21 話・パスタと痴話喧嘩
孤児院からの帰り、サフィールは本当に数冊の絵本とノートを購入してくれた。
その日から、頻繁にサフィールやテオドールが絵本を読み聞かせてくれたり、文字の練習を見てくれるようになった。
寝る前に、サフィールがアルヴィーのベッドに腰掛け絵本を読んでくれることもある。
アルヴィーはその時間がとてもしあわせで、その時間が終わって欲しくないと思うのに、サフィールの優しい声に誘われていつもいつの間にか眠りに落ちてしまう。
そして孤児院を訪れてからまた数日後、ノアが約束通り護衛を連れてやって来た。
昼前に訪れたのでランチを一緒に出来ると喜ぶ子供達に、ノアもにこにこと上機嫌にしている。
そんな三人にサフィールが振る舞ってくれたのは、魚介類がたっぷり入ったトマトソースのパスタ【ペスカトーレ】というものだった。
マーケットで仕入れた新鮮な海老や貝類をトマトソースでじっくり煮込みパスタに絡ませる。
濃厚な旨みが引き出されたぷりぷりの海老やムール貝は絶品で、硬めに茹でられたパスタとの相性抜群だ。
口の周りにソースを付けて、小さな口で大きな海老を頬張るアルヴィーはその全身で『美味しい』と表現している。
テオドールはアルヴィーよりもマナーを気にしつつ食べているようだが、フォークを動かす手は止まらない。
そしてノアは美しい所作でパスタを口に運んでいる。その口許は幸せそうに緩み、その幸せを噛み締めるようにゆっくりと食べていた。
(これは作り甲斐があるなあ)
サフィールは三者三様の食べっぷりを見てそんなことを考える。
作った物を美味しそうに食べてもらえるというのが、サフィールにとって幸福のひとつだ。それが高じて料理が趣味になったようなものなのだから。
そっと気取られないように向かいの席のノアを盗み見る。
(嬉しそうな顔をして。これじゃあ子供が三人いるみたいだ)
心の内で皮肉を思い浮かべるも、同時にまだ幼い頃のノアの顔が過ぎる。その時から、この表情は変わらない。
この表情を引き出すことが出来るのは自分だけだということは、実は少し気分が良かったりする。ノア本人に言ってやったことはないが。
「アルくん、勉強始めたの?」
「はい。サフィールさまとテオドールくんにおしえてもらってます!」
「そうなんだ。勉強なら、あとで私が見てあげようか?」
「! はい! おねがいします!」
食事の合間に先日からアルヴィーが勉強を始めたことを話すと、ノアから願ってもない提案をされた。
「テオくんの勉強も私が見てるんだ。今日は二人一緒に見てあげるから、教科書とノートを持っておいで」
「はい!」
王子様に勉強を教えてもらえるなんて、と興奮するアルヴィーにノアが内緒話をするように手を口元に持ってきてアルヴィーに身を寄せる。
「サフィーよりは、私の方が教えるの上手だよ」
「え」
「おい、聞こえてるぞ」
こそっと言った風の台詞は全然こそっとじゃなくて、全員に聞こえるボリュームで告げられた。
当然、ギロリとノアを睨むサフィールにノアは「だって本当のことだもん」と子供のような口調で反論した。
「実際、それが事実だから私がテオくんに勉強教えてるわけだし?」
「ぐぬ……」
図星であるサフィールが唇を歪める。そして反撃しようとしたが教え方が上手いかどうかについては言い返すことが出来ないと判断したらしく、スッと目を細めその青色の瞳でノアを見据えた。
「そんなこと言うヤツは食べるな。今すぐ帰れ」
あと少しのところまで食べ進められたパスタを目で示すと、ノアは「なんで!?」と悲痛な声を上げパスタを庇うみたく腕で囲った。
「それとこれは関係ないでしょ!? 絶対食べるから! 私のパスタは絶対渡さないよ!!」
「じゃあ余計なこと言わずさっさと食べろ」
ふん、と鼻を鳴らすサフィールが『勝った』とにやりと笑う。
ノアは本当に没収されては堪らないと、さっきまでのマナーの良さはどこへやら勢い良く残りのパスタを口に詰め込み始めた。
そんな二人のやり取りを見ていて、やっぱりアルヴィーは不思議に思う。
喧嘩みたいな言い合いなのに、この二人の言い合いは全然怖くない。
今も、パスタをかき込むノアを見てサフィールがふっ、と笑った。皿へ視線を向けているノアには気付かれていないだろうがアルヴィーは見た。
苦笑いのように見えるけど、彼女の青い瞳はとても優しい色でノアを見ている。
こちらまで笑顔が浮かびそうな、そんな光景。
喧嘩には怖くないものもあるんだな、とアルヴィーは思いながら貝殻から貝の身を剥がす作業に没頭した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
今回はみんなで仲良くパスタを食べます。
私自身はペスカトーレが苦手だったりします(笑)。
にんにくが苦手なので、パスタで食べれる選択肢が少ないです、、。
サフィールは、昔から料理が好きでそれをノアに食べさせていて、それでノアはサフィールの手料理が大好きになった感じですね。
そこらへんの、彼らの幼少期についてもおいおい書いていきたいと思ってます。
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