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決闘の果てに〜裸の皇帝

バベルの手加減宣言の数分前。

控室の一コマ。


「すぅぅぅぅぅぅ・・・」

バベルは構えたままで体の力を抜いて、深い呼吸を繰り返す。

その際に、腕をゆっくり動かしたり、足もつま先で円を描くように動かし、風の魔素を体中に巡らせるイメージで心は落ち着かせ、しかし体に力を漲らせていた。

いつになく真剣な顔だった。

そんなバベルの様子を見ていたのは、ミリーとバットだった。

お互い、なんでここにいるんだろうと思いながら。

「ね、ねぇ・・・」

ミリーはウォーミングアップに集中しているバベルに恐る恐る声を掛ける。

「やっぱり、こんな決闘やめたほうがいいわ。意味がないわ」

「そうだぜ。どういう経緯があったのか分からねぇけど、侯爵家に逆らうなんてどうかしてるぜ」

二人の声が聞こえているのか聞こえていないのか、バベルは黙々とウォーミングアップを続ける。

「ふぅぅぅぅぅぅ」

しばし、バベルの呼吸だけが控室で響いた。

そして、

「・・・二人には悪いが、この決闘は俺にとっても大事なことかもしれない」

構えを解き、うっすらと汗をかいた顔を向ける。

「ミリーや店長のために、あいつをぶちのめしたい。なんでその感情が湧き上がったのかを、只々知りたいだけなんだ。これは善意なのか、悪意なのか。それとも、『いつもの』殺意なのか。確認したいんだ」

「私は正直、そんなことをされても喜ばないわ」

自分たちのためにとはいえ、こんな危険なことはしてほしくないというのはミリーの正直な感想だった。

が、それを一蹴するのが、この男だ。

「あ、悪いんだけど、ミリーの気持ちは一旦、置いといてくれ」

「え?」

「まずは、『俺』の感情の確認。で、その後に『ミリー』の気持ちを確認させてくれ」

「・・・えぇ・・・?」

「順序よく行こう」

まずは自分の感情に従って、ワインズをぶちのめす。その後に、ミリーの感想を聞く。

と、言いたいらしい。

そんなこと言われても、ミリーはどうすることが正解なのか分からなかった。

(なら、善意じゃないな・・・)

バットはそう結論づけた。

結局、二人はこの決闘の結末を見ることしかできなかった。


この決闘の審判は、イーゼル教諭。

バベルという名前がでていたので審判を申し出た。

先日の実習の件も有り、バベルの成績や授業態度にも関心を寄せていたが、特に目立ったことはなかった。

それはそうだ。リリクルーの授業は、ほぼほぼ座学だからだ。

もしかしたら、この決闘で彼の力量が図れるかもしれないと思った。

イーゼルは二人に目線を送り、高らかに、

「始め!!」

開始を宣言した。


ワインズは合図と同時に、後ろに飛び、距離を取った。

その表情は、喜々としていた。

「《極寒の神の意志よ、我が右杖に。灼熱の悪魔の意志よ、我が左杖に、宿れ!!》」

詠唱を終わるやいなや、杖をバベルに向ける。そこに一切の躊躇いも感じられなかった。

「“IF・ハイ・プレッシャー”!!」

以前、大型モンスターを瞬殺した魔法だ。

最初に放たれた冷気がバベルを襲う。

「あ、やべぇ・・・」

バベルが一言呟いたところで、彼の体は一瞬にして氷漬けになる。

そして、ワインズの左手の杖から火の玉が放たれた。

バベルの体を飲み込むほどの大きさの火球は、バベルに直撃し、爆煙が立ち込める。

「おいおい、どうした?始まったばかりだよ?」

多重詠唱を得意とし、ほぼ同時に2つの魔法を使用することができる。

“二杖流”ワインズ・ゾロモンが天才と言われる所以だった。

煽り台詞と勝ち誇ったような笑みを浮かべるワインズ。

煙に飲み込まれたバベルを、周りの観客は哀れな目で見る一方、ワインズの魔法に感嘆の声を上げていた。

「ん?」

爆煙の中で動く影をワインズが捉える。

「あぶねぇ、あぶねぇ」

バベルは服のホコリを叩きながら煙の中から出てきた。

「ほぅ・・・」

「危うく、制服が燃えるとこだった」

そういえば、バベルは制服。ワインズは戦闘用のローブを纏っていた。

「考えてみたら防御魔法には手加減は必要ないな」

制服のほつれ、汚れを確認。異状なし。

とりあえず制服が破損しないように防御魔法をかけた。

「はは!そうこなくてはな!」

ワインズは不敵に笑い、再び詠唱を始める。

「《疾風の神の意志よ、右杖に。轟雷の悪魔の意志よ、左杖に宿れ!》」

バベルの足元から風が吹き上げていき、大きな竜巻が発生し、

「“WT・メガ・イレイザー”!」

バベルの中心にして起こった竜巻の檻に、上空から轟音とともに稲妻が突き刺さる。

その光景に、戦慄する観客達。

そして、稲妻の雷の魔素は、竜巻の風の魔素と結びつき、そのまま雷の竜巻へと変化した。

「なんて、魔法だ・・・!?」

審判のイーゼルは可能な限り距離を取り、防御魔法で己の身を守っていた。

「さあ!これは、どう凌ぐ!?」

竜巻の中心にいると思われるバベルに問いかける。

ヒョコ。

「!!?」

バベルの顔がひょっこりと雷の渦から出てくる。

まともに目があってしまったワインズは流石に言葉を失ってしまった。

しばし見つめ合ったところで、バベルは渦の中から抜け出した。

対峙するバベルとワインズ。

「なるほど、なるほど、なるほど!」

ワインズはその才能故に、瞬時に分析をする。

「防御魔法に長けているということか!リリクルーの“アメリ”くんと同じタイプだな!」

自分の魔法がほぼほぼ効いていないことからそう結論づける。

新たに魔法の準備に入るワインズ。

しかし、バベルは瞬時にワインズとの距離を詰めた。

その右手を大きく振りかぶっていた。

一瞬、ワインズは背筋が寒くなったが、

バベルの頭部が大量の水に覆われてしまった。

「・・・“アクア・ジェイル”」

右手に持つ杖が光っていた。

その水の魔法でバベルは怯み、その隙にワインズは距離を取る。

ワインズの魔法に、観客は大いに歓声を挙げる。その理由は、

「無詠唱魔法だ!!」

難易度の高い魔法を成すワインズに、尊敬と畏怖の視線を向ける。

「いやいや、危なかったよ!まさか、僕が無詠唱魔法を使えるとは思っても・・・」

ズキュン!!

「え・・・?」

自身の背後で起きた破壊音。

バベルを覆っていた水は消えていた。

ワインズは一瞬だけ見えていた。

バベルは、水を口で吸い込み、それを勢いよく吐き出していた。

破壊音はその水の弾丸が背後の石壁を穿った音だった。

(なるほど、なるほど、なるほど・・・?)

頭の中で状況を整理しているうちに、バベルの右の平手が迫っていた。

ワインズはその才能がゆえ、瞬時に分析ができた。

右の手の平の圧力を、自分の左頬に感じながらワインズはある結論に至った。

(あれ・・・?もしかして、手を出したら駄目なタイプの・・・)

べシーン!!

「ぶげぇええええ!!」

ワインズはバベルのビンタに吹っ飛ぶしかなかった。


(よし!)

バベルは掌に残る感触に、満足そうに頷く。

ゴロゴロと転がって壁に激突するワインズに再び近づく。

そして、起き上がろうとしたワインズに今度は右頬にビンタを。

「あだあああああ!!」

逆方向に吹っ飛ぶワインズ。

今度は追うことなく、また掌の感触を噛みしめる。

(力の抜け具合。腕と腰の捻りの弱さ。攻撃箇所。よし、いい感じだ)

ワインズがダメージでプルプル震える様子を見て、今日の『出来』に満足する。

(いい感じに、『手加減』できている!)

ぎゅっと、拳を握りしめた。


(何だ、これ!?)

尋常ではない両頬の痛みがワインズの思考を乱した。

今までにないダメージ。

普段なら、高ランクのモンスターにも立ち向かうワインズだったが、バベルの攻撃により恐怖が自分の心を支配されるのを感じた。

乱れた呼吸を整えようとするが、その隙ももらえなかった。

ガシ!

自身の服を掴まれ、身を強張らせるワインズ。

掴んだ主は、言うまでもなくバベル。

そのまま、バベルはワインズの体を振り回し始めた。

「あああああああああああああ!」

しばらくワインズは竜巻となり砂埃を巻き起こしていた。

(何だこれ!何だこれ!)

ひとしきり振り回されたあと、バベルは自身の左肩のワインズの頭を乗せ、倒立する形で担ぎ上げた。

さんざん振り回されて、目が回り、方向感覚は完全にイカれていた。

「あ、あ、あ、あ、あ・・・」

ワインズの目は回っている。

それが、なぜか体も頭も全く動かないせいで余計に視界が定まらなかった。


「きゃー!!」

「やだー!!」

あまりの光景に観客たちは唖然としていたが、それを突き破ったのは女子生徒たちの悲鳴だった。

ワインズはバベルに振り回されたことにより、どういう理屈かわからないが、その衣服がほとんど剥ぎ取られていたのだ。

身につけていたのは片方だけの靴下と、半ケツに成るほどにずり落ちた肌着のみだった。

ワインズも表情も目は虚ろで、口からは涎が垂れていた。

無様。

いや、それを通り越して、もはや芸術作品のような神々しさを放っていた。

芸術的な無様だった。

「おい」

「へあ・・・?」

わずかに稼働していた聴覚はバベルの声を捉えた。

「『裸の皇帝』って、知ってるよな?」


裸の皇帝。

この国の童話の一つだった。

昔あるところに、とても人の良い皇帝が居ました。

ある日、隣国からの馬車で帰っていると、病気で苦しむ民に出会いました。

皇帝はその病人のために、馬車を貸し、歩いて帰りました。

その途中、迷子に出会い、お付きの者に命じて親を探させました。

一人で帰路に着いていると、今度は寒さに震える民を見つけ、マントを与えました。

足を怪我しているものには靴を、結婚式に来ていく服がないと悩むものには服を、追い剥ぎにあって途方に暮れるものにはズボンを与えました。

自分の城に戻る頃には頭の王冠とパンツだけになっていました。

そして、城に入る前にみすぼらしい男が王様に近づき、こう言いました。

「私も、その王冠を被ってみたい」

皇帝は快く、その王冠を男に被らせてあげました。

すると、帝国民たちはそのみすぼらしい男を皇帝と勘違いし、そのまま城に案内されてしまいました。

パンツ一丁になってしまった本物の皇帝は帝国を追い出されてしまいました。


「なんか、さんざん偉そうにしてたけど、お前もその見えない『王冠』で威張ってただけだな。この技は、その王冠をぶち壊すためにお前に捧げよう」

バベルの解説を聞いていたワインズは、

(何言ってるんだ、こいつ!?)

何一つ、理解できなかった。

何を言っているのか、何をされるのか。

全く。

「いくぞ!」

バベルの気合とともに、ワインズの体はある方向に傾いていく。

「手加減、100%!!」

(・・・手加減って、何だっけ?)

そう思っているうちに衝撃が走った。


「“ネイキッド・クラウン・バスター”!!」

「ぶぎゃあああああああ!!」


いわゆるブレーン・バスターがワインズの脳天を砕く。

その誇りとともに。


続く。


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