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少し昔の夢〜バベル①

その日、バベルは懐かしい夢を見た。

夢というか、入学初日に少し良い気分になったので、柄にもなく昔のことを思い出した。

色々、思い出している内にそのまま寝てしまい、途中から記憶を辿っているのか、覚えていることが夢になっているか、バベル自身も明朝起きるまで、わからないだろう。


暗雲立ち込める山奥に数人の冒険者たちは迷い込んでいた。

彼らの目的は、希少モンスターの討伐であった。

特に何か被害があってのクエストではなく、ただそのモンスターから取れる素材が欲しかっただけだ。

希少モンスターなだけあって、その生息地を特定が難しかった。

あらゆる伝手を使って、ようやくこの山奥にたどり着いたのだ。

意気揚々と、入山したのだが、彼らがそのモンスターに出会うことはなかった。

「がは!」

5人の冒険者の内、彼は血を吐いて、四体目の屍になった。

最後の一人は、武器を構え、カチカチと鎧や剣が震えて音がなっていた。

4つの屍の上を、文字通り蹂躙しながら『それ』は近づいてきた。

「な、なんなんだよ!?おまえは!?」

冒険者は『それ』に向かい、声を荒げる。

「なんなんだぁ?」

『それ』は答える。

「それは、こっちのせりふだよ。ひとんちの庭に、かってにはいりこんできたくせに」

『それ』の声はあまりにも幼く、あまりにも恐ろしかった。

「にいちゃんや、ねえちゃんたちからは、かってに庭にはいる奴らはみんなドロボウだから、殺しとけって、いわれてるんだ」

「ち、ちがう!俺達は冒険者で・・・」

目の前まで近づいてきた『それ』は、明らかに子どもだった。

赤い髪、赤い瞳、何故か上半身は裸。

右手も赤かった。仲間の返り血だった。

「ここには、モンスターを討伐に来ただけで・・・」

「あっそ」

音もなく、薙いだ手刀は最後の冒険者の首をはねた。

5つ目の屍を前にして、『それ』、バベル・キルブライトは呟いた。

「服を脱いで正解だな。返り血って、落ちにくいからな。父ちゃんに怒られるところだった」

ほっと、胸をなでおろし、5つの屍になんら感情が湧くことなく、その場を去った。


キルブライト家三男、バベル。

彼の家族構成は、父と兄二人、姉が二人の六人家族。

母は、彼を産んだその日に他界している。

実家の城には、母の肖像画があるが、それを見てもバベルは特に何も感じなかった。

あったことのない人間の生き死にに感情が動くほうがどうかしている。

バベルは思っていた。母の命日には、家族揃って母を偲ぶのが恒例となっているが、バベルは参加したことがなかった。家族は、バベルの主義主張を理解しているから、何も言わなかった。

それだけではなく、家族がバベルのそういった性質を理解しているがゆえに、ある程度の我儘と言える独特な行動理念を容認していた。

故に、バベル・キルブライト(9歳)は、好き勝手に生きていた。


そして、バベルは暇を持て余していた。

敷地内の大木の枝に座り込み、欠伸をしていた。

物心がついたときから、家族全員から魔法や体術を習っていた。

父曰く、「お前は我が最愛の妻の忘れ形見であり、最高傑作だ。お前が将来、キルブライトとして生きていくために、私達のすべてをお前に授ける」とのこと。

家族から受けた訓練の数々は厳しかったが、楽しかった。

教わったことはすぐに吸収し、自分のものにすることができた。

7歳になる頃には、もう教えることはないと、訓練は徐々に減っていった。

父は趣味で始めたガーデニングに凝るようになり、兄と姉は仕事とやらで家を留守にすることが多く、バベルは一人で過ごすことが多くなった。

一応、定期的にやることは有った。敷地内に入ってくる侵入者の排除だ。

当然のことだ。私有地に入ってきた不届き者をどうしようとこっちの勝手だ。

特に、兄と姉が留守なのでこれは自分の仕事だと使命感に燃えていた。

が。

その仕事はものの数分で終わってしまう。使命感があるとはいえ、退屈なものは退屈だ。

そして、今日も、父が家で花に水やりをしているだけ。兄、姉も留守中。

ただ、新しい侵入者を待つだけだった。

「お?」

バベルは新しい獲物を見つけた。


「はぁ、はぁ、ここはどこだ!?」

男は混乱していた。

先程まで、仕事から帰る途中だった。いつもの仕事、いつもの帰路。何も変わったことはなかったはずだ。

しかし、彼は今、見たことのない山奥にいた。見たことのない木々。そこまで植物に詳しいわけではないが、まったく見たことのない種類の木々に気味悪さを感じていた。

そして、時折見かける生物たちこそ、見たことのないものばかりだった。

それらを考慮し、彼は一つの結論に至った。

「ま、まさか・・・、異世界転移ってやつか・・・?」

思わず出てしまった言葉にバカバカしいと首を振ろうとする前に、

「イセカイテンイ?お前、もしかして『転界人』か?」

聞き慣れない言葉の主は、目の前にいた。

いつからいたのかわからなかった。

不気味な山奥で、上半身裸の少年が一人。異世界関係なく怖かった。

「ひぃ!?」

男は情けない声が出てしまった。

「質問に答えろよ」

不気味な少年、バベルは男に一歩一歩近づいた。

「おまえは転界人かって」

バベルにとっても、異世界からの訪問者は珍しかった。

ただただ、話がしてみたかっただけだ。暇だから。

「テンカイ?え、何?」

なんのことかわからないと、いった様子だ。

「・・・・・・」

バベルは少し考えてから、どこかに掛けていた上着を、どこからともなく手に取り着衣する。

「転界人って言葉は、世界の常識だぞ?。それを知らないっていうことは、本当に違う世界からやってきたみたいだな」

「そ、そう、それだ!?ここは、俺がいた世界じゃない!・・・のかな?とにかく、家に帰っている途中だったんだけど、いつの間にかこの山にいて・・・」

「まあ、おまえがなんでこの世界に来たかは、特に興味はないさ。それよりも、転界人って、不思議な能力とかもってるんだろ?お前はどんな能力を持っているんだ?」

男にとっては、突拍子もないことだった。

「ん?確かに、異世界転移には不思議な能力がつきものだけど・・・。思い当たるものは、ないかな・・・」

「なんだよ。つまんないな・・・」

バベルは、男の答えに落胆し、上着を脱ぎだす。

「よし、殺そう」

「な!?殺すって、何だよ!?この世界の奴らって、人を殺すときに裸になるのか!?」

「あー、うるせぇ、うるせぇ」

あまりの展開に男は混乱し、どうでも良いことを口走ってしまう。

目の前にいるのは、明らかな子ども。しかし、その雰囲気は得体のしれない未知の生物に見えた。

本気で殺される。そう思わせるほどに。

「待ってくれ!」

バベルが男の首筋に手刀を近づけたとき男は叫んだ。

「まだなんだよ、きっと!」

命乞いにしては、聞き慣れないフレーズなのでバベルの手は止まった。

「まだ?なにが?」

バベルの質問に、男はここぞとばかりまくし立てた。

「俺、この世界に来たばかりだからさ、きっと、お前・・・、じゃなくて、あなたが言うような能力にまだ目覚めてないだけなんですよ!いや〜、惜しいな!俺には、わかりますよ!俺はすごい能力に目覚めるって!それを、お披露目できずに死んでしまうのかな〜!いや〜、惜しいな〜!」

「そういうものなの?」

「あ、あの、もう!それしか、考えられないっす!!」

「ん〜、でも、その能力に目覚めるまで待つのもな〜」

あまりにも胡散臭かった。

「あ、そ、それまで、え〜と・・・、そうだ!あなたが知らない、わたしの世界のこと!知識!お話させていただきます!」

「へ〜、それは面白そう」

バベルは少し興味が湧いた。

「よし、いいよ。とりあえず、お前の世界のことを教えてくれよ。能力の覚醒とか、正直期待してないし。暇つぶしの相手ができるなら、それでいいや」

手刀が完全に首から離れるのを確認して、男は力が抜けるようにへたりこんだ。

「ありがとうございます・・・」

「じゃあ、何から聞くかな〜。え〜と、あ、」

バベルはそういえばと、

「俺、バベル。おまえは?」

雑な自己紹介をして、男の名を聞く。

「あ、おれは・・・、六原ろくはら 草介そうすけです・・・」

男は力なく答えた。


「俺には、特技があるんですよ」

「聞かせてもらおうじゃないか」

「知ってるかな〜?『マッサージ』って、言うんですけど」

「知ってるわ!バカにしてんのか!?」

バベルは草介と、会話をしている中で、『おまえ、なにができんの?』という流れになり、

「え・・・、この世界に、マッサージっていう概念あるんですか?」

「なんで、ないと思ったんだよ」

「いや、だって、ここ剣と魔法の世界じゃないですか、ゲームとかだとそういう疲労って、魔法とか薬で癒やすもんじゃないかと・・・」

「たしかに、そういうことのほうが多いらしいけど、おれはしょっちゅう、父ちゃんの肩揉んでるぞ」

異世界間の交流は、常識のすり合わせが難しいことを実感しながら、会話を進める。

「ええ!?い、意外ですね〜。とても、そうは見えなくて・・・」

「うるせぇよ。あと、さっきから、その敬語うざったいから、やめろ」

「あ、はい・・・」

正直、草介も9歳に敬語を使うのに抵抗は有った。

命が惜しいとはいえ。

「え、え〜と、俺には特技があるんだ」

「別に、やり直さなくてもいいよ」

草介は会話をしている内に、この少年はおっかないものの、そこまで悪いやつには思えなかった。

いってみれば、バベルはその通り、子どもだった。

自分の言葉に、喜怒哀楽をはっきりして反応し、まるで弟や息子を相手にしているみたいだった。

今年35歳になる六原草介。それなりに父性というものを持っていた。

「整体師っていってな。こうやって、体を揉みほぐして疲労を取る仕事さ。プロってやつよ」

「セイタイシ・・・?それは、知らない言葉だな」

「で、どう?」

さっきから、バベルの肩を揉んでいるが、バベルの反応は鈍い。

「よく、わからん」

「いや、子どもには、あんまり凝りとかないだろう・・・」

とりあえずマッサージの実演をしてもらったが特に何も感じなかった。

だが、いろいろな話を聞かせてもらった。

向こうの世界のこと、学校とか、娯楽とか、当たり障りないことをポツポツと。

たいして面白いわけではなかったが、知らないことを知れることはバベルは好きだった。

とはいえ、日も暮れてきたので、今日はお開きにすることになった。

「で、おまえ、どうすんの?」

「どうって?」

バベルは草介に聞く。

「寝泊まりどうすんの?」

「あ・・・」

そう言われ、草介はあたりを見回す。

周りから、ギャアギャアと何かわからない獣の鳴き声が木霊している。

うん、ここにいたら死ぬな。

「いっとくけど、俺んちはだめだぞ。父ちゃんいるし」

あまり知らない人を家に上げたくないタイプだった。

草介は少し考え、

「あ、ちょっと相談があるんだけど・・・」

草介はバベルをとある場所に案内した。


「え!?なんだこれ!?」

「これは知らないのか・・・」

バベルは目の前の鉄の塊に目を丸くする。

ハイエースだった。

それは草介とともに、この世界にやってきた彼の相棒と呼べるものだった。

「これは自動車さ。馬車はあるんだろ?それの進化版だな」

「え?これ、馬が動かすの?」

「いや?俺が」

「え?お前、馬なの?」

「違う!」

と、なんラリーか問答を繰り返し、

「とにかく、俺はこの愛車で寝泊まりしようと思うんだけど、どうかな?」

「いいんじゃない?意外と広いな」

中も見せてもらい、興味津々だ。

「あ、これ、なんだ?」

後部座席に置かれている一冊の本を手に取る。

それは、絵と文章が混じり合ったバベルにとって初めて見るものだった。

漫画だった。

「え〜と、『おまえを・・・す』?これ、なんて書いてるんだ?」

「うん?『殺す』だな。なんでよりにもよって、そのセリフなんだよ」

そこで草介は疑問に思った。

「あれ?なんで、平仮名読めるんだ?この世界は、平仮名があるのか?」

「転界人が広めた文字だからな。でも、このカンジだっけ?これは種類が多いから、読めるやつはあんまりいないらしい」

草介は驚いた。この世界は思った以上に、もとの世界の文化が広まっているかもしれない。

そこで、草介が抱いたものは帰れる方法があるかもしれないという希望だった。


バベルが漫画に夢中になっている内に、完全に日が暮れてしまった。

「帰るわ」

「おお、気をつけろよ。・・・じゃなくて!」

帰宅しようとするバベルの手を掴む。

「忘れてた。おれ、この愛車で寝泊まりしようと思っていてさ。で、この車をどこか目立たないところに移動したいんだよ」

「なんで?ここでいいじゃん?」

「ここだと、なんか怖い獣でいっぱいなんだよ!」

「ふ〜ん」

それだけいうと、バベルはハイエースに手をかざした。

「結界張ったよ。おれの匂いがついてるから、この辺のモンスターはこれで寄り付いてこないよ」

「おお、なんだか、異世界っぽいな」

「別に、モンスターが来ても殺せばいいじゃんか」

「俺に、そんなことができるか!」

バベルは用も済んだし、帰ろうとするが、草介が呼び止めた。

「・・・なあ、バベル。お前、本気で俺を殺そうとしたのか?」

「うん」

普通の質問に答えるように答える。

「一つだけ、言わせてくれ。軽々しく殺すなんて言うなよ。脅すだけで言ってるかもしれないけどな、人を殺せることはなんの自慢にもならないからな。人はいずれ死ぬんだ。本当に難しいのは、人を活かして、癒やすことなんだ」

「?何言ってるか、わからねえ」


そこで、バベルの瞳が開いた。

「はあ〜・・・」

大きく欠伸をして、体を起こす。

初めての寝床だが、ぐっすり寝れた。

暫く、ぼーっとして、夢のことを思い出していた。

(久しぶりにソウスケの夢をみたな〜。久しぶり過ぎて、あいつの顔が若干、ぼやけてたな)

草介から言われた言葉を思い出す。ようは、人殺しのくせに威張んなってことだ。

ある意味、キルブライト家全否定とも言える。

が、今となってはその言葉の意味が少しわかってきた。

少しだけだ。いずれは、その言葉の真意にたどり着きたい。

「その時が、約束のときだ」

バベルは拳を握り、草介と交わした『ある約束』を思い出していた。

「?約束・・・?」

そこで、約束というフレーズに引っ掛かるものを感じた。

「あ・・・」

決闘の約束をすっぽかしたことに、ようやく気づいた。


続く

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