
「アンナ、毎日悪いね」
「いえ、お嬢様からのご要望なんて滅多にないことですから、どんなことでもお申し付けください」
アンナはサフィールの侍女……。つまり、カメーリエ家に仕える人間だ。
涼やかな瞳と雰囲気を持つアンナは、明るい栗色の髪を後ろでお団子にして、ノリの効いた清潔感ある黒いロング丈のワンピースに白いエプロンを纏っている。
彼女はサフィールより少し年上で、昔からずっとサフィール付きの侍女として働いてくれていた。
サフィールが街で一人暮らしをしたいと自分の意志を押し通したのでアンナとは離れることになったが、今でも頻繁に顔を合わせる仲である。
「子供達を頼む。テオも、何かあったらアンナを頼りなさい」
「承知致しました」
「わかりました」
いくらこの家が安全といっても、やはり大人が誰もいなくては子供達が心細いのではないかと考えたサフィールがアンナを呼び出したのだった。
夕食後くらいから、明け方サフィールが帰宅するまでの留守を預けている。
それくらい、アンナはサフィールにとって信頼に足る人物だった。
何日か時間を共にしたことで子供達もアンナに心を開いてきたようだし、サフィールは安心して出掛けることが出来た。
「では行ってくるよ」
「サフィール様、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
二人に見送られたサフィールは玄関の扉を開くでもなく、その場に立ったまま両の手をパン! と打ち鳴らす。
途端、サフィールの周りをぐるりと赤い光が囲んだ。半径一メートル程の円が眩く赤く光る。ひときわ明るくなったと思ったら、次の瞬間にはサフィールの姿はそこになく、静かな家にテオドールとアンナ、そして自室で眠るアルヴィーだけが残されていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
いよいよ、孤児院のトラブル編がクライマックスに向かっていきます。
サフィールも加わり、どのように展開していくのか楽しみにして頂ければと思います。
そしてさりげに新キャラ、アンナさんが登場しています。
彼女も今後も登場予定です!
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