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傷ついた僕を救ったのは、風変わりな公爵令嬢でした  作者: 紅緒
第2章『明日への希望と迫る影』
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孤児院への訪問

 アルヴィーがサフィールの家で暮らすようになって数日が経った。


 その数日だけでもアルヴィーにとっては幸福で満ち足りた生活で、逆にこれまでの実家での生活がどれだけ異常だったのかを思い知らされる。


 今までは『朝なんてこなければいいのに』とさえ考えていたのに、サフィールに引き取られてからは目を覚ますとすぐに、良い匂いの漂うダイニングへ嬉々として降りて行くようになった。


 食事はサフィールが栄養を摂らせようと張り切って作ってくれて、しかもそれが全て美味しいものだからアルヴィーは三食しっかり満腹になるまで食べた。


 でも自分からも何かしたいと考え手伝いを申し出たアルヴィーに、『今はそんなことしなくていいよ』とサフィールは言ってくれたが、それではアルヴィー自身が納得しなかったので話し合いの結果、自室の掃除と庭の草むしりがアルヴィーの日課となった。


 規則正しい生活を送るうち、アルヴィーの髪や肌に少しずつだが艶が出始め、言葉数や笑顔も増えたように思える。こけていた頬も少し肉がついてきた。

 ちなみに彼の髪は自分でハサミを使って切っていたと聞いたサフィールが絶句し、すぐにヘアサロンに連れて行かれきちんと切り揃えられた。


 テオドールとも部屋で簡単なカードゲームに興じたり、サフィールお手製のおやつを奪い合ったりと仲良くやっている。


 そんなある日、「明日は出掛けるよ」とサフィールに告げられた。

 聞けば、街の孤児院を訪問するらしい。定期的に訪れて子供達の様子を見たり、何か変わったことや困ったことがないか聞いているそうだ。


「二人とも、ハンカチは持ったか?」


 当日、玄関でサフィールが持ち物の最終チェックを行う。

 「はい!」と元気良く返事をする二人にうんうんと頷き、次にそうだ、と何かを思い出してアルヴィーの方を見た。


「アル、手を出してごらん」

「? はい」


 素直に差し出されたアルヴィーの手首に、サフィールが何か輪っかを通してそれがきゅっ、と締まり固定された。


「はい、出来た」

「サフィールさま、これは何ですか?」


 手首を見ると組紐で出来たブレスレットが。

 その真ん中に赤い透明な石がひとつ組み込まれている。サイズは組紐の結び目のところで調整出来るようになっているようだ。

 しかしそれが何なのか、何故自分に身に付けさせたのか分からずアルヴィーはきょとんとサフィールを見上げる。


「それはお守りだよ」

「お守り?」

「そう。私の魔力を込めてある。応用はまた追々教えるが、身に付けているだけである程度のモノからはお前を守ってくれるだろう」


 サフィールの説明に、これがどう自分を守ってくれるのかはやっぱり分からなかったけれど、でもとても綺麗なそれをアルヴィーは手を頭上に翳して色んな角度から眺めた。


「外に出る時や私が一緒に居ない時は、必ず身に付けるんだよ」

「はい!」

「ふふ。良い返事だ」


 お守りの効果は分からなくても、これはサフィールから自分への贈り物だ。たとえサフィールに何も言われなくてもアルヴィーは身に付けるだろう。

 だってこれは、アルヴィーにとって既に宝物の一つになったのだから。

 ここに来てから贈られた物、かけられた優しい言葉、温かい体温、全てが大切な宝物。

 右手首のそれを、アルヴィーはそっと反対の手で包み込むように触れた。


「ほらアルヴィー、オレと一緒だ」

「ほんとだ!」


 テオドールが長袖のシャツを少し捲ると、アルヴィーが付けているのと全く同じブレスレットが巻かれていた。ただしアルヴィーの物より少し年季が入っているように見える。


「おそろいだね!」

「ああ、使い方も少しならオレにもわかる」


 だからオレを頼っていいぞ、と胸を張るテオドールに「わかった!」と頷くアルヴィー。そんな子供達の様子を微笑ましく見守っていたサフィールが、「じゃあ、そろそろ行こうか」と玄関の扉を開ける。

 彼女の片手には大きなバスケットがあり、その中には早朝から大量に生産されたサンドイッチたちが入っている。

 朝食にと余分に作った物を食べさせてもらったので、味は折り紙付きだ。


 結構な距離があることと、アルヴィーの体力がまだ少ないことからサフィールが馬車を用意してくれたので、目的の孤児院までは快適に行くことが出来た。

 今日向かうのは国境(くにざかい)に近く、アルヴィーは初めて行く区画だった。

 興味津々に窓の外を覗き込むアルヴィーに、テオドールが「あの店の焼き菓子が美味しかった」とか、「あそこの店に飾られてる剣がすごくカッコいいんだ」とか、知っている範囲で教えてやっている。

 すっかりお兄ちゃんをしているテオドールが可愛くて、サフィールは笑ってしまわないよう我慢するのに苦労した。テオドールは真剣に話しているのだから、それを笑っては失礼だ。


 しばらく馬車に揺られていると、やがてゆっくりと馬が速度を落とし停車した。

 馬車が停まったのは小さな教会の前で、孤児院はその教会に隣接している。というのも、孤児院を経営しているのがこの教会だからだ。

 国からの援助を受けながら、ここのシスターが切り盛りして何とかやっている状況である。


「サフィール様、ようこそお越しくださいました」

「こんにちは、シスター」


 馬車が来たことで来客に気付いたシスターが、教会の大きな木の扉から出て来てサフィールを出迎えた。

 六十代くらいだろうか、先日の食堂の女将よりも年配のシスターはほっそりとして、黒と白の修道着が良く似合う柔和な印象の女性だった。


「テオ、これを持ってみんなのところへ行って来てちょうだい」

「分かりました」


 サフィールは持って来た大きなバスケットをテオドールに手渡す。

 テオドールも心得ているようで慣れた様子でバスケットを受け取ると、アルヴィーに「行くぞ」と声を掛け、その手を引いて孤児院の方へ向かった。


「なんだかにぎやかなところだね」

「……前はこんな感じじゃなかったんだけどな」

「そうなの?」

「ああ、前はもっと静かな場所だった」


 教会から隣の孤児院まではすぐの距離だったが、その短い間でもアルヴィーが気になるくらい周りが騒々しい。

 酔っ払っているのだろう男達がご機嫌に路地を行き来している。孤児院と教会の周囲が飲み屋になっているからだろうが、酔っ払いに良い記憶のないアルヴィーは無意識にぎゅっ、と自分のシャツの胸あたりを握った。


「はやく孤児院に入ろう」

「うん……」


 そんなアルヴィーの様子を見て周りの酔っぱらい達を憎々しげに睨むと、テオドールは手を引く力を強めて急ぎ足で孤児院の敷地へと入った。


「あ、テオじゃん!」

「ほんとだ!」

「おーーい、みんな、テオが来たぞ!」


 敷地へ入ってすぐ、子供達の声が響く。

 その声を聞いて、更に数人の子供達が集まって来た。

 平屋建ての長細い建物が孤児院の施設で、その周りは子供達が自由に遊べるよう、広い庭を兼ねた空き地になっている。

 子供達に出迎えられたテオドールが、一番背の高い少年にサフィールから預かったバスケットを手渡した。


「サフィール様からサンドイッチの差し入れだ」

「ありがとう。いつも助かるよ!」


 バスケットを両手で受け取った少年が笑顔で礼を言う。それに年少の子供達があっという間に群がってきた。


「サフィールさまの!?」

「わたし、タマゴサンドがいい!」

「おれはハムサンド!」


 嬉しそうに自分が食べたい物を宣言し予約する子供達。

 アルヴィーは知らない子供達がたくさんで、テオドールと手を繋いだまま少し後ろに下がっていた。


「テオ、その子は?」


 先程の年長者だと思われる少年がテオドールに尋ねる。そばかすが特徴的なひょろりと背の高い少年だ。


「こいつはアルヴィー。オレの弟……みたいなもんだ」

「弟? じゃあ、サフィール様のところで一緒に住んでるのか?」

「ああ。つい最近だけどな」

「そうなのか、そりゃあ羨ましいな!」


 そう言って少年はアルヴィーに「よろしくな!」と声を掛けた。アルヴィーも「よ、よろしく!」と返事をする。


「ねえマッシュ! サンドイッチ食べたい!」

「食べたい~~!」

「わかったわかった! ほら、ケンカせずに食べろよ!」


 マッシュと呼ばれた少年が他の子供達にせがまれバスケットを渡してやる。すると子供達はわーーい! と歓声を上げ孤児院の建物へと走って行ってしまった。


「まったく……、俺の分残してくれるといいんだけど」


 そう言いつつ、優しい笑顔で子供達の背中を見送ったマッシュは改めてアルヴィーに向き合った。


「俺はマッシュ。ここの最年長で十五歳だ」

「はじめまして! 僕はアルヴィー、七歳です!」


 サフィールが確か十六歳と言っていたので、このマッシュという少年はサフィールの一つ年下ということになる。

 頭の中で覚えたところの数字を思い浮かべて計算するアルヴィーに、マッシュが言葉を続けた。


「テオもそうだけど、サフィール様と一緒に暮らせるなんて超羨ましいぜ」

「え?」


 大仰に肩を竦めるマッシュにアルヴィーは首を傾げる。

 隣のテオドールは「まだ言ってるのか」と呆れ顔だ。

 そんなテオドールに「だってよお!」とマッシュが食ってかかった。


「サフィール様って、美人だし、優しいし、料理も上手だし……、そんな人とひとつ屋根の下なんて羨ましいに決まってるじゃねーか!」


 顔を赤くして語るマッシュに『確かに、サフィールさまはきれいだし、やさしいし、料理もぜんぶおいしい』と思い、その通りだなと頷く。

 だがテオドールはじっとりとした目でマッシュを見て「お前はダメだ」と切り捨てた。


「下心のあるやつと一緒に住めるわけないだろ」

「し、下心って言うなよ! 恋心だよ!」

「どっちにしろダメだ。ノア様に殺されたいのか?」

「う~~……っ! そうなんだよなあ~~……!」

「死にたくなかったらあきらめろ」


 いやでもしかし……! と身を捩って煩悶しているマッシュを無視し、テオドールはアルヴィーへ顔を向けた。


「ここには、サフィール様たちが『寄付』した絵本がたくさんあるぞ」

「えっ! 絵本あるの!? 読みたい!」


 途端顔を輝かせたアルヴィーにテオドールは「そう言うと思った」と微かに笑って見せた。

 サフィールの家で絵本を読み聞かせてもらっている時、アルヴィーが目をキラキラさせていたことにテオドールは気付いていた。

 だから、ここに来たら家にない絵本がたくさんあるから喜ぶだろうと思ったのだ。


「なんだ? アルヴィーは絵本好きなのか?」

「はい! 絵本好きです!」


 いつの間にか立ち直ったらしいマッシュが会話に混ざってくる。


「でも、僕は字が読めないから、いつもはサフィールさまたちに読んでもらってて……」


 恥ずかしそうにするアルヴィーにマッシュは気にした風もなく、「それなら」と言ってにっと笑った。


「俺が好きなの読んでやるよ! いつもうちのチビ達にも俺が読み聞かせてんだ」

「!」


 願ってもない申し出にアルヴィーが思わずテオドールの方を窺うと、テオドールは黙って頷いて見せた。


「オレは他のヤツと外で遊んでるから、アルヴィーはマッシュと中で絵本を読んできたらいい」


 まだ外を走り回るような体力がアルヴィーにはないことを見越しての、テオドールなりの気遣いだ。アルヴィーは「うん!」と嬉しそうに答えると、マッシュの後を軽い足取りで付いて行った。


読んでいただきありがとうございます!


これからやっとお話に動きが出てくる、という感じでしょうか……。

アルヴィーは絵本を読んでもらえるということて嬉しそうですね(*´◒`*)

テオドールはテオドールなりに、【お兄ちゃん】しようとがんばっております。


次回もよろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
子供たちのやりとりにほっこりしました。 アル君はもちろんなのですが、他の孤児院の子たちも皆んなまとめて幸せになってもらいたいです。 孤児院のトラブル編、不穏な感じで心配ですがどうか無事に解決しますよう…
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