初めての制服〜4つのエンブレム
実家から王都まで、道のりは長かったものの『大した』問題もなく、バベルは無事に到着し、学園にて入学手続きを終えた。
それが、2日前の話。
この学園は、全寮制であるため、到着したその日に部屋をあてがわれたバベル。
家を離れて、一人暮らしなんて初めての経験だ。妙なテンションに駆られて、必要なもの不必要なものを調達した結果、乱雑してしまった自室。
その自室の中で学園の制服を身にまとっていた。
「こんな感じかな……」
バベルにとって初めてしかなかった。
一人暮らし、学園生活、制服等など。
とりあえず、制服をくれた教師に制服の着方を聞いて実践しただけだ。
教師には少し、怪訝そうな顔をされたが……
「ま、おかしかったら、誰か教えてくれるだろ」
楽観的に考え、部屋を出るバベル。
入学式、三十分前。
時間には正確な性分だ。
あと、若干ネクタイが緩い。制服のマイナスはそれぐらいだった。
王立エピデル学園。
略して『エピ学』。
エピデル王国の首都にある騎士・神官の養成を目的とした学園だ。
クラスは騎士科と神官科に分かれ、さらに前衛と後衛のコースに分かれる。
バベルはこの神官科後衛コースに所属する。
一番、回復魔法を専門とした授業を受けられるコースだ。
コース概要を見たときには、バベルは感動した。
兄であるユダがこんなにも、調べていてくれていたことに。
自分には、何も得はないのに。怒り狂う父親を宥める役も買ってくれているのに。
兄の思いに応えるために、バベルは二年間、無駄にせずに勉学に励み必ず回復術師として成長することを誓った。
ユダの思惑も知らずに……
寮から本校まで徒歩十分。
同じ制服を着て歩く少年少女にまぎれて、バベルは同じく本校に向かう。
同年代の子供たちとほとんど遊んだことのないバベルには物珍しい光景だった。
そもそも近くの村にさえ子供はあまりいなかった。
実家がその村から、遠く離れた山頂に位置し、昼間でも暗雲立ち込めているため、村人たちから不気味がられているせいもあった。その上、凶悪、狂暴、強力なモンスターが生息しており、興味本位で入り込んだ冒険者や土地を開発しようとした開拓者などが、軒並み行方不明になっているので、近づこうとする輩はほとんどいない。
「おぉ……」
学園の正門にたどり着いたバベルは思わず声をあげた。
目の前に広がる輝くばかりの白を基調とした校舎。
丁寧に整えられた青々とした草木。
中央にそびえ立つ黄金像。誰か知らんけど。邪魔だし。
常に薄暗い実家とは違い、全てが神々しく輝いていた。
バベルは思った。
きっと、ここなら自分の夢も叶うと。希望しか湧いてこなかった。
数分、ぼんやりと立ち呆けていると。
「クスクス」
「なんだあいつ」
「どこの田舎者だ…」
完全にお上りさん扱いだ。
「へへ。よろしくね」
バベルはそんな声に対して、朗らかに笑みを返した。
目を逸らしながら、そそくさと立ち去る新入生たち。
「おい、見ろよ。あいつ、男のくせに神官科後衛コースだぜ」
「リリ男子ってやつだな」
「みっともないな」
リリ男子?
バベルの耳に入ったのはその単語だけだ。
(確か、このエンブレンムって…)
と、バベルは自分の制服の左腕のエンブレムを見た。
リリクルーの花のエンブレム。
シンプルな制服なだけにこのエンブレムだけが目についていた。
周りの生徒たちを観察すると同じように左腕にエンブレムがついている。
全部で四種類。いずれも花のエンブレム。
赤のロゼル、黄色のダリアス、青のデルフィン、そして白のリリクルー。
この学校の学科も四種類。それぞれの学科のシンボルなのだ。
ロゼルのエンブレムを持つ生徒は比較的たくましい体つきをしているものが多く、デルフィンのエンブレムを持つものは所々に魔法の触媒となる魔導具を見つけていたりと、なんとなく同じエンブレムを持つものは同じような特徴が見られる。
ちなみにバベルと同じエンブレムを持つものは今のところ女子しか見られない。
「なるほど」
自分のコースは女子が殆どでその中にいる男子である自分が珍しいということに気がつく。
「わかりやすくていいね」
自分がどんな見られ方をされているかなどバベルにとって些細なことだった。
そして彼が注目している点がもう一つ。
エンブレムの下の方には数字が書かれていた。バベルには4と。
コース概要を確認したところこれはクラスのナンバーだ。
つまり、バベルは『リリクルー4』の生徒ということになる。
しかし、バベルは首をひねる。
あたりを見回しても同じようにリリクルー4のエンブレムを持つものはいない。
それどころか1,2,3は確認できたが4の数字が全く見られない。
キョロキョロしながら歩いていると
「あ!見つけた!」
リリクルーで4!バベルと全く同じエンブレム。きっとクラスメイトだと思い、バベルはその生徒に駆け寄った。
「貴様!どういうつもりだ!」
校舎の裏手にある庭園の隅からその声が発せられた。
校門側はたくさんの新入生たちで溢れているが、ここの区画は閑散としていて人気もなかった。
金髪の少年に怒鳴られた青髪の少女、レイニー・クリスタリアは目を逸らし、口を閉ざしたままだった。
レイニーは理解していた。彼から叱責を受ける理由を。
だから、自分から声を上げることは良しとせず、そのまま罵声を受け続けることが自分の役目だと割り切っていた。
しかし、その態度がますます少年を怒らせる。
「おい!何とか言ったらどうなんだ!」
「ユリウス様に失礼だろ!」
「自分の立場をわかっているのか!」
金髪の少年、ユリウスの背後には4人の少年たち。ユリウスの取り巻きたちだ。
ユリウスの怒りを察知し、口々にレイニーを責め立てる。
「・・・」
それでも口を開こうとしないレイニーにユリウスたちは更に苛立ち、
「おい!」
「お〜い!ちょっといいか!」
その集団に一際脳天気な声が響いた。
「何だ貴様は!?」
「なあ、あんた、リリクルー4の生徒だよな?」
ユリウスの抗議は一旦無視し、バベルは目の前の青髪の少女・レイニーのエンブレムを指す。
「は?え?」
このとき初めてレイニーの声が漏れた。
目の前の少年が満面の笑顔で尋ねるものだから、つい。
「ああ、ごめん。俺、バベルっていうんだ。クラスメイトだと思うんだ。よかったら一緒に教室にいかない?確か、入学式前にクラスに集合だよな?」
「え、え?ああ、うん?え?」
不意に現れては矢継ぎ早に質問され、レイニーは答えようにも言葉が出てこなかった。
「無視をするな!貴様!」
完全に蚊帳の外に置かれ、憤慨するユリウス。
そりゃそうだ。
「あ、なんか話の途中だった?」
「そうだ!今、僕がこの女と話をしている。邪魔をするな」
「そうなの?」
バベルは周りを見る。ユリウスと取り巻きたちは苛立ちや戸惑いを隠せていない。
レイニーの方を見ると、少し困ったように笑うだけだった。
「わかった。邪魔してごめんな」
話をよく聞く少年、バベルは素直にその場を下がる。
「まったく」
ユリウスはバベルを一瞥すると気を取り直して再びレイニーに向き合う。
「そもそも、お前はこの学校に何をしに・・・」
「お前ら、もしかしてデルフィン2の生徒?みんな、知り合い?」
「は?まあな。あとにしろ」
「お前はいま自分の状況を・・・」
「デルフィンって、どんな授業を受けるんだ?」
「魔法だ、魔法。ちょっと、静かにしてろ」
「どれだけ、我々に恥をかかせれば・・・」
「俺の制服さ、どこかおかしいところある?こういうのって、着たことなくてさ」
「ネクタイが曲がってるぞ。みっともない」
「え?どうすればいい?」
「ったく!ネクタイぐらい一人で整えろ!まずは、こうして・・・」
「うるさいぞ!おまえら!だまれよ!!」
後ろの取り巻きたちの会話についに切れたユリウス。
「あ。終わった?」
取り巻きたちの中にバベルがいた。
「なぜ貴様がまだいる!?」
「いや、話が終わるまで待っとこうかなっと」
バベルと私語をしてしまった取り巻きたちもバツが悪そうだった。
「あ、ネクタイありがとう」
キチッと整えられたネクタイにバベルも満足だった。
ユリウスはネクタイを整えた取り巻きを睨みつけた。
「も、申し訳ありません!あまりに見苦しかったので、つい・・・」
いいところの貴族出身の性だった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「「あ」」
校舎から鐘の音が聞こえてくる。
「ユリウス様、まずいです。集合時間の予鈴です」
「初日から遅刻は家名に・・・」
「く!」
苦々しい表情でバベルとレイニーを睨みつけ、
「覚えていろよ!」
取り巻きたちと足早に校舎の方へ向かっていった。
「あの、ありがとう。助かったわ」
「え?何か、助かってたのか?」
バベルの「なんかしたっけ?」と言いそうな顔を見て、レイニーも気が抜けた。
「それより、俺達も教室に行こうぜ。なんか、遅刻したらヤバそうだし」
「そ、それもそうね。行きましょ」
と、バベルは校舎に向かい、レイニーは庭園の奥に向かう。
「「え?」」
それぞれ違う方向に向かっていることに疑問の声を上げた。
「校舎ってこっちだろ?」
「・・・あなた、何も知らないのね」
レイニーは「こっちよ」とつぶやき、迷いもなく歩いていく。
バベルはそれについていく。
続く
ロゼルは薔薇、ダリアスはダリア、デルフィンはデルフィニウム、リリクルーは百合に、似た花です。