表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/40

到着〜盗賊たちの涙

馬を失った馬車は、何車になってしまうのか。

「はい、盗賊団の皆さん注目」

バベルは馬車の御者の席に座り、目の前の先ほどまで自分たちを襲っていた輩を残らず正座させていた。

総勢30人、ブルザッド盗賊団。バベルを見る目は、怒りと畏怖が二対八といったところだ。

「え~、少し今後のことで…」

「おい!くそがき!こんなことして、ただで済むと思うなよ!この礼は…」

ボスのブルザッドであった。

わけもわからずに、わけのわからないガキに気絶させられて、ボスとしての面目丸つぶれ。

体だけは異様に痛みがある。

そんな彼は、威厳を取り戻そうと声をあげたが、

「喋ってる途中だろ」

最前列にいたので、バベルに速攻で殴られた。

殴られた?そんな生やさしいものではない。拳のスピードは追えないわ、頭部を殴られたボスは一撃で顔面を地面にめり込まされ痙攣しているわで、えげつない。

一番怖いのは、顔色を一つ変えずにそれを執行した目の前の少年だった。

この時、バベルへの畏怖率は十割となった。

全員が、

(あ、こんな風に俺らもやられたのか…)

と、謎がとけた瞬間でもあった。

「え~、少し今後のことで重大なお話があります」

気を取り直して話を続ける。

「まず、あちらをご覧ください」

バベルは右手を促す。

盗賊団たちはバベルが差す方を見る。

そこには毒矢に刺されて息絶えた馬の死体が二頭あった。

「あちらの馬は、我々が乗っていた馬車の馬です。しかし、今はもう、歩くこともできないただの屍です。では、なぜあのような状態になっているのでしょうか?はい、おまえ」

バベルは無造作に指を指す。無造作のはずだが、

「あ、あれは…、俺が矢で射殺してしまいました…」

「よろしい。でも、お前だけじゃないな。ほかにも、いるだろ。素直に名乗りでるか、指名されるか、好きな方を……」

「は、はい!!」

「俺です!」

「わたすです!!」

名乗り出る三人。仕事のとき必ず馬を狙うアーチャー4人組。

「よろしい。じゃ、質問だけど、なんで殺したの?」

「え…、まあ、逃走防止だったり…、」

「とりあえず、殺しとけば、ビビるかな~って…」

「ボスの命令で…」

「矢を放つだけの、簡単な仕事だって…」

恐怖しながら、ぼそぼそと答える。

「なるほど。仕事で殺したと。じゃあ、仕事が終わったとして、その後俺たちはどうすればいいのかな?馬車で王都まで行く予定だったんだけど?」

バベルの次の質問に、目を丸くする盗賊団。普通そんなこと聞くか?

「あ、え~と、特にあなたたちの事は、特に考えていなかったというか…」

「まあ、盗賊団はその辺りのことは考えていないかなと、盗賊団なんで……」

「よくあるのは、置き去りかナ…」

「あ、でも、この間は皆殺しにしたよね……」

「あ~、したした。ていうか、それが、大体かな……」

物騒な事を弱弱しい言葉で会話をしている。感覚が麻痺してきたのだろう。

「お前らの仕事のスタイルは解った。しかし、それで俺たちの予定を狂わされるのが気に食わねえ。お前らには、相応の報いを受けてもらう!」

その言葉に、一同は背筋が凍った。

その言葉は、死刑宣告にしか聞こえなかった。

一斉に命乞いを始めたが、その内容に首をかしげたバベル。

「なんで、おまえらなんぞ殺さなきゃいけないんだ?」

「え?」

「殺したら、責任とれないだろ?」

もうずっとだけど、バベルの言葉の意味が解っていなかった。

「ひけ」

バベルは端的にその言葉を放った。

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

(『退け』?帰っていいってこと?殺さないでくれるってことは、許してくれるってことか?)

(『弾け』?なんか楽器を弾いて、和ませってこと?)

(『挽け』?まさか、あの馬肉をミンチにして、食わせろってこと?)

いろいろ、可能性を考えている盗賊団一同だが。

「お前らが、この馬車を『牽け』。おれたちを、王都までつれていけ」

あり得ない要求だった。盗賊団を運よく撃退したとしても、普通は速やかにその場を離れるか、しかるべき機関に突きだすかだ。それに、王都まで。

「冗談……じゃねぇ…」

ダメージが回復したのか、ブルザッドが起き上がり、団員達の不満を代弁した。

「そんなことできるわけないだろ。それに王都まで?そんな所まで行ったら、俺らが冒険者ギルドの奴らや王国の騎士団に捕まっちまうだろうが!」

「こいつら広域指名手配されてる。懸賞金付きでな」

同乗していた冒険者の男が付け加えた。

「知らん。そんなこと」

無慈悲に切り捨てるバベル。

「お前らが捕まることと、俺が王都に今日中に到着できないことが何か関係あるのか?御者のおじさん、馬がいなかったら今日中に到着できないですよね?」

今は幌の中で成り行きを見守っていた御者が中から答えた。

「は、はい。先ほど『フェザーレター』で代えの馬を手配したのですが、どの馬も出払ってしまっていて…。ただ、手配できたとしてもおそらく明日の朝になるかと」

『フェザーレター』……任意の相手と速やかに連絡が取ることが出来る魔法雑貨。青い紙でメッセージを書いて鳥の形に折り、空に投げると魔力で高速に飛び、目的の相手に届く。

「やっぱりか…。じゃあ、よろしくね」

盗賊団に向かって、さわやかな笑顔。

団員たちは不気味さを感じつつも、できるわけがないと不満を持っているが、逆らえず周りをちらちらと見るだけ。断ることもできない。怖いから。

そんな雰囲気を察しているのかいないのか。

「お前ら、二つ勘違いしているぞ」

バベルは立ち上がり盗賊団を見下ろす。まるで、お互いの上下関係を誇示するように。

「一つ。王都に到着するまで、逃がすきないし、逃げ切れるわけもないから」

淀みなく続く言葉に、

「二つ。できる、できないは些細な問題だ。やれ」

盗賊団たちは、抵抗をやめた。


盗賊団に馬車を牽かれ、約6時間。ついに王都への街道に入った。

馬車には何とか30人の力を無駄なく伝えられるように添え木を付けて改造されていた。こんなに団員総出で知恵を絞ったのは初めてかもしれない。バベルから、出発を急かされたが、懇切丁寧に説明したところ、割とあっさり納得してくれた。話が解る奴だったので心底ほっとした。しかも、改造作業も手伝ってもらった。もうこいつのことがわからない。

馬車の中の乗客は乗客で、気が気でなかった。

馬車は進んではいるものの、依然として盗賊団に囲まれている状況。

彼らがいずれ襲ってくるかもしれないという恐怖を抱えながらの6時間。

ストレスで寿命が短くなっていくような感覚が常につきまとっていた。


「あ!見えてきた!あれが、目的地?王都!?」

すっかり日が暮れ、赤い夕日に照らされた巨大な城壁都市。

バベルは子供のようにはしゃぐ。

その声に幌の中から、頷く御者。

いつも座っている席にはバベルが座っていた。そこの席は盗賊たちの視線を集めてしまうから。実際、そこに座るバベルを睨みつけるものもいた。彼らだって、人間だから。盗賊だから。こんな旧時代の奴隷のような扱いをされたのなら当然だ。

しかし、怒りの視線を向けるたびに、

「なんだよ?なんか用か?」

ちらっと見ただけなのに、その視線に目聡く気がつくバベル。

その度にまるで冷水を浴びせられたように、震え上がる盗賊たち。この6時間、生きた心地がしなかったのは盗賊たちも同じだった。

「あ、あの〜・・・、旦那」

恐る恐る声をかけるブルザット。

「ん?なんだ?あ、お前らもありがとうな。王都まで、もう少しだから、そこまでよろしくな!」

「あ、いや、そのことなんですけど・・・」

「?」

「もう、そろそろ、勘弁してもらえませんか?これ以上、近づくと王都の兵士たちにも見つかっちまうし、冒険者連中にも・・・」

すでに門までの一本道に入り、巨大な門が見えてきた。

「気にするな、進め。俺も、お前らが誰に捕まろうが、そんなことは気にしないから。安心して、王都まで行けばいいさ。もうちょっとで到着じゃないか!頑張ろうぜ!」

バベルはなんだかんだで、ここまで運んでくれた盗賊団に感謝している。そんな彼らに労いと励ましの言葉を送る。

が、

(ちがうちがうちがう!いらんいらんいらん!)

それは当の盗賊団がほしい言葉ではなかった。

頭のおかしいガキに即殺されるか。

公的機関に捕まり、然るべき手順を踏んで死罪となるか。

「・・・いくぞ!お前ら」

ブルザットは後者を選んだ。

そのほうが、まだ生きていられる。部下たちと一緒にいられる・・・

その気持が部下たちに伝播したのか、誰もが皆涙を流しながら王都へ向かう。

忠誠心=2、恐怖=8の割合で。


「こんにちは~」

門番の兵士が目視できたので、朗らかに挨拶をするバベル。

門番たちの視点ではこうだ。ただの異常。

笑顔の少年。馬車。それを牽く、涙を流しつつもどこか笑顔のコワモテ集団。

こんなものは戸惑って当然。

普通なら。

だが、

馬車に同乗していた冒険者の男が門番に何かを投げた。

フェザーレターだ。

「?」

バベルはキョトンとその様子を見ている内に状況が動き始めた。

前方の巨大な門が開き、そこには鎧を着た騎士団や冒険者パーティーがずらりと並んでいた。

その光景を見た盗賊団の方々は、

「やっぱり、捕まるのは嫌だ〜!!」

先程の覚悟はどこへやら。一斉に踵を返し、背を向けて走り出した。


「到着?ここで?」


明らかに道の真ん中。明らかに中途半端。

ただの疑問として口にしたのだろうか。何気ない一言。

しかし、盗賊団は殺気のこもった声と捉え、何人かは足がすくんだ。

「そうだ!ここで到着なんだよ!!」

「そ、そうです。皆様、お疲れさまでした。本日は到着が遅れてしまい、大変ご迷惑をおかけしました!またのご利用をお待ちしております!」

冒険者の男と御者がまくし立てた上に、他の乗客たちもそそくさと下車を始め、なんとなくそんな流れを感じ取り、

「あ、ここで到着なんだ」

あっさり納得するバベル。

大掛かりな捕物帳が行われている中、バベルは気にする様子はなく、馬車から自分の荷物を取ってもらい、馬車から降りた。


「お手柄だったな、ロイド」

「ああ。そっちこそ、急な要請を聞き入れてくれて助かった」

ロイドと呼ばれたのは馬車に乗っていた冒険者の男だった。

声をかけたのは顔なじみの冒険者ガモー。

馬車が再出発する直前にこっそり王都の冒険者ギルドにこの次第をフェザーレターで送っていたのだ。

「なに、ブルザット盗賊団を放って置く訳には行かないしな。ボスは逃したものの、部下の殆どは捉えることはできた。これで壊滅出来たと言っていいだろう」

お縄についた盗賊団たちを見て、ガモーは満足げな顔を見せる。

「ただ、手紙の内容は流石に疑ったよ・・・。一体、何がどうなったら、あの状況が完成するんだ?」

あの状況・・・。ブルザット盗賊団が馬車を牽いて王都に向かっている。

「ああ、あれか。まぁ、ああ書くしかなかったんだよ・・・」

「確かに手紙の内容、そのままの状況を目の当たりしてしまったしな。何があったんだ?」

「そのあたりは、酒場でゆっくりとな。・・・ただ、」

「ただ?」

「盗賊団よりも危ないやつがいたんだよ・・・」

ロイドはそれだけを呟いた。


「さあ、行くか」

バベルは意気揚々と門を潜ろうとするが、馬車の中にいた老婆を見つける。

「あ、お婆ちゃん!ちゃんと着いてよかったね」

「ひえ!!」

老婆は声をかけられて、体を震わせる。

眼の前の少年の狂気とも言える所業を長時間見てしまったのだから。

「荷物、重そうだね。俺、持とうか?」

盗賊団を一人で制圧し、

「確か息子さんの家に行くって言ってたっけ?そこまで持つよ」

圧倒的な恐怖で屈服させて、

「それか馬車に乗る?疲れてるんじゃない?」

自分の我儘を押し通した。

・・・だが、何故かそんなに悪いやつではないのかも。

老婆は凛とした声で答えた。

「結構よ。迎えが来てくれたから」

指差す先には手を振ってこちらを見ている男性が見えた。

「そっか。じゃあ、またどこか出会えたらいいね」

「…確か、回復術師を目指していると言っていたわね。これを」

老婆は一冊の本を取り出した。

「商人なの。この本は回復術師の心得とか基本的な回復魔法が載っている子ども向けの入門書のようなものよ。これから名門校に通うあなたには、必要のないものかもしれないけど。今日のお礼とこれからのあなたが進む道に幸あらんことを願って…」

バベルの目を見て、はっきりと伝える。

「今日は本当にありがとう。あなたは命の恩人よ」

「大げさだな、おばあちゃん。それより、本当にこれもらっていいの?」

老婆の謝罪の言葉をそこそこに、興味は本だ。

「いや〜、助かるよ!実家にはこういう本もなくて、独学で勉強してたからさ。学校に行く前にこれ読んで予習するよ!」

優等生なお礼を伝えると、老婆もニッコリ笑い、

「それじゃ、わたしはここで」

待っている男性の下へ向かった。

一度もバベルの方を振り返ることもなく。

「へへ、入学前にこんないいものをもらっちゃうなんて、幸先いいな。この調子だと、回復魔法もあっという間にマスターしちゃうかもな」

わかりやすく調子に乗るバベル。

回復術師への道、一日目はバベルにとって最高の日になったのだった。


ちなみに老婆からもらった本のタイトルは

『これでわからなかったらゴブリン以下!超基本的!回復術入門書!』

だった。


続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ