表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷ついた僕を救ったのは、風変わりな公爵令嬢でした  作者: 紅緒
第2章『明日への希望と迫る影』
16/37

【明日】への想い

 【自分の部屋】に足を踏み入れたアルヴィーは、自分の部屋だというのにそろそろと進み、新しいベッドへと歩み寄った。


(ふかふかだ)


 ベッドに入って横になると、マットレスがふんわりと身体を包み込み支えてくれる。昨夜の客間のベッドもそうだったが、こんなに寝心地の良い物があるのか、とアルヴィーは感動していた。


 ころりと寝返りを打てば、窓際の机と椅子が見える。

 机の隣には大きな本棚があって、まだ中身はほとんどないけれど、テオドールが『もう読まなくなったから』と何冊か絵本を持って来てくれた。

 明日、サフィールやテオドールが読み聞かせてくれると言う。


(絵本……)


 絵本という存在は知っていた。

 近所の子供が話しているのを聞いたことがあったから。

 といっても、アルヴィーは近所の人たちから敬遠されていたのでめったに話すことはなかったし、絵本の話だって自慢されただけだ。

 その子供は、親から誕生日に買ってもらったと言っていた。ドラゴンや魔法が出てきてカッコいい絵が描かれていて、それを毎日母親が読んでくれる、と。


 うらやましかったけれど、自分にはそんなもの望むだけ無駄だ。そう思っていた。

 だって、絵本どころか、誕生日を祝ってもらった記憶もアルヴィーにはない。

 アルヴィーが自分の誕生日を覚えているのは、母親に教えられたからだ。

 祝うためではない、呪うために。


 毎年、同じ日に母親は一層機嫌を悪くして、『お前なんて産まなければ良かった』と、忌々しげに吐き捨てられていたから。

 もっと小さな頃は、そういった言葉を浴びせられるたびに傷付いて泣いて、そしてまた罵倒されてを繰り返していた。


 でも、そのうちに泣き喚くことはしなくなった。

 悲しいのに変わりはないけれど、泣いても何も変わらない。むしろ悪くなるだけだと子供ながらに悟ったから。


 だからとっくに諦めていた。

 でも、今ここから見える本棚には夢にまで見た絵本が納められている。

 しかも、明日それを読んでもらえる。

 アルヴィーはそれが嬉しくて、楽しみでしかたなかった。


 そしてベッドの反対側の壁際にはクローゼットがあって、その中には買ってもらったたくさんの服がしまわれている。

 今着ているパジャマだってそうだ。

 テオドールと色違いで揃えたい、とサフィールが言い出し二人分買ってくれた。

 何着も身体の前で合わせられ、結果アルヴィーのは黄色いチェック柄、テオドールは青のチェック柄のものに決まった。

 絹製のパジャマはさらりとしていて、こんなに着心地の良い夜着なんて当然着たことがない。


 どの服を着れば良いのかなんてことも、もちろんアルヴィーには分からないので、明日の朝サフィールが洋服を選んでくれることになっている。

 『どれにしようか迷ってしまうな。選ぶのが楽しみだ』と笑顔で言ってくれたサフィールに、アルヴィーもまた明日の朝が楽しみになった。

 どんな服でも、サフィールが選んでくれるというだけで嬉しい。


 明日も楽しいことがたくさんあるんだ。


 わくわくした気分になったアルヴィーは、掛け布団を頭まですっぽりとかぶり明日の朝に思いを馳せた。


 明日が楽しみだと感じることなんて、初めてかもしれない。


 両親の罵り合う声を聞きながら、巻き添えを喰らわないように部屋の隅で震えて朝を待っていた自分が、こんなに静かな夜を迎えている。


 おいしいごはんを食べて、あったかいミルクを飲んで、楽しくおしゃべりをしてお風呂に入って……。そんな穏やかな夜を自分が過ごせる日がくるなんて。


 それに。

 さっきのサフィールがしてくれた【おやすみのおまじない】。


 アルヴィーは自分の額にそっと触れてみる。

 優しくて……、柔らかで暖かかった。


 あんなの、母親にしてもらったことはない。勿論、父親にも。


 初めてだったけれど、なんであんなに心が穏やかになるんだろう。それまで、寂しいと思っていたのが嘘みたいに消え去ってしまった。


(あれも、魔法なのかな?)


 アルヴィーは、半ば本気でそんなふうに考える。

 何もかも知らないことばかりだったから。


 でも、サフィールがアルヴィーをこわいことから守ってくれる、とてもやさしいひとだというのは分かる。


(これが、夢じゃありませんように)


 ふかふかの新しいシーツの匂いは少し落ち着かない気がしたが、思いのほか眠気はすぐにやってきて、アルヴィーはすうすうと寝息を立てて眠りについた。


読んでくださりありがとうございます!

今回短めなので、次回の更新は三日後の18日の12時を予定しています。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ