第三王子と騎士団長
「これで一件落着だね、テオくんもアルくんももう大丈夫だよ」
くっ付いていた子供二人に、ノアが安心させるよう優しく声を掛ける。
しかしその時、
「何が一件落着ですかな?」
「げ……」
低く渋い声が通りに響いた。その声には幾分かの呆れが混ざっている。
去って行く騎士達と入れ違いに、こちらへやって来る人物がいた。
鎧を身に纏っているので騎士であることは間違いないが、先程の若い騎士とは明らかに意匠が違う。そもそも、男から出る貫禄のオーラが段違いだった。
短く刈り上げた髪に無精髭、身体はガッシリとして無駄な筋肉がない。しかし何より目を引くのは、右の額の端から左の頬下まで真っ直ぐ入った傷痕だった。
「ノア王子……、城を出る時は護衛を付けてくださいと何度言えば分かってくれるんです」
「……」
短髪をガシガシと掻き混ぜながら、中年の騎士が息を吐く。
王子だというノア相手に、この騎士はあまり物怖じしない様子で苦言を呈している。
「オリバー騎士団長、こんにちは」
「サフィール嬢」
子供のように唇を尖らせるノアの代わりに、サフィールが騎士に声を掛けた。
オリバーと呼ばれた騎士はサフィールに向き直り頭を下げる。
「先程の男はサフィール嬢が?」
「ええ、まあ成り行きで。お仕事を奪うような真似をしてごめんなさい」
「とんでもない! しかしアイツもサフィール嬢のいる方へ逃げ込むとは運がない」
そう言ってオリバーは快活に笑い、哀れなコソ泥に同情した。
「サフィール嬢のおかげで助かりました」
そう言うオリバーだが、「ただし!」と人差し指を立て付け加える。
「ノア王子、貴方はもっとご自分の立場を考えて行動してください」
「ええーー……」
再開されたお小言にうんざりした顔を隠さないノアは、「だってーー……」とぼやく。
「せっかくのデートなのに、何で護衛なんて邪魔者連れてかなきゃなんないの」
そんなノアとオリバーの傍らで、話についていけないアルヴィーはぼんやりと彼らのやり取りを見上げていた。
そのアルヴィーと、同じくノア達を見上げていたテオドールの肩に手を置きサフィールが苦笑して見せる。
「さ、サフィールさま」
「なあに?」
「ノアさまって王子さまなんですか?」
小さな声で、内緒話をするように尋ねてきたアルヴィーに、サフィールは眉尻を下げ溜息を吐いた。
「……残念ながら本物の王子様よ」
「すごい……!」
「まあ、見ての通り問題児の王子だけどね」
肩を竦めるサフィールに、それでもアルヴィーは『すごい!』と思って改めてノアを見上げた。
カッコ良くて、所作も綺麗だと思っていたけれど、まさか本物の王子さまだなんて。
その王子さまと一緒に過ごしていたのか、とアルヴィーは恐縮する気持ち半分、誇らしい気持ち半分だった。
しかし、そうなるとますますサフィールというひとが、どういう立場なのか分からない。
家ではノアに対して敬語ではなかったし、対等の立場のように感じられた。
「お城のご飯よりサフィーのご飯が食べたいし、もっとサフィーと一緒にいたいの!」
当の王子本人は駄々っ子のようにオリバーに食って掛かっているが。
「それに、サフィーと一緒なら何の危険もないでしょう? 大体、護衛なんてなくても私一人で十分だし」
「そういう問題じゃありません」
ノアの言葉を否定して、オリバーはちらりとサフィールを見遣る。
「サフィール嬢の実力は理解してますし、そこらの騎士や魔道士よりサフィール嬢と一緒の方が安全ってのも分かってます」
「だったら……!」
オリバーの言葉に表情を明るくするノアだったが、「そういう問題じゃないんですよ」と再びオリバーが繰り返した。
「護衛も連れずに歩いていれば、今のように殿下の立場を知らぬ者が絡んで来る可能性がある。それを全て不敬罪で処刑するおつもりですか」
「う……っ」
「【いかにもな見た目】というもので立場を分からせることは大事なんです。特に貴方のような立場の方は。……それが分からない貴方ではないでしょう」
正論をぶつけられ、思わず『サフィーとの時間を邪魔するような奴は、みんな死んでも良いと思う』と真顔で反論しそうになった言葉を、ノアはどうにかこうにか飲み込んだ。
そんなことを言おうものなら余計に話がこじれるし、街中で王子がそんな問題発言をぶちかましたらマズイことくらいよく分かっている。
何より、こちらを見るサフィールの目が『余計なことを言うなよ』と言っている。
ノアが何を考えているかなんてお見通しの青い瞳が睨みを効かせてくるのも、『ああ、綺麗な瞳だなあ』なんて思ってしまうんだから我ながら困りものだとノアは内心自嘲する。
けれど、サフィールに愛想を尽かされるのを何より避けたいノアはオリバーに対し「分かってるよ」と答えるに留めた。
「ノア様、オリバー様」
そこでサフィールが間を取り持つよう会話に割って入った。
「これまでは大目に見て頂いていましたが、今日のような出来事があった以上、オリバー様の言う通り、今後は形だけでも護衛を連れた方が良いでしょう」
サフィールの発言にオリバーは大きく頷き、ノアは面白くなさそうな顔をする。
「ノア様、今度は私がお城へ参ります。そうすれば、護衛を引き連れる必要もないでしょう?」
そんなノアに向き直り、子供に言って聞かせるように話すサフィールに、ノアは途端に顔を輝かせた。
「サフィーが来てくれるの!?」
「ええ、これからは頻度を上げて伺うようにするので、それで我慢してください」
「いつ来てくれるの!? 明日!?」
「……ノア様、ちょっと落ち着いてください」
まくしたてるノアを半目になったサフィールが手で制し、今度はおもむろにオリバーへ向かって頭を下げた。
「さ、サフィール嬢!?」
当然、「頭を上げてください!」と困惑するオリバーに、「いいえ」とサフィールは頭を下げたまま被りを振った。
「私がいれば殿下に危険はない、という慢心がありました。周囲への影響を深く考えていなかったのは私も同じです。申し訳ございません」
深々と頭を下げるサフィールにオリバーは困り果てた顔で頭を搔く。
「いやあ、サフィール嬢の強さは分かってますし、ノア王子の気持ちも分からんでもない。なので自分もこんなこと言いたかないんですが、……ただ、お二人の立場上、俺もこういったことを言わざるをえんのです……」
「分かっております。それでも今まで見逃してくれていたんですもの。感謝しておりますわ」
「サフィール嬢……。そう言って頂けると有難いです」
ほっと胸を撫で下ろすオリバーに、ようやっと頭を上げたサフィールが微笑む。
「と、いうわけで、次回から私の元へいらっしゃる時はきちんと護衛の方を連れて来てくださいね。……でなければ、追い返しますから」
「わ、わかったよ……」
まだ不満げだったが、サフィールの笑顔の圧に負けたノアがしょんぼりと頷いた。
「さ、気を取り直して残りの買い物を続けましょう」
サフィールが明るく宣言して、子供二人に手を差し出す。すると、二人は嬉しそうにその手を取りぎゅっと握った。
「では今日は俺が護衛を務めさせて頂きます」
胸を張ってにっと笑って見せるオリバーに、サフィールは「いいんですか?」と尋ねる。
「騎士団長直々にだなんて、お仕事に支障を来たしませんの?」
「なあに、今日はもうすぐ上がる時間でしたし、問題ないですよ!」
「あら、じゃあお言葉に甘えますわ。……そうだ」
何かに気付いたサフィールが、手を繋いだ子供達に視線を落とした。
「テオは知ってると思うけど、アルヴィーは初めましてよね。こちらは王都の騎士団長、オリバー様よ」
「はじめまして! アルヴィーです!」
「オリバー様、この子は新しくうちで預かることになったアルヴィーですわ」
「おお! よろしくな、アルヴィー!」
背筋を伸ばして挨拶をするアルヴィーに、オリバーは腰を屈めてにかっと笑いかけてくれる。
日焼けした肌に、笑った時に出来る目尻の小じわがとても人好きのする印象を受けた。
「テオも、また騎士団の練習見に来いよ!」
「! はい、ぜひ!」
オリバーの言葉に、テオドールが前のめりに返事をする。どうやらこの二人も以前から面識があるようだ。
「アルヴィーも良かったら一緒に来いよ!」
「はい!」
「はは! お前らは素直だなあ!」
よしよし!
と、二人の頭をオリバーの大きな手が撫でた。
「よっし! じゃあ行きますか!」
「ええ」
まだ少しむくれているノアに構わず、四人は残りの買い物の為、大通りに向けて歩き始めた。
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