22 話・内緒の話(1)
食後の余韻を楽しんでから、アルヴィーとテオドールは自室から教科書とノートを持ち寄ってダイニングテーブルでノアから勉強を教わった。
アルヴィーは今まで文字をひと文字ずつ書き取って練習していたが、ノアからの提案で『まずは自分の名前を書けるようになろう』ということで自分の名前を練習することに。
「自分や、好きな人の名前を書けるようになると嬉しいし、その方がモチベーションも上がるでしょう?」
というノアの言う通り、アルヴィーは熱心にノアが見本に書いてくれた文字をノートに何度も書き写した。
ちなみに、練習用の名前はアルヴィーの希望により、アルヴィー自身とサフィールとテオドール、それにノアのものである。
テオドールには前回の続きとして教科書の該当ページを解くよう指示し、それプラス、ノアが応用の問題を何問か用意した。
「ノア様、これはどういう風に解けばいいですか?」
「うん? ああ、これはね……」
テオドールが控え目に手を挙げて質問をする。それに丁寧に説明するノアは、確かに教え上手なようだった。
「じゃあ、各自しばらく自習するようにね」
「「はい!」」
二人に自習を言い渡すと、ノアはリビングのソファへと向かった。
そのタイミングでサフィールが全員分の飲み物を用意して配って周る。
子供達に冷たいジュースを差し入れて、ノアへは労いのコーヒーを。自分の分のコーヒーもついでに淹れてノアの隣に腰掛けた。
「ありがとう、サフィー」
「こちらこそ、家庭教師お疲れさま」
サフィール拘りの豆から挽いたコーヒーの香りを楽しみ、ノアが「ところで」と話題を振る。
「ナスティー商会とヴォイル商会の件なんだけど」
「ナスティー商会とヴォイル商会?」
「ほら、教会と孤児院の土地を取り合ってるっていう」
「ああ」
件の商会の名前まで知らなかったサフィールは、ノアが何の話題を切り出したのかそこで理解した。
「何か動きがあったのか?」
「うん。どうやらとても面白いことになっているよ」
「面白いこと?」
この男の言う「面白いこと」というのは大抵ロクなことではない。
それを昔からよく知っているサフィールは、ノアの言葉にぴくりと片眉を上げた。
「それがさ、商会同士で潰し合いをし始めたんだよね」
至極楽しそうに笑うノアの話の内容は、やはり面白いというにはやや物騒なものであった。
「なんでもナスティー商会の人間がヴォイル商会の人間に襲われたらしくてさ」
「同じ土地を奪い合っているんだから小競り合いくらいあるだろうが……、いくら何でも短慮じゃないか?」
「だよねえ」
私もそう思うよ。と、サフィールに同調してノアが続ける。
「でも襲った側の人間は、『あの土地は自分達ナスティー商会のものだ』って言っていたらしくてね」
「……」
「それでやられた側のヴォイル商会の連中も頭に来て報復して……、って感じで、おおっぴらに喧嘩して役人に捕まった奴もいるみたいだよ」
「そうか」
嬉々として語るノアに対し、然程驚いた様子はないサフィール。
サフィールは茶請けにと出した手作りのクッキーをひとくち齧り、コーヒーを飲んだ。
バターたっぷりのクッキーは苦めのコーヒーに良く合うなと自画自賛する。
「サフィー、あんまり興味ない?」
ノアの漆黒の瞳が楽しそうに細められて隣のサフィールを覗き込むように見た。
それにサフィールはふん、と鼻を鳴らし、すらりとした脚を組む。子供達の前では行儀が悪いのでやらないが、今はこの男しか見ていない。取り繕う必要はないのだ。
「全部お前の差し金だろう。ノア」
腕も組んで尊大な態度でノアを見返しサフィールが言い放つ。
そのサフィールの台詞にノアはなお一層笑みを深めた。
「二つの商会があの土地を欲しがり始めたのは、お前に孤児院の土地が足りないと話した直後だ。どうせ、資金援助をするとか甘言を吹聴したのも、懺悔を装ってシスターに商会の企みを話したのも、ヴォイル商会の名を騙ってナスティー商会の人間を襲わせたのも……、全てお前なんだろう?」
「……」
サフィールの推測をノアは黙って聞いている。嬉しそうに。
「わざとヴォイル商会の名を出して、商会同士を潰し合わせようとしたんだろう」
そこまでサフィールが言うと、ノアは「ふふ」とくすぐったそうに肩を竦めて笑った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
ノアとサフィールで孤児院のトラブルについてのお話。
……っていうか、元凶はお前かよ!って感じですね(笑)。
このくだりがめちゃくちゃ文字数多くなったので、三つに分割しました。
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