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傷ついた僕を救ったのは、風変わりな公爵令嬢でした  作者: 紅緒
第2章『明日への希望と迫る影』
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真夜中の逢瀬

 すっかり静かになったリビングで、冷めた紅茶を飲みながら読書をしていたサフィールだったが、ふと何かに反応してゆっくりと本を閉じた。


「やれやれ」


 目を閉じ息を吐くと、緩慢な動作で立ち上がる。


「もう一人、でかい子供を寝かしつけてくるか」


 リビングの本棚に読みかけの本をしまい、子供達を起こさないようゆっくり二階の自室へ向かう。

 気配を探ってみたところ、二人とももうすっかり夢の中のようだった。


「いい月だなあ」


 自室には大きな窓があり、それを開くと頭上に大きな月が出ていた。それに瞳を細め、サフィールは窓から身を乗り出す。

 そのままとん、と窓枠から足を踏み出すと、重力に逆らいサフィールの小さな身体が宙に浮いた。

 窓の外に浮いたサフィールが手を翳すと、静かに窓が閉まり施錠される。

 念の為、もう一度家の中の気配を探り子供達が眠っているのを確認すると、サフィールは更に上へ上へと星空へ向かい上昇を始めた。


 遥か上空を揺蕩いながら眼下に目をやれば、大通りの明かりがチカチカと見える。王都のメインストリートは夜更けでも営業している店が多いので、この時間でも人通りが多く活気がある。

 しかし、その遥か上空にいるサフィールに気付く者は誰もいない。


 そもそも飛行魔法というのは高度なコントロール技術と魔力量が要求される。だからほとんどの魔道士は魔道具の力で補助し、飛行魔法を行っている。

 必要に迫られることがない限り、わざわざ疲れる上に難しい魔法を使う者はいないということだ。


 けれど、魔道具をひとつも身に付けていないサフィールは疲れる様子もなく、むしろ心地良さそうにくるりと空中で身を翻した。


 サフィールは、この夜の空中散歩が好きだった。


 静かな空から、街の喧騒を遠く見下ろす。この距離感が良い。

 でも今夜はゆっくり散歩を楽しむ時間はなかった。まだアルヴィーのことも心配だし、早く用事を済ませて帰らなくては。

 それでも気持ちゆったりと、サフィールは目的の場所……王城へ、ふわりふわりと飛んで行った。


 勝手知ったる何とやらで、サフィールは空中から目当ての部屋へと真っ直ぐ飛ぶ。城に張られた結界もサフィールには意味を為さず、薄い膜を通り抜けるような違和感を感じるだけだ。


「……来てやったぞ」


 目的の部屋へ辿り着き、宙に浮いたままのサフィールが横柄な態度で言う。

 その視線の先には、彼女をこんな夜中に呼び出した張本人……、ノアの姿があった。


「サフィー、来てくれたんだ」


 ノアは部屋に取り付けられた小さなバルコニーに出て来て、サフィールが来るのを待っていた。


「今日は無理やり帰されて少し不憫だったからな。特別だ」

「嬉しいよ、ありがとう」


 バルコニーから見上げれば、月を背負うように空に浮かぶサフィールの姿。

 夜風が時折彼女のワンピースをふわりと揺らすのさえ神秘的で、月光により影になっているのにノアからはサフィールの青い瞳が輝いて見えた。


(綺麗だなあ)


 幼い頃から、それこそ出会った瞬間から思っている感想を懲りずに浮かべて、ノアはサフィールへ恭しく手を差し出した。


「レディー、お手を」

「ふん」


 ノアの言葉にサフィールは鼻を鳴らす。仮にも王子に対する反応とは思えないその態度に、ノアは機嫌を悪くするどころか嬉しそうに笑っていた。


 す、と静かに降りてきたサフィールが、差し出されたノアの手に自分の手を重ねる。

 サフィールの足がバルコニーに着くか着かないかのところで、ノアは堪らずサフィールの手を引き抱き締めた。


「……ノア、くるしい」

「来てくれたのが嬉しくて」

「お前が呼んだんだろう」


 ノアはサフィールの小さな身体を抱き上げて自室へ入り、後ろ手に窓を閉める。


「来てくれないかもしれないでしょ?」


 馬鹿でかい部屋のこれまた不必要にでかいベッドへ、ノアはサフィールを抱えたまま腰を掛けた。


「来なかったらどうするつもりだったんだ」

「朝方まで待ちぼうけして、それから不貞寝する」

「馬鹿だな」


 ぎゅう、と抱き締めてくる腕に閉じ込められてサフィールは笑う。この男なら、本当にそうするだろうと容易に想像出来たからだ。

 現に、こんな時間だというのに夜着ではなくシャツにパンツをきちっと着こなしている。ずっとバルコニーで待っていたのだろう。


「子供達が気になるし、早めに帰るからな」

「うん。アルくんはあの後どうだった?」


 サフィールが自分の元へ来てくれたことでご満悦なノアは素直に頷いた。質問をしながら、サフィールのつむじや髪にキスを落としていく。


「ああ、オムライスをずいぶん気に入ってくれたよ。テオと一緒に手伝いもしてくれた」


 そう答えたサフィールに「いいなあ、オムライス」とノアがぼやく。それに苦笑したサフィールがノアの頭に手を置いた。


「また今度、護衛を連れて来たら作ってやる。家に来るくらいなら、護衛も送迎の時だけで良いんじゃないか?」

「そうだよね。明日にでも両親やオリバーさんに打診してみるよ」

「そうしなさい」


 サフィールの提案に納得したらしいノアは、満足そうにまたサフィールの頭へキスの雨を降らし始める。


「アルくんのことは、今遣いを出してるからもうちょっと待ってね」

「ああ、それについては頼むよ」

「普通なら捜索届けとか出てそうだけどねえ……」

「あまりそれは考えられないな」


 アルヴィーの様子を見るに、実家や両親に対して恐怖以外の感情がないようにサフィールには思えた。


 もしもアルヴィーが少しでも両親から愛情を受け取っていれば……、勘違いでも、そうと思えるようなことがあれば、逆に親に依存し逃げることも出来なかったかもしれない。

 それを思うと、アルヴィーが両親から逃げ出して来たのは結果的に彼にとって最善だった。


 そしてそれはつまり、両親から一生離れることになっても良いとアルヴィー自身が思い行動したということだ。

 まだ、たった七つの子供が。


「でもアルくんは良い子だよねえ」


 懲りずに髪に顔を埋めているノアが言う。

 それにはサフィールも「そうだな」と納得する。


「あの子が置かれていた環境を考えれば、もっと擦れていても仕方ないと思うが」

「生まれ持った性格なんだろうね。テオくんなんて、最初は野良猫みたいだったもの」

「ふふ、たしかに。懐かしいな」


 銀髪の子供が威嚇するようにこちらを睨み付けていたのを思い出し、サフィールは思わず笑みを溢した。


「これからは、アルにももっと子供らしく過ごして欲しい」

「そうだね」


 アルヴィーが美味しそうに料理を食べる姿や、知らないことに興味を持って顔を輝かす姿を思い出す。

 本来、それがアルヴィーの本当の姿なんだろう。

 あんなに傷だらけになって怯えたり、悪夢に魘されることがあってはならない。そんな子供が、これ以上増えてはいけない。


「サフィー、安心して」


 また無意識に眉間に皺を寄せていたらしい。

 気付いたノアがサフィールを抱く腕に力を込めた。

 そして片手がサフィールの頬に添えられ上向かされる。


「君の憂いは私が払って見せる」

「ノア……」

「君は優しすぎるよ。いくら君にだって全てを救うことは出来ないでしょう?」

「まあな。それはお前達王族の仕事だ。私は私の気の向くままやらせてもらうさ」

「私は王にはならないよ?」

「知ってる。お前みたいのが王になったら国が潰れる」

「あはは! 言えてる〜〜」


 皮肉にも動じず、ノアはその漆黒の瞳でサフィールの目を覗き込んできた。

 吸い込まれそうな闇の色……。それを見返していると、唇に柔らかい感触。


「ん……」

「私も、私のやり方でサフィーの力になる。その結果、国が豊かになれば結果オーライじゃない?」

「そうだな」

「サフィーが私に『王になれ』って言えば、王になるかもよ?」

「私がそんなこと言わないと知ってて言ってるだろう。王妃なんて面倒なもの御免だね」

「だよねえ」


 口付けの合間に戯れの言葉を交わす。

 自由を奪われることを嫌うこの婚約者が、王妃なんて立場を望むわけがない。ノア自身も同じくだ。

 ノアはサフィールが傍にいて、サフィールが笑顔でいてくれればそれで良い。

 その為に権力というのはとても便利だし、王族という立場も何かと好都合だと思っている。自分が王族として生まれたことも、この髪も瞳も、全てはサフィールと出会い生涯を共にする為だったのだとノアは信じて疑わない。


「……そろそろ帰る」

「ちぇーー、もう?」

「アルが寂しくて起きてしまうかもしれないからな」


 柔らかな唇の感触を楽しんでいたノアに、サフィールがそう告げて離れる。

 ノアも口では不満を言いつつも、腕に捕らえていた小さな身体を大人しく解放した。

 ここで駄々を捏ねて怒らせれば、華奢な脚から繰り出される強烈な蹴りに壁まで吹き飛ばされる可能性がある。否、それならまだ良い方で、しばらく会ってくれない可能性もあるからだ。それはノアには耐えられない。


「今度は、昼間に会いに来るよ」

「私も。ちゃんと護衛を連れて行くからご飯食べさせてね」

「わかったわかった」


 来た時と同じようにサフィールがバルコニーへ出る。

 それを見送る為、ノアが後ろに立った。

 名残惜しさも感じさせず、サフィールは身体を浮かせバルコニーより高く舞い上がる。

 ワンピースの裾を揺らめかせ、月の明かりに照らされる彼女はやはり美しかった。


「サフィー」


 そのノアの視線をどう受け取ったのか、サフィールが宙に浮いたままノアに近付き手を伸ばした。


「おやすみ、ノア」


 仕方ないやつだなあ、という表情で笑うと、サフィールはノアの頬を両手で挟み込み、額にちゅ、とキスをした。

 咄嗟にサフィールを捕まえようとしたノアの手を簡単に擦り抜け、サフィールは今度こそ上空へひらりと舞う。


「……おやすみ、サフィー」


 子供扱いされたことに唇を尖らせながらも悪い気はしなかったノアが小声で告げる。

 その声はちゃんとサフィールに届いていたようで、彼女は悪戯っぽく「ふふっ」と笑うと身を翻し、夜空へと消えてやがて見えなくなった。


「あと二年は長いなあ」


 サフィールが結婚出来る年齢になるまであと二年。

 それまで離れて暮らすのがノアには耐え難かった。しかし、結婚したところで何も変わらないような気もする。

 それでもサフィールがいい。

 はあ、と諦めにも似た溜息を吐いてノアはサフィールが去って行った空を見上げていた。


「嫌だけど、お仕事頑張るかあ」


 サフィールに愛想を尽かされない為に、サフィールの望みを叶えるために。


 ノアは室内に戻ると机に乱雑に積んである書類に目をやり、男性にしては繊細な指をとん、とその書類へ置いた。


読んでくださりありがとうございます!


書きたかったノアとサフィールの夜の逢瀬です。

サフィール大好きなノアを書くのが大好きです(笑)。

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