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傷ついた僕を救ったのは、風変わりな公爵令嬢でした  作者: 紅緒
第1章『少年と令嬢とやさしい時間』
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ランチにしよう!

 その後もサフィール達は色んな店に入っては大量の買い物をした。

 買った物は停めてある馬車に積み込まれ、サフィールの家に届けられることになっている。


 『どれが良い?』と聞かれても何とも答えられないアルヴィーに、サフィールとノアは『じゃあこれは?』『こっちもいいよ』と色々薦めてくれた。


 自分の洋服、自分のベッド、自分の机、自分の椅子……。

 これが、全部自分の物だなんて。

 これまでのアルヴィーにとっては有り得ないことで、なぜだか悪いことをしているような気分にさえなってしまう。


 そんなアルヴィーの気持ちを他所に、サフィールは生き生きと買い物をしている。

 『アルヴィーにはこれが似合いそう』、『アルヴィーは可愛いから選びがいがあるな』なんて言われたら、自分には分不相応だと思うのに、それでも【うれしい】と感じてしまう自分を止められない。


「そろそろランチにしない?」

「あら、もうそんな時間でしたか」


 買い物に夢中になっているサフィールにノアが声を掛けた。

 そこでやっと時間に気付いたサフィールが苦笑して「ランチにしましょうか」と頷く。

 慣れない街並みや、そこを行き交うたくさんの人に少し疲れていたアルヴィーは内心ほっと息を吐いた。


「いつもの所で良いかしら」

「サフィーはあそこがお気に入りだね」

「美味しいんですもの。テオもそこでいいかしら?」

「はい」


 どうやら馴染みの店に向かうようだ。

 テオドールが頷くのを見て、サフィールは早速目当ての店へと歩き始めた。

 大通りのリストランテではなく、路地に入り、いくつか角を曲がった通りへ出る。そこまで来ると観光客の姿は減り、地元の人々が多く歩いているように見えた。


「いらっしゃい!」


 格式ばったリストランテというよりは、食堂というのがしっくりくる店に辿り着いた。

 扉を開けるとカラン、と来客を知らせる軽やかなベルの音と、元気な女性の声に出迎えられる。


「あらまあ、サフィール様にノア様まで! いらっしゃいませ!」

「ご機嫌よう。四人なのだけど席はあるかしら?」

「もちろんですよお! あら? テオ君と、そちらの子は初めましてだねえ?」


 この店の女将さんとも、サフィールとノアは顔見知りのようだった。

 知り合いが多いんだなあ、なんて考えていると急にこちらに話を振られて、アルヴィーはびくりと肩を跳ねさせた。


「あ、アルヴィーです、はじめまして……!」

「うちで預かることにしたんです。これからお見知りおきをお願いしますわ」

「あら、そうなんですか! アルヴィー君ていうのかい。まだ小さいのにしっかり挨拶出来てえらいねえ!」

「ありがとうございます!」


 サフィールに恥をかかせるわけにはいかない。幼いながらにそう思って、アルヴィーは背筋を伸ばした。

 女将さんは「よろしくねえ」と笑い、アルヴィーの栗色の髪を掻き混ぜるように撫でてくれた。少し力が強くて髪の毛が乱れてしまったけれど、その手も笑顔も声も、とても優しく感じられた。


「今日のランチは何かしら?」


 窓際のテーブル席へ通されると、サフィールが女将に尋ねる。


「今日は、肉が『ビーフシチュー』で、魚は『白身魚のフリット』ですよお! 魚は今朝水揚げされたばかりだから新鮮ですよ」

「それは美味しそうだね。では、私は魚のフリットをいただこうかな」

「私も同じ物をお願いします」

「はいよ! ノア様とサフィール様は魚だね」


 即決したノアの隣で、サフィールは向かいに座るアルヴィーに視線を移し「アルヴィー、」と声を掛けた。


「食欲もあるようだし、もう大丈夫だとは思うから、好きな物を頼みなさい。お肉とお魚どちらが良いかしら?」

「え、えっと、じゃあ、僕はおにくが良いです!」


 正直に答えたアルヴィーに、サフィールが微笑んで頷く。


「では、アルヴィーにはビーフシチューを。テオはどうする?」

「オレもビーフシチューでお願いします」

「肉と魚二つずつですね! 少々お待ちを!」


 オーダーを聞いた女将は厨房へと消え、程なくして大きな皿を何枚も持って戻って来た。


「はいお待ち! ゆっくりしていってくださいね!」


 サフィールとノアの前には魚のフリットが、向かいに座るアルヴィーとテオドールの前にはビーフシチューの大皿が鎮座し、真ん中には数種類のパンの盛り合わせが置かれている。このパンは自由にお代わり出来ると聞いて、アルヴィーは驚いた。


「さあ、いただきましょう」


 目の前で美味しそうに湯気を立てるシチューには大きな牛肉の塊がゴロゴロと入っていて、大きくカットされたにんじんやジャガイモも見て取れた。

 見るだけで美味しいと分かるそれに、アルヴィーは知らずごくりと喉を鳴らす。

 でもそんな食欲をどうにか抑え込んで、アルヴィーはサフィールの声に従って、みんなの真似をして祈りのポーズを取った。


「いただきます」


 食前の挨拶を済ませると、アルヴィーは早速スプーンを使ってシチューの中の牛肉を掬ってみた。

 大きなその塊はアルヴィーの小さな口には入りきらなくて、でもとっても柔らかく煮込まれたそれは、歯を使わなくてもホロリと噛み切れて口の中で解けていく。


「おいひいです……!」


 目をキラキラと輝かせ、夢中で食べているアルヴィーにサフィールが優しく目を細める。


「アルヴィー、これもひとくちいかが?」

「えっ?」


 そう言われて顔を上げると、サフィールが自分の注文したフリットをひとくち大に切り分けてフォークに刺してこちらへ向けていた。


「え、でも」

「お行儀なんて考えなくて良いから。食べてごらんなさい、とっても美味しいわよ」


 そう言われたらアルヴィーに食べる以外の選択肢なんてない。

 少し身を乗り出して、差し出されたフォークにパクリと食い付いた。

 途端、サクッとした軽い衣の感覚と同時にじゅわっとした甘い油が口に広がる。次にふんわりと柔らかい白身魚のあっさりした風味と、タルタルソースのまったりした甘酸っぱさがやってきて、アルヴィーは「お魚ってこんなにおいしいんだ」と感動に目を見開いた。


「お魚もおいしいです!」

「そうでしょう。ここの料理はどれも美味しくてオススメなのよ」

「テオくんには私が分けてあげよう。ほら、あーーん」

「あーー……」


 アルヴィーがサフィールに食べさせてもらっているのを見て機嫌を下降させたテオドールに、ノアが自分のフォークを差し出す。

 それに照れ臭そうにしながらも、嬉しそうにフリットをもぐもぐと咀嚼するテオドールは、もうすっかり機嫌を元通りに直したようだった。


「……これ、やる」

「え、いいの? ありがとう!」


 ふいに、テオドールが自分の皿からアルヴィーの皿に大きなにんじんを移し入れた。

 アルヴィーはそれを嬉しそうに受け取り、もぐもぐと幸せそうに頬張る。


「このにんじん、すっごく甘くて美味しいのに、もらって良かったの?」

「ああ、からだに良いんだぞ」

「ありがとう!」


 アルヴィーはテオドールに感謝して、皿に移されたにんじんを喜んで食べている。

 そんな様子を、向かいの二人は苦笑して眺めていた。


「テオくん、自分が苦手なにんじんをアルくんに……」

「まったく……。今はアルヴィーに栄養が必要なのは間違いないから何も言わないでおくけれど……。偏食なのは貴方に似たのかしら」

「えーー? だれのことかなあ〜〜?」


 言いながら、フリットのガロニ(付け合わせ)だったにんじんのグラッセをサフィールの皿にせっせと移すノア。

 やれやれと首を振り、サフィールは「こんなに美味しいのに」と寄越されたにんじんを口にして、その美味しさに頬を緩めた。


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