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傷ついた僕を救ったのは、風変わりな公爵令嬢でした  作者: 紅緒
第2章『明日への希望と迫る影』
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みんなでオムライス!

 キッチンに立ったサフィールはテオドールを振り返り声を掛けた。


「テオ、今日はどんなオムライスが良い?」


 聞かれたテオドールは少し考えてから、「オムレツが乗ってるやつがいいです!」と答えた。


「オムライスって色々あるの?」


 サフィールとテオドールの問答に、アルヴィーが素直な疑問を口にする。

 それに対し、テオドールが得意げに胸を張って答えた。


「そうだ。オムライスには種類があって、薄い卵焼きでご飯を包むのとか、とろとろの卵焼きを乗っけるのとか……、オムレツがご飯の上に乗ってるやつがある」

「へえーー!」


 好物について嬉々として語るテオドールに、アルヴィーは興味津々といった具合で相槌を打っている。


「オムレツにするならチーズも入れようか」

「!」


 腕まくりするサフィールに、テオドールが益々顔を輝かせる。案外この年上の少年は表情が豊かなのかな、とアルヴィーは思った。


 サフィールがトントントン、とリズム良く野菜を刻み始めると、「オレたちもお手伝いするぞ」とテオドールがアルヴィーに向かって手招きをする。

 お手伝いなら、【あの家】で【躾】と称して散々させられていた。実家では怒られないようにという一心で家事を手伝っていたが、今は違う。

 サフィールたちの役に立ちたい、と思いアルヴィーはその小さな拳を握った。


「まずはテーブルを拭くぞ」

「うん!」


 大きなテーブルを二人で半分ずつ綺麗に拭き上げて、今度はテオドールから手渡されたランチョンマットをそれぞれの席に敷く。

 その間にテオドールがピカピカに磨き上げられたカトラリーを三組持って来てマットの上に並べた。


「ほかは、なにかすることありますか?」


 落ち着かない様子のアルヴィーがサフィールに尋ねるが、サフィールは「いいから座ってなさい」と苦笑し、テオドールも「あとはオレがやる」と言ってアルヴィーを座らせた。


「お前はまだ体力がないんだ。出来るまで大人しく待ってろ」


 そう言いながら、テオドールが水を用意してアルヴィーの前に置いてやる。

 それからテオドール自身も席に着いた。


「! この水、すっごく冷たい!」


 水をちびりと飲んだアルヴィーは、その冷たさに驚いた。

 井戸なんてこの家にあっただろうか。それにしてもこの水は冷えていて美味しい。王都には何か特別な湧き水があるのだろうか。

 そんなことを考えていると、テオドールが答えを教えてくれた。


「この水は、あの【冷蔵庫】っていう魔法の箱に入れていたんだ」


 テオドールが指した先にはキッチンの奥に鎮座する大きな長方形の白い箱。高さはサフィールの身長よりも少し高いくらいの大きさだ。

 いわく、この箱には特別な魔法が込められていて、中に入れた物を冷やして保存することが出来るそうだ。


「ああいうのを、【魔道具】っていうんだぞ」

「まどうぐ……」


 説明を聞きながら見ていると、確かにサフィールがその箱から卵を取り出している。チラッと見えた限りでは、他にも色々な食材が入っているようだった。


「サフィール様やノア様は、魔道具の開発もされているんだ」

「そうなの⁉︎ サフィールさまたちってすごいんだね!」

「そうだ! お二人ともすっごい方なんだぞ!」


 きゃっきゃと盛り上がっている子供達の会話が聞こえてきて、サフィールはフライパンでオムレツを焼きながら苦笑する。

 そんなに持ち上げられるようなことはしていない。と、少なくともサフィール本人は思っている。

 魔法の研究は趣味のようなものだし、魔道具だってまだ一部の貴族しか持てないような高価な物だ。一般市民に普及するにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 ノアに至っては、大抵自分の為の研究が失敗した結果、他の研究の成果に繋がることが多い。なのでノア本人は周囲にどれだけ認められようと不服そうにしている。


 少しくすぐったい思いをしながら、サフィールはフライパンの中で綺麗に成形されたオムレツを、先に皿へ盛っていたケチャップライスに乗せた。


「出来たよ。テオ、運ぶの手伝っておくれ」

「はい」


 出来上がった三つの皿を、テオドールが一つずつ両手で捧げ持つようにして注意深くテーブルへ運ぶ。副菜には彩り豊かなミニサラダが用意されていた。

 配膳をテオドールに任せたサフィールは、冷蔵庫から赤いソースの入った透明なチューブを取り出して持って来た。


「はい、お待ちどおさま」


 目の前に置かれたオムライスという食べ物。

 テオドールが言っていた通り、お米が赤い。それに、小さく刻んだ野菜やお肉が混ざっているようだ。

 そのお米の上には黄色くて大きな……半月みたいな、細長い木の葉のような形のオムレツがぽってりと乗っかっている。

 不思議な見た目の食べ物だけど、調理している時から良い匂いがダイニングまで届いていた。きっと美味しいに違いない。アルヴィーはそう確信していた。


「さあ、仕上げだよ」


 そう言ってサフィールが器用な手つきでアルヴィーとテオドールのオムレツに赤いソースを使って何かを書き始めた。


「?」


 チューブから絞り出されたそれは細い線になって、くねくねとオムレツの上を赤く彩る。


「これは?」


 と聞くアルヴィーに、サフィールが「これはケチャップっていうソースだよ」と教えてくれる。


「トマトを使ったソースで、ここには『アルヴィー』って書いたんだよ」

「え」

「テオのには、『テオドール』って書いてある」


 言われてもう一度オムレツの上の赤い線を見る。

 確かにテオドールのオムレツに書かれた線と自分のものとは形が違った。


「これが、僕の名前……」


 アルヴィーには文字が読めないし、第一食べ物に文字を書く意味も分からない。

 食べたらなくなってしまうものだ。


(でも……)


 と、アルヴィーはまじまじとその赤い線を見詰めた。

 サフィールが自分の為に作ってくれた物に、サフィールがこうして自分の名前を書いてくれるという行為そのものが、アルヴィーにとってとても嬉しいことだと感じられた。


「サフィール様の分、オレが書いていいですか?」

「うん、お願いするよ」


 アルヴィーと同じように顔を輝かせて自分の名前が書かれたオムライスを見ていたテオドールが、顔を上げてサフィールに尋ねる。

 当然、拒否などしないサフィールがケチャップの容器を手渡してやると、テオドールは両手でチューブを持ち、アルヴィーから見てもぎこちない動作で何かを書き始めた。


「……」


 出来上がったのは途切れ途切れのガタガタの線で、オムレツからもはみ出てしまっている。

 どうやらアルヴィーの手前もあり、サフィールの名前を書いて年上らしさを見せたかったようだが、上手く出来なかったことにテオドールは顔を曇らせた。


「すみません……、また失敗です……」

「何言ってる。前より上手くなったじゃないか」


 しゅんとしたテオドールにサフィールが優しく言葉を掛ける。

 慰めじゃなく本心から言ってくれていることが分かって、テオドールは照れ臭そうに、でも嬉しそうにはにかんだ。


「さあ、冷めないうちに食べよう」

「「いただきます!」」


 サフィールが促したことで、待ってましたとばかりに子供二人が手を組み合わせ同時に声を上げた。


「見ろアルヴィー、こうやるんだ」


 そう言ってテオドールがナイフを使い、オムレツに縦にスーッと切れ目を入れる。

 そこからナイフとフォークを使ってオムレツを割り開くと、自重に負けて半熟のとろとろの中身が広がった。


「わああ……!」


 それを見たアルヴィーが感激して、見様見真似でオムレツにナイフを入れる。

 すると同じようにとろりと広がる卵にまた歓声を上げた。


 テオドールを真似て、オムレツとケチャップライスを一緒にスプーンに掬って、大きく開けた口でパクりとひとくち。


「んん!」

「な! おいしいだろ?」

「うん!」


 目を輝かせ、むぐむぐと口いっぱいに頬張るアルヴィーに、テオドールが同意を求める。それに何度も大きく頷いて、アルヴィーはまたひとくちオムライスを口に入れた。

 競い合うようにしてオムライスにがっつく子供達に、サフィールは『良かった』と慈愛の目を向ける。

 初めてのオムライスは、どうやら気に入ってもらえたようだ。

 テオドールも彼なりにアルヴィーを気にかけ、世話を焼こうとしてくれている。

 良い子たちだなあ、と素直に思う。


「よく噛んで食べなさい」

「ふぁい!」

「ふふ」


 ほっぺたに着けた米粒を取りながら言ってやると、アルヴィーは元気に返事をしてまたオムライスをぱくりと口いっぱいに頬張った。


 これ以降、オムライスはアルヴィーの好物になり、テオドールと共に頻繁にリクエストされることになるのだった。


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