ようこそ、アルヴィー
買い物を終えサフィールの家に戻ると、今度は馬車に積んでいた家具やその他諸々を運び込む作業が始まった。
作業は荷馬車に同乗していた店の人間や、オリバーも加わって行われ、サフィールの指示の元テキパキと進んでいく。
使われていなかった小さな部屋はあっという間にベッドや机が設置され、部屋としての体裁が整った。
「さあ、今日からここがアルヴィーの部屋だよ」
出来上がった部屋の入り口で、サフィールが背後からアルヴィーの両肩に手を置き優しく告げる。
ちなみにノアは部屋が出来上がると同時に、オリバーに半ば連行されるようにして城へと連れ帰られて行った。『私もオムライス食べたい!』と最後まで駄々を捏ねながら。
「僕の……部屋……」
ベッド、机、椅子…。本棚もサイドテーブルもクローゼットも。全部サフィール達が自分の為に選んでくれた、自分のもの。
買い物の時も現実味を感じられなかったが、こうして実際に出来上がった部屋を見るとより信じられない気持ちが湧き上がり戸惑ってしまう。
ゆっくり部屋に足を踏み入れ、周りを見渡す。
今まで、硬くて冷たい床で古い毛布に包まって寝るのがアルヴィーにとっての当たり前だった。自分の物なんて一張羅の服くらいで、自分の部屋なんて考えたこともない。
何より、自分の為に何かをしてもらえること自体、今までなかったことだ。
昨日までの自分の世界とのあまりの差に、アルヴィーはこの現実を受け止めるのに時間を要した。
「気に入ってもらえたかな?」
「サフィールさま……」
いつの間にか隣に来ていたサフィールがアルヴィーに声を掛ける。
アルヴィーは今自分が感じているままを正直に伝えることにした。
「僕は……、今までこんな風にしてもらったことがなくて」
「うん」
「新しい自分のお洋服なんて……、しかもお部屋までなんて……。ちょっと、夢みたいで」
「うん」
「でも……」
アルヴィーは言葉を切って、サフィールを見上げた。
そして栗色の大きな瞳から涙をぽろぽろと溢して、大きく頭を下げた。
「すっごくうれしいです……! 夢みたいで、うれしくて、うれしくて……!」
「うん」
ひっくひっくとしゃくり上げるアルヴィーを抱き締め、サフィールが「良かった」と微笑む。
「勝手に話を進めてしまったから、すこし不安だったんだ」
まだ溢れてくる涙を指で拭ってやりながら、サフィールが続ける。
「アルヴィーさえ良ければ、ここで私達と暮らさないか? 将来的に出て行くのは構わないが、今はまだまだそんなことが出来る状態じゃない。まずは元気になることが先決だ」
「……!」
こうして部屋を用意してくれたことや、買い物の時に出会った人々へ紹介されたことから期待はしていたけれど、実際に面と向かって言われると嬉しさに鼻の奥がツンとした。
「ぼ、ぼく……」
ちゃんと、答えなけえれば。
アルヴィーはまだ喉を引き攣らせながらも、何とか自分の意思をサフィールに伝えようと口を開いた。
「サフィールさまと、一緒にいたい、です……! 一緒に、いさせてください……!」
言った。きちんと自分で言えた。
アルヴィーはどきどきとする胸を押さえ、恐る恐るサフィールを見上げる。
すると、サフィールはそのアルヴィーの視線を満面の笑顔で受け止め「もちろん!」と頷いた。
「アルヴィー、……アル。これからよろしく」
「! よろしくお願いします!」
サフィールがアルヴィーの頬にそっと手を添える。
両頬に添えられたサフィールの手は優しくて、温かかった。
「テオ、こっちにおいで」
入り口で二人を見ていたテオドールに、サフィールが振り返り声を掛ける。呼ばれたテオドールは、静かにサフィールの元までやって来た。
そのテオドールの肩を抱いて、アルヴィーと向き合うように立たせる。
「テオはアルより年上だし、アルはこの街のことを何も知らない。テオがお兄ちゃんとして色々教えてやっておくれ」
「オレが、お兄ちゃん……」
テオドールはサフィールの言葉を噛み締めるように繰り返すと、何かを決意するように顎を引いてアルヴィーを見た。
「わかりました。……アルヴィー、これからはオレがお前のお兄ちゃんだ。分からないことがあったらオレに言え」
「う、うん。よろしくテオドールくん……!」
早速お兄ちゃんぶるテオドールが微笑ましくて、サフィールは思わずくすりと笑ってしまう。
「よし、じゃあ部屋を見るのはこのぐらいにして、夕飯にしよう」
可愛らしい二人を一度ぎゅっとまとめて抱き締めると、サフィールは二人を一階に降りるよう促した。