そして、主夫だけが生き残った…… ~生存率10%以下の婚活パーティー~<連載版開始>
本シリーズの連載版始めました!
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――私はリリス・ヴォルテクス。
裏社会において膨大な資金や物流網を握る組織の実質的トップだ。
世間では『悪役令嬢』と揶揄されるのも仕方ないと思っている。
もともと父から継いだ事業を飛躍的に発展させたのは私だし。
多くの国家さえ私の機嫌をうかがうほどの権力を持っている。
だが私には、どうしても解決できない悩みがある。
恋愛運のなさだ。
仕事柄もあって、歴代の恋人は皆、最終的には怯えて逃げていく。
皆、「怖い」「重い」「命が惜しい」と言って去っていった。
ここまでくると諦観の境地だが……
それでも一度くらいは損得勘定抜きで恋をしてみたいと思うのは私のわがままだろうか。
そこで、私は一計を案じた。
正体を伏せた状態であれば、利害や恐怖抜きに純粋な出会いがあるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて参加を決めたのは、貴族限定の匿名制婚活パーティー。
名門の子女たちが匿名の仮名で参加。
お互いの素性を探り合わないという触れ込みらしい。
私は偽名『リディア』を用意し、しれっと参加してみることにした。
私は夕刻、赤いドレスをまとって、馴染みの馬車に乗って向かった。
会場の扉をくぐると、さっそく私の組織の人間たちが警戒に目を光らせている気配を感じた。
匿名参加型のはずだが、護衛の半数以上は私の傘下の者で固められているのがすぐわかった。
背筋の伸ばし方、視線の巡らせ方、どれも見慣れた動きだ。
私はシャンパングラスを手に取り、あくまで優雅に微笑みながら部屋を見回す。
(私の外出情報が組織に漏れるのは致し方ないことだとして、ずいぶん物々しい雰囲気になっているような気がする……)
そんなことを思いながら、今度は女性参加者をさりげなく観察する。
確認できただけで、三人は私の直轄組織の女性工作員たちだ。
おそらく監視役、もしくは保険として潜り込んでいるのだろう。
パーティーの定員は男女それぞれ十名ずつだと聞いていたが。
意外と参加者が少なく感じるのは、そのうち相当数が私の身内だからに違いない。
(こっそり参加したはずなのに思ったより組織の人間が混じっているのは困るわね。普通に婚活するにはあまりにも気まずい状況だわ……)
残りの六人の女性陣は全員こちらの存在に気づいているのを感じる。
私がリリス・ヴォルテクスだと完全にばれている。
顔色を少し青ざめている子も多い。
(匿名参加の意味、薄いかもしれないわね。大丈夫かしら……)
そして男性陣に視線を移すと、特有の身のこなしを持つ四人ほどを見つける。
武術の基礎がしっかりしていて、しかも防衛主体ではなく攻めの体捌きだ。
隣国の諜報機関がよく育成しているタイプだと見て、すぐに察した。
(ああ、半数近くがスパイね。これでは純粋な出会いなど期待できない。どうしてこうなるのかしら……)
私は表情を変えずに静かに息をつく。
シャンパンを一口飲んで周囲を見守っていると。
護衛がさりげなくスパイらしき者たちをマークしているのがわかった。
そしてほんの数分のうちに、彼らの姿が次々と消えていく。
列席者に気づかれないように誘導され、会場の外へと退場しているのだろう。
「リディアさん、こんばんは。お隣、失礼しても?」
そう声をかけてきた男性がいた。華やかなスーツの着こなし。
それなりに貴族らしい振る舞いだったが、その胸元の膨らみが妙に気になった。
懐に何か仕込んでいるのは明白だ。
おそらく短剣か、それに類する暗器だろう。
隣にいる友人らしき男も同じように不自然な膨らみがある。
(なるほど、残りの二人は暗殺者か……もうこれは婚活パーティーとは呼べないわね)
私は内心落胆する。
「ええ、構いませんわ。リディアと申します」
そして笑みを浮かべてそう答える。
「あなたはどんな方なんです? 差し支えなければ教えていただけるかしら」
「はは、貿易関係の仕事をしていてね」
男は謎めかすように笑う。
もう一人の男も似たような調子でお追従を始める。
私はひとまず軽く微笑み、二人の話をうまく受け流していた。
しかし、会話の合間、男の手が懐に伸びかけたのが見えた。
瞬間、護衛の一人が背後からスッと近づく。
そして、その男の横腹への鋭いボディブロー。
音はほとんどしなかったのに、男の息が止まったのがわかる。
続けざまに強烈な顎へのアッパーが入り、その男は昏倒する。
護衛は周囲に向けて聞こえるように言葉を投げかけた。
「どうやらこちらの男性は飲みすぎたようです。休憩室へお連れします」
護衛はそう言って倒れた男を抱え上げ、会場の外へ引きずっていく。
「そちらのお連れの男性も、少し状況を確認していただけますか?」
誰にも反論させる隙を与えないように暗殺者二人を取り囲み、淡々と誘導する。
そして、しばらくすると遠くで小さく魔道銃の発砲音が聞こえた。
(地獄の婚活パーティーと呼んでも差し支えないわね……)
女性参加者たちも明らかに危険な空気を察知して、一人また一人と退出していった。
◇◇◇◇
ほどなくして、意を決したように男性陣のうち何名かが私の前に出てきた。
先ほどまでの貴族風の立ち振る舞いはどこへやら、彼らは急に土下座を始める。
「リディア様……いいえ、リリス様! お金の返済期限を延ばしてください!」
「何とか投資を……追加融資をお願いします! 事業を立て直しさせてください!」
彼らは半泣きになって訴える。
どうやら全員、私の組織から融資を受けている債務者だったようだ。
彼らの必死の嘆願を見て、私は内心で頭を抱える。
恋活どころか、金の無心をされる始末。
(こんな場所で土下座をされるなんて最悪だわ。はたから見ると、私は完全に『悪役令嬢』よね……)
私はゆっくりと護衛の方へ目配せした。
彼らも察したようで、静かに肩をすくめると、壁際にいた数名が前に出る。
すると、土下座していた男たちは我先に言い訳めいたことを口走り始める。
「り、リリス様! いえ、女帝! 私のビジネスは決して虚構ではございません!」
「お許しを……返済については……今少し猶予を……!」
しかし護衛たちは淡々と、力ずくで彼らを捕縛していく。
ある者は泣き叫びながら。
ある者はわけのわからない企画書を振りかざしながら連れ出されていく。
気づけば、ホールに鳴り響く悲鳴と懇願は、完全にかき消された状態になっている。
女性陣も青い顔をして逃げていき、男女ともにほとんどいなくなった。
◇◇◇◇
(こんな光景、貴族の婚活パーティーとは思えない。これで残っているのは何人かしら?)
周囲を見渡すと、まだひとりだけ残っている男性がいた。
長身で銀髪がややくしゃっとしている青年だ。
彼はまるで先ほどまでの騒動を認識していないかのように、ぼんやりしていた。
少し前まで女性陣と楽しそうに話していたようだが、もう皆逃げてしまった。
どうするつもりなのかと思っていると、彼はこちらを振り返り、近づいてくる。
「やあ、リディアさん。なんだかみんな急に用事があるとかで出て行ってしまったね。残念だ。せっかくの機会なのに」
その言葉を聞き、私は微妙な気分になった。
なぜなら彼の表情はきわめて暢気だったからだ。
命がけの場所に放り込まれたとは微塵も思っていないようだ。
「あら、そうね。でもあなたは大丈夫なの?」
私がそう尋ねると、彼はにこやかに頷きながら答える。
「俺はハロルド・エイムズ。料理と掃除が得意なんだ。実は主夫志望でね。君が稼いでくれるなら、俺は家事全般を頑張りたいと思ってる。もちろん子どもができたら育児も俺がするよ。だから……もしよければ結婚してほしい」
あまりにあっさりした求婚に、私は返答を忘れてしまった。
まさかここまで軽薄な言葉を真顔で言われるとは予想外だった。
「料理と掃除、得意なのね。それは……まあ、助かることではあるけれど」
「そうだろう? それなら決まりだ。君も働くのが好きそうだし、稼ぎの心配は要らないよね?」
あまりに率直で脳天気な発言。
(最後に残ったのはただ鈍感で脳天気な男だったか。でも、恋愛対象としてはちょっと……)
せっかく潜入したというのに……
恋愛はおろか、会話としても噛み合う気配がなさすぎて、私は深い失望を覚えた。
「ええと、悪いけれど、私には用事があるの。だから失礼するわ」
さすがに場を持たせるのも苦痛だったので、私はそう言い残して会場を後にした。
◇◇◇◇
翌日、部下がやってきて昨日の報告をしてきた。
「リリス様。昨日、隣国のスパイが四名、暗殺者が二名、そして債務者が三名、処理済みでございます。おかげで彼らを一網打尽にできました。さすがリリス様でございます」
部下は上機嫌だが、私は心の中で溜息をつく。
やはりあの場にいた者たちはほとんど敵対する連中だった。
案の定というか、仮名パーティーでも無駄だったというか……
「そう。被害状況はどうなっているの」
「こちらの被害は軽微です。……ああ、ちなみに、リリス様に無礼を働いた不届き者も拘束しております」
部下の言葉に、私の頭の中にあの長身の青年がよぎる。
もしやと思っていると……
案の定、虫の息のまま引きずられているハロルド・エイムズの姿がそこにあった。
頬には殴打の跡が残っている。
体も痛めつけられたようで震えている。
「や、やめて……お、俺はただ……主夫に……」
ハロルドのうめき声を聞いて、私は焦りを感じた。
このままでは『あのパーティーの参加者で生存できた者はいなかった』ことになる。
これでは、私が悪鬼羅刹のようではないか!
「やめなさい! 彼を治療しなさい。すぐに医療班を呼んで」
私の命令に、護衛たちは一瞬驚いた表情を見せる。
が、すぐに恭しく頭を下げる。
「かしこまりました、リリス様。ご安心ください」
すぐさま治療の手配が行われ、ハロルドは奥の部屋へと運ばれていく。
その背を見送りながら、私はなぜか奇妙な罪悪感に苛まれていた。
「死なないで、ハロルド……生きて!」
思わずそんな声が漏れてしまった自分に、少しばかり恥ずかしさを覚える。
まるで演劇のヒロインのようではないか。
けれど、私が悪いわけではないが。
心のどこかにうしろめたさがあるのは事実だった。
その後、ハロルドは懸命な治療によって一命を取り留めた。
完全に回復するには時間がかかるものの、早い段階で歩けるようになる。
すると、さらに問題が浮上する。
『彼をどうするか』だ。
既に私の素性や組織のことを相当見聞きしている。
この軽薄な男は、放っておけばいずれ口外するに違いない……
だからといって、彼を闇に葬るのはあまりにも可哀そうだ。
私は迷った末に、ある提案を思いついた。
「組織内の施設や屋敷で働いてもらうしかないわね」
護衛や部下たちも一瞬は驚いた様子だったが、私の言うことに異論は唱えない。
ただ、ハロルド本人が納得するかどうかという問題があった。
「ハロルド、あなたはこのまま外へ出て行ってもいいのだけれど、私の組織の秘密をあちこちで喋ることになったら困るの。だから、ここで働く気はある?」
少し脅しの響きを含ませて問いかける。
彼はしばらく黙り、少しかすれた声で答えた。
「……外に放り出されるよりは、ここにいるほうが安全そうだ。俺としては稼ぎのいい仕事よりも、料理や掃除をやる場があるならそれで十分なんだが……」
「わかったわ。なら今日からあなたは、ここで清掃係兼料理人として働きなさい。勝手に外には出られないけれど、そのぶん材料や器具は惜しまないようにするわ」
そう言うと、彼は一瞬目を瞬かせ、そして笑みを浮かべた。
「清掃係兼料理人か……案外、悪くないかもしれない。ありがとう、リディ……リリス……様?」
「普通にリリスと呼んでも構わないけれど、好きにしてちょうだい」
◇◇◇◇
こうしてハロルドは私の屋敷で生活を始めることになった。
彼は慣れない裏社会の面子に囲まれた環境で生き残ろうと必死に働いた。
瞬く間に部下たちから一目置かれる存在になる。
さらに主夫としての才覚まで発揮し始めた。
結果、私の投資を受けて「ハロルドクリーンカンパニー」を設立した。
屋敷で培った清掃と料理のノウハウを貴族社会へ外販する形だ。
サービスは評判を呼び、あっという間に一大事業へと発展する。
このハロルドカンパニーは――
裏組織の資金や人材の流れを隠す格好のフロント企業としても機能しはじめた。
その影響で、組織の一部はいつしか「掃除屋」と呼ばれるようになる。
部下たちは得意げに私を讃えた。
「ハロルドを婚活パーティーの場でヘッドハンティングなさったのも、隠れ蓑づくりを見据えてのことだったのですね。リリス様のご慧眼は冴えわたっています」
事実は単なる行き当たりばったりだが、私は表情を崩さず頷くしかない。
恋愛運を上向かせるつもりが、またしても事業だけが肥え太った。
(本当に、どうしてこうなるのかしら。少しだけでもいいから、この事業運を男運に振り分けてほしい……)
諦観混じりに嘆きつつも、ふと別の算段が頭をよぎる。
(もうまともな恋は難しいとして、いっそこの事業の成功を踏み台に王子様とでも結婚してみせようか……)
もっとも、その王子から「悪役令嬢」と揶揄され、婚約を破棄される未来が待っているとは、この時の私は知る由もなかった――それはまた別の話だ。