その瞳を見極めるもの〜裸の皇帝のその後
男は執務室でペンを動かしていた。
国中から寄せられる新たな法案をチェックしていた。
実現可能不可能はよそに、なくてはならないものは必ず実現しなくてはならない。
慎重に確認していると、彼はやってきた。
コンコンコン。
ノックとともに。
「どうぞ?」
「失礼します」
執務室に入ってきたのは見知らぬ少年と、
「に、逃げてください!『法風大臣』!!」
顔見知りの男、セルドア・バーレイだった。
法風大臣と呼ばれた男は、ゆっくりと席を立ち、少年・バベルとセルドアを交互に見つめた。
そして、視線をバベルに固定し、
「事情はわからないが・・・、私に用があるようだね。ならば、バーレイくんを離してもらえるかな?」
「あ、はい」
大臣の言葉に、素直に従うバベル。道案内のために連れてきたのだ。
もう用無し。
リリースされたセルドアは真っ直ぐに大臣にすり寄る。
「大臣!この男は、危険な男です。私だけでなくゾロモン侯爵も彼の手にかけられています。すぐに衛兵たちを集めて・・・」
「あー、済まない。バーレイくん・・・」
捲し立てるセルドアを制する。
「彼は、私に話があるのだろう?ならば、彼と二人にしてくれないか?君には別室を用意しよう」
「へ?え、あ、あの・・・」
セルドアは異論を挟む間もなく、別室へと案内された。
セルドアは何も言えなかった。
大臣の瞳は、セルドアにとって不自然とも言えるぐらいの威圧感を放っていた。
セルドアが大臣の側近に連れ出されて、静かになった室内。
「さてと・・・、え〜と・・・、」
「あ、失礼しました。はじめまして、バベル・ロクハラと申します」
バベルは大臣に頭を下げる。そういえば、セルドアがうるさくて、挨拶もままならなかった。
行動自体は意味不明で、他人から見れば異常者そのものだが、礼儀などは子どもの頃から厳しくしつけられてきた。
特に初対面の人には敬語を使う。
で、敬意が必要ないと感じたら、敬語を辞める。
彼だって、敬語が使えないわけじゃない。
敬語に値する人間が少ないのだ。
「私は、『法風大臣』アドニス・ヴァレンタイン。今日は、どういった要件かな?」
「あ、実はですね・・・」
アドニスに促され、バベルはここまでの経緯を説明した。
「ふむ。なるほど、それは酷いな・・・」
バベルの説明を聞いて、一言漏らす。
バベルは、説明を終えて、途中で用意された紅茶で喉を潤していた。
「で、バベルくんは今後どうしたいのかな?」
「あ、はい。別に、特別なにかしたいってわけじゃないんですけど、今まで通り、回復魔法の勉強と店で働きたいんですよ。それを邪魔されると、こっちも困るので、力づくで解決するしかないなと・・・」
「そうか・・・」
ある種の脅迫にも似た返答に、アドニスはふむふむと頷いた。
「バベルくん。安心し給え。君は、これまで通り学園に通い、バイトを続けるといい。ゾロモン侯爵とバーレイ副ギルド長のことは気にしなくても良い」
「え?いいんですか?」
「もちろんさ」
アドニスの結論のバベルは笑顔を見せる。
「聞くに、随分理不尽な理由で君が困っているということだね?それで、君のやりたいことができなくなってしまうということはあってはならない。私の仕事は、そういった理不尽から人々を守ることなのだよ」
アドニスはバベルを安心させるように力強く自身の職務を語る。
「あ、ありがとうございます!」
バベルも大きく頭を下げてお礼を言った。
そして、固く握手を交わす。
「さ、もう、遅い。そろそろ帰りなさい。エントランスまで送ろう」
「あ、大丈夫です。開けた穴から帰るんで」
「・・・・・・なるほど、気を付けて」
アドニスはちらりと部屋の外を見ると、確かに壁に風穴が空いていた。
それには流石に顔が引きつったが、一瞬で戻した。
バベルは、明日も学校があるのでと残して、バベルは早々に屋敷をあとにした。
「・・・・・・ふぅ」
アドニスは、バベルを見送るとソファーに深々と座り込んだ。
「お咎めなし・・・ですか」
「そうだ」
一夜明けて、アドニスは昨日の件を秘書を兼ねている補佐官の女性に機能の件を尋ねられ端的に答えた。
補佐官は昨日の被害を思い返した。
侯爵家への不法侵入及び侯爵への暴行・拉致、冒険者ギルドの副ギルド長への恐喝行為、そして法風省での破壊行為・・・。
どれをとっても極刑は免れないのだが。
「話をきけば、事の発端は侯爵家のバカ息子みたいだからね。ゾロモン家は、ここ最近目に余る行為が多いから、釘を指すにもいい口実が出来たよ」
「たしかに、『貴族屋』と揶揄されるほどですものね。ですが・・・」
納得がいかないような補佐官を見て、アドニスはバベルの顔を、いや目を思い出していた。
「私があの時、彼の要望を聞いていなければ、問題はもっと大きくなっていただろう・・・」
穏やかな顔は険しくなっていた。
「君は『イカれた』人間を見たことはあるかい?」
「?」
質問の真意がわからない補佐官。
「イカれた人間には二種類ある。自分がイカれていると理解している人間と理解していない人間だ。あの少年の瞳はあくまでも純粋で悪気を微塵も感じなかった。己の犯罪行為を、当然の権利のように。『あんなもの』を間違っても国王陛下に関わらせるにはいかない」
あんなもの。
アドニスのバベルの評価はこうだった。
いとも容易く行われる犯罪行為。
アドニスが最も嫌うタイプだった。
しかし、それでもお咎めなしというのは補佐官は、腑に落ちなかった。
「・・・昔、彼のような瞳を持った人間を見たことがある」
アドニスは遠い目をして思い出していた。
「まさかな・・・」
アドニスは忌々しい記憶を振り払う。
「お咎めなし!?」
「そうだ」
セルドアはアドニスの言葉に耳を疑った。
「なぜですか!?なぜ・・・?」
あまりにも意外な言葉に混乱するセルドア。
「聞き取り調査をした結果、君にも落ち度があったと判断させてもらった。国益に成るだろうと君にも便宜を図っていたのだが、どうやらそれが間違っていたようだ」
確かにセルドアは以前から、法風大臣と懇意にしているということを理由に強権を行使していた。
「しかし、それは・・・!!」
講義するセルドアを静止するアドニス。
「君とは『武雷大臣』の紹介ということもあって目にかけていたが、少々甘やかしていたのかもしれないな」
「そ、そんな・・・!?」
「そういうわけだ。今後は、彼に関わる事はおすすめしない。もし、忠告を受入れず、彼に復讐を考えるのならば、私は何も関与しない。自分で解決し給え」
冷酷にしかし、あくまで事務的におのが方針を伝えるアドニス。
セルドアに取ってそれは三行半を突きつけられたようなものだった。
「お、お咎めなしぃ!?」
ワインズはワイルドの言葉に力なく頷いた。
両頬を腫らし、生気を失った瞳で書類仕事をしていた。
「な、なぜですか、父上!?ゾロモン家の名誉は・・・」
「黙れ、ワインズ・・・」
ワインズを諌める声も力がなかった。
「法風大臣からそうお達しがあったと、セルドアからな・・・。不服があるなら、国王陛下に直談判するといいとも言われたそうだ」
「な・・・!?」
国王陛下に意見などできるわけもなく、青ざめるワインズ。
「で、では、証人と証拠を集めて、早速・・・」
それでも諦めないワインズについにワイルドの堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にせんか!!ワインズ!!この件は、もう終わりだということがわからんのか!!」
父親の激昂に息を呑む。
「法風大臣め!近々、ゾロモン家の査察に入るとも言っておったらしいからな。そんな、直談判をする暇などない!!」
ワイルドの机に山積みになった書類は、財務関連や領地の経営状況など、あんまり人に見られては都合が悪いものばかりのものだった。
彼は、査察に向けて書類の改ざんや捏造で大忙しだった。
「・・・我々は、少し驕っていたのかもしれない。貴族とは神に選ばれし者だと、他者を見下した結果がこれだ。私は、忠実に己の職務をまっとうする貴族に戻る。お前もだ、ワインズ!そうでなければ、ゾロモン家自体が存亡の危機だ」
それだけ言うと再び、ワイルドは書類にペンを走らせた。
ワインズとは、それ以降目も合わさなかった。
ワインズは絶望した。
ゾロモン家は無敵だと思っていたから。
自分の力や父の力は何人たりとも敵わないものと信じていたから。
しかし、その誇りも目の前の父の姿をみて崩れ去った。
誰かの言葉に従う姿は弱々しく、普段の威厳のある姿は見る影もなかった。
ワインズは、ふらふらと街を歩きながら自分が今住んでいる別邸に向かっていた。
早く寝たかった。
今日のことは、悪夢だと思わないとやってられなかった。
ワインズはその瞳の先に見知った二人がいた。
ユリウスとアレンだった。
二人は、ワインズの姿を見ると一瞬驚くがワインズに駆け寄った。
ワインズは心が少し軽くなった気がした。
『裸の皇帝』には、続きがあった。
国を追われた皇帝は、裸で他国を巡ることになった。
その途中、彼に助けられた人々が一人、また一人と集まってきた。
そうして、彼を中心にまた一つの国が出来上がり、再び皇帝になったのだった。
すべてを失ったと思っていても、必ず道がある。
道を開くのは、自分の人徳である、そういう教訓がある話だった。
「ユ、ユリウス!アレン!きょ、協力してくれ!あの男に鉄槌を・・・!」
この期に及んで、雪辱を諦めないワインズだが。
「申し訳ないが、私は関われない。わがナジェータ家も、『なぜか』あなたに協力するなと言われましてね」
「俺もパスさせてもらいますよ。ちょいと、『新しい』取引先との打ち合わせを任されましてね」
アレンは目配せをすると、ユリウスは頷く。
「おい・・・。どういうことだ・・・」
今まで自分に従順だった二人が、いとも容易く自分の命令を拒否したのだ。
「・・・今日は、早くお休みになることをお勧めします」
ユリウスがそれだけ言うと、アレンを促したワインズに背を向けた。
彼が言いたかったことはそれだけだったのだ。
ようやく別邸に戻ってきたワインズは大きく息を吐きその場に座り込んだ。
もうこのまま寝てしまおうかと考えたところで、人の気配を感じた。
ワインズはその姿を捉えその名を呼んだ。
「レ、レイニー・・・!!」
なぜここに?
そう尋ねる前に素早く立ち上がり、身だしなみを整えた。
どんなときにも、女性の前ではみっともない姿を見せないというのが彼の隠れた美点なのだ。
数時間前に、大勢にみっともない姿を見られたのだが。
「きょ、今日は色々あったからね。まさか、来てくれるとは思わなかったよ・・・」
実習が一緒だったという縁も有り、レイニーからアプローチを受けていたのだ。
「ああ、レイニー・・・。君だけだよ・・・。僕の痛みをわかってくれるのは・・・」
潤んだ瞳でレイニーに近づこうとすると、
「ごめんなさい。今日は、荷物を取りに来ただけ・・・。もう二度と、ここに来ないから・・・」
「へ・・・?」
耳を疑うワインズ。
「何を言ってるんだ・・・?」
「話は聞いたわ。ゾロモン家は、品行方正で職務に忠実に、国民の規範となる『普通の貴族』になるんですってね?だったら、あなたにはもう興味はないわ」
「なんだって・・・」
「『貴族屋』で、なくなった貴方には価値はないわ。さよなら」
冷たく言い放つレイニーは、ワインズの横をすり抜け別邸から去ろうとすると、
「うががっががっっががが!!」
ワインズは奇声とともに、自分の杖を握りしめた。
「どいつもこいつも、舐めやがって!!俺を誰だと思ってる!!国も、親父も関係ねえ!!俺を、バカにするやつは全員ぶっ殺してやる!!」
魔力を込めた杖をレイニーに向けた。
只々、鬱憤をはらすための魔力の塊。詠唱もなく、属性もぐちゃぐちゃ。ただ威力の強い魔法。
「・・・《沈黙の意志よ、我が氷槍に宿れ》」
レイニーは両袖から出したパーツを組み合わせ、一本の槍を出現させる。
詠唱とともその槍をワインズに向けた。
冷静に、冷酷に。
「“フリージー・ホロウ”」
一瞬で、ワインズの魔法は掻き消え、ワインズ自身も氷漬けにされた。
「うがっ・・・!?」
学園一の魔法使いとの評される男を氷漬けにしても、眉一つ動かさないレイニー。
槍を解体し、元通りに収納すると、一言だけつぶやき、別邸を後にした。
「・・・バベル・ロクハラ・・・」
人徳がなければ、開かない道もなる。
ということだ。
続く




