それでも仕事はする
身近なところに危険な人がいると分かっていても、さすがにお仕事もせずに毎日毎日引きこもるわけにはいかないよね、というわけで。
「今回も大量ね、モルン」
「きゅるるるる」
モルンは私の言葉に相槌を打ってから水中へと戻っていく。
「綺麗ですわね、このウンディーネの髪飾りとかいう草」
そう、今日もまたペサレの泉でウンディーネの髪飾りを採取している。
というのも、遡ること数時間。我々が最大限の警戒をしつつ冒険者ギルドに向かったところ、前回私たちに声を掛けてくれたギルド職員のお姉さんに捕まったのだ。
ギルド職員のお姉さんが言うには、疫病の収束は見えてきたのだけれど、念のためにもう少しウンディーネの髪飾りが欲しい。そしてリヴァイアサンおやすみ隊のほうからペサレの泉の水で作った裂傷治療用ポーションの依頼があったのでペサレの泉の水の採取もお願いしたい、とのことだった。
ペサレの泉なら一度行ったことのある場所だし、それほど遠くもないから安全だろうということで、私たちはその依頼を引き受けた。
一度行ったことのある場所なら、万が一第二王子に見つかったとしても逃げ道は分かっているもの。なんとかなる。
なんとかなる、と思わなければ何も出来なくなってしまうのも事実だから。
折角あの家から逃げ出して自由を手に入れたのに、家に引きこもることしか出来ないなんてそんな虚しい生活は嫌なのだ。
そんなわけで、前回は一人で別のところに行っていたサロモンが今回は一緒に来るとのことだったので、軽食を買って採取の合間に昼食も済ませよう! という流れになった。
そんな私たちが美味しそうなパン屋さんでサンドイッチを選んでいたところで、偶然……かどうかはともかくとしてキャサリンに遭遇し、キャサリンも誘って皆でペサレの泉を目指したというわけだ。
「すいすい泳ぐんだなぁ」
サロモンが、泳ぐモルンを見て感心している。
「かわいいでしょ」
「うん」
「水草をもっさりくわえて浮上してくるところもかわいいでしょ」
「うん」
「うふふふふ」
「リゼット姉さん、ちょっと気持ち悪い」
突然の暴言。
「あっ、モルンさん上がって来ましたね。とっとと袋詰めしちゃいましょーう」
私とサロモンが笑顔で睨み合っていたところ、そんなこと一切気にしないティーモが手慣れた様子でとっとと袋詰めを始めていた。
頼まれた量のウンディーネの髪飾りを採取し、持ってきていた瓶にペサレの泉の水を詰め、やらなければならないことを終わらせた私たちは、さっき買ってきた美味しそうなパンを囲んだ。
「いただきまーす」
見た目と香りだけで分かっていたけれど、一口食べただけでとっっっても美味しいわ、このサンドイッチ。あのパン屋さんも大当たりってことね。
ギルド内のお店は今のところハズレがない。
他にもきっとたくさんの素敵なお店があるはず。
それなのに、今のところあの厄介な第二王子がその辺にいるかもしれないという理由で自由に行動が出来ない。
「きゅるる」
「かわいいねぇモルン」
「きゅーう」
心の奥底から湧き上がってくるどうしようもない腹立たしさが、モルンの声でふと薄れていった。
お礼の気持ちを込めて耳の付け根あたりをこちょこちょとなでたら目を細めて喜んでくれているようだった。
モルンってちょっと口角が上がって見えるからか、ずっと微笑んでくれてるみたいなのよね。かわいい。
そんなかわいいモルンを見ていると、心が落ち着く。そして少し冷静になる。
「……そういえば、あの第二王子がここにいるってことは、私たちの元実家はどうなるのかしらね?」
冷静になって、ふと思い出した。
サロモンの話では、父親だった奴が新しい家族とやらを連れて来ると、その新しい家族とやらが湯水のように使い始めて家計が火の車になる。
それをどうにかするために私を第二王子と婚約させる……という形で私を売る、らしい。
しかし、現在私も第二王子までもなぜだかあの国にいない。そうなると、火の車状態の元実家だけがあの国に残っていることになる。
「どうなるんだろうなぁ……」
サロモンが遠い目をして言う。その顔には特になんの感情も浮かんでいないので、何を考えているのかは分からない。
「私があのままあの家にいたら、なんだかんだで私は殺されて、元父親の娘とやらも殺されて、最終的には第二王子も死ぬのよね?」
「うん、そう」
「じゃあ……あの第二王子も、この国にずっといたら、死なずに済むのかな?」
「まぁ……そうなる可能性はあるよね」
第二王子がこのままここにいることになれば、玉座を狙おうともしないだろうしなぁ。
「ま、でも俺はリゼット姉さん以外がどうなろうと知ったこっちゃないし、助言なんかしないし、出来ればデザーウッドに帰ってほしいと思ってるけどね」
私も出来ればこのままそっとデザーウッドに帰ってもらいたいと思っている。もちろん。
しかし私も第二王子もデザーウッドにいなければ、いともたやすく人が死ぬなんてことにはならないんじゃないかな、と思うわけで。
でも関わり合いにはなりたくないのよねぇ。今後関わり合いにならず、そっとデザーウッドに帰っていただいて勝手に健やかに生きていてくれれば……と思わないこともない。
「ひとつの未来を知っていたとしても、何がどうなるかは分からないものですわね」
うーん、とあれこれ考えていると、キャサリンがぽつりと零した。
そういえば詳しくは理解出来なかったけれど、キャサリンも色々あるみたいだったな。
「未来を知っているからといって、最善の行動が分かるわけではないからな」
キャサリンの言葉を拾ったのはサロモンだった。
未来を全く知らない私とティーモとイヴォンは、ただただ二人を見詰めていることしか出来ない。
「わたくしは、自分が幸せになる道を選んだ……選んでしまった。もしかしたら、この選択が誰かの不幸に繋がるかもしれないのに」
「それは未来を知っていても知らなくても同じだ。俺だって自分の幸せのことを考えて生きてるよ」
私ももちろん自分の幸せを考えて生きている。サロモンやティーモ、イヴォンの幸せももちろん願うけれど、赤の他人のために自分の幸せを捨てようとは思えないだろう。
「……というか、キャサリンは没落させられた挙句処刑されたって言ってたよね?」
「ええ。そうですわ」
「それで、復讐してやるって思ってないの?」
「復讐? ……そういえば、そんな気持ちもあった気がしますわ。でも、ポヨと出会って、ポヨがあんまりにも可愛くて、それどころではなくなりましたわ」
「にゃーん」
キャサリンはにこりと微笑んで、ポヨの額をなでた。
「前回の人生は、確かに辛く悲しい人生でしたわ。わたくしは未来を知っているのだから、策を練ってあの人たちを貶めるように仕向けることも出来るでしょう。けれど、わたくしはポヨと共に長く生きたい。辛く悲しい人生の元凶である人たちを見て生きるのではなく、ポヨと楽しい人生を歩みたいと思ったのですわ」
「にゃーーん」
「そっか」
キャサリンの話を聞いていたサロモンが、納得したように小さく頷いた。
私には難しい話で、キャサリンはいい子なんだなってことくらいしか分からなかったけれど。
「きゅるるぴー」
「私は未来なんて知らないけど、ただひとつ確信していることは、聖獣はかわいいということ」
なんて呟いて、モルンをなでる。なでられたモルンはごろんと転がってお腹をなでてと要求してくる。
するとそれを見ていた皆があはは、と楽し気に笑っていた。
お久しぶりです。お待たせしてしまい申し訳ありません。
読んでくださってありがとうございます。