不必要なもの〜イ?
邪魔すんのか?
その言葉に、アレンの部下たちは威圧的なものを感じ、バベルを抑えようとした。
「邪魔する奴を排除するのを邪魔すんのか?」
近づいてきた部下二人を裏拳一発づつで音もなく沈黙させた。
そして、
パシーン!!
「ぶべぇ!!」
平手打ち一発、アレンの左頬に打ち込む。
その場から吹っ飛ぶアレン。
それが引き金となり、残りの部下たちがバベルに襲いかかる。
それからは、空洞内は阿鼻叫喚となった。
バベルの一方的な暴力に次々と倒れていく部下たち。
頬を押さえ、その状況に戦慄を覚えていたアレン。
時間が経つにつれ、部下たちの表情は焦りから恐怖へと変わっていった。
「おい!新入り!お前どこへ行く!」
「援軍をつれてきます!!」
そう言って、逃げ出す者もいた。
その間にも、バベルの手刀が部下の一人の首筋を捉えていた。
うめき声を上げる暇もなく倒れ込んだ後、、バベルは改めてアレンに目を向ける。
見れば、アレンの部下たちは皆、沈黙しており、意識を保っているのはアレンのみだった。
バベルと目が合い、ビクッと体を震わせた。
「さてと、これ以上邪魔されちゃ敵わんからな」
ガシッ!
「ひっ!!」
バベルは両手でアレンの頭を挟み、抱え上げた。
「戦意はないようだけど、念のために・・・」
そのまま、バベルはアレンの両足の間に足を差し込み、まるで大蛇のごとくアレンの体に巻き付くように自身の体を絡ませた。
アレンは体を拘束された形になり、これから起こることにまったく予想がつかなかった。
「お前にこれ以上時間を割かれたくないんだよ」
アレンにとって、死刑宣告に聞こえた。
「あ、あ、・・・」
か細い声を漏らすことしかできなかった。
「“サーペント・ツイスト”!」
バベルはそのまま、体を捻った。
結果的に、アレンの体が拗られ、全身に激痛が走り、泡を吹いた。
サーペント・ツイスト。
昔見た、コブラ・ツイストという技に倣い、バベルが創作した体技。
殺傷能力も低いし、返り血も出ないし、自分の体のひねり具合で手加減の調節もできる。
結構便利な技だった。食らったほうは、溜まったものじゃない。
拘束を解かれたアレンは、無様にも顔面から倒れ込んだ。
ウォーカー編、終了。
「さてと、コケコケコケと・・・」
しかし、再実習は未だ終了ではない。襲ってきたウォーカー一家の面々がのびているのを尻目に速やかに作業に戻ろうとする。無駄な時間を過ごしてしまった。
「そうだ、とりあえず、お前が取ったコケをこっちのバッグに入れとこう・・・、え?お前、何やってんの?」
バベルは、ミリーの不可解な行動に脳内を刺激された。
「・・・全員、脈拍あり」
ミリーは気絶している男たちに目を向ける。
名前も知らない男を凝視する。
「肋骨4本骨折、頭部に裂傷あり」
別の男に、視線を変える。
「腹部に強い打撲、内臓が一部損傷」
違う男にも。
「脳震盪による意識混濁。脳内に損傷なし」
そうして、一通りの男たちを怪我の様子を確認した後は、自分のバッグから愛用の『道具』を取り出した。
「え?お前、何やってんの?」
バベルの問いかけに、目を向けず答える。
「『手当て』よ」
「手当てぇ?」
「性分なのよ。怪我人を見ると、ほっとけなくて」
ミリーは右腕から出血している男の止血をしていた。
バベルが投げ飛ばした際、岩のかけらで切ったのだ。
「あ、それなら、俺ポーション持ってるぞ。これ使うか?」
バベルは治療用で用意していたポーションをミリーに見せるが、
「・・・・・・」
その言葉を聞いているのか聞いていないのか、淡々と男の傷口を清潔にし、包帯を巻いていく。
「あの〜、聞いてる?」
バベルの言葉に応えることなく、次の作業にかかろうとする。
「そんな面倒くさいことしなくてもさ、“ヒール”とかポーションを使えばいいだろ?俺、ヒール使えないけど。お前も使えないんだっけ?」
ミリーも実技の成績は良くなかったことをバベルは覚えていた。
「あなたと一緒にしないで。使えないわけじゃない。とても弱いけど、ヒールは使える」
次の作業。それは、
「《慈愛の光よ、我が掌に宿れ》“ヒール”」
包帯の上からヒールをかけることだった。
「・・・こうすれば、外気の魔素の影響を受けなくなる分、ヒールの効果を十分に伝えることができる」
「へぇ・・・」
「私の『才能』が一でも、『知識』を用いれば十にもできる」
ミリーは今度こそ、バベルの目を見て問うた。
「あなた、この世界で人々の怪我を治す人たちのことをなんて呼ぶ?」
「・・・そりゃあ、『回復術師』とか『治療師』とか、あとは・・・」
「・・・『医師』って、知ってる?」
「イ?師?」
聞き慣れない言葉にバベルは首をひねった。
「『魔法がない世界』で、人々の怪我を治す人たちのことよ。私もそんな世界のことはピンとこないけど、でも確かにその知識は存在するのよ」
ミリーの話はこうだった。
この世界では、魔法を使った治療が主流である。指に負った小さな切り傷から、モンスターからつけられた大きな裂傷まで、すべて回復魔法で治療をしている。
故に、この世界では『医学』という概念が存在していなかった。
しかし、とある転界人によってその医学が伝えられていた。その者は、周囲の人たちにそれを伝えるが、それでも魔法による治療のほうが手軽だし、回復魔法は誰でも使えるというのが常識のため、人々からは必要とされなかった。
「シュガー家は、その医学の知識を代々受け継いできたの。『不必要』とされてもね」
「・・・イガク?・・・!?」
ミリーはバベルの反応を待った。
父も、昔、だれかに医学の話をすると必ず不要なものだと決めつけられていた。
事実、自分もそう思うことも有る。役に立つと言ったら自分の足りない才能を補うことぐらいだ。
さて、目の前の少年はどのように評価するのか?
「イシャ!イシャは!?イガクに関係有るか!?」
「!!え、えぇ。・・・あるわ。医師の別の言い方よ・・・」
そのバベルの発言には驚いた。
「医者って、言葉は知っているのね」
「ああ、昔、知り合いに教えてもらったんだ!それより、何だよ!こんな、すごいことを知ってるなら、最初から言ってくれよ!」
バベルは満面の笑みでミリーに近づき、
「なあ!俺に、医学を教えてくれよ!」
意外な言葉を聞かされた。
「・・・あ、あなた、聞いていたの?この世界では『不必要』とされているのよ」
「世界は世界。俺は俺。俺が必要と思ったら、必要なの!」
臆面もなく放たれた言葉には、嘘を感じられなかった。
ミリーはなんて答えたらわからなくなり、
「・・・だったら、手伝って」
それだけ言って、作業に戻った。
バベルもやる気満々で手伝いを始めた。
「ふぅ・・・」
場所は、王都内に有る。ゾロモン家所有の屋敷。
学園は基本的に全寮制だが、ワインズはこの屋敷から通っていた。
なぜか?
お気に入りの浴槽が有るから。お気に入りのベッドがあるから。お気に入りの絵画があるから。
いろんなお気に入りが有る。だからここに住んでいるそれ以上の理由はなかった。
お気に入りの浴槽に浸かりながら、体を伸ばしながらリラックスしていた。
「君もどうだい?一人では、少々持て余す」
浴室に備え付けられている革のソファーに腰掛けている『少女』を誘うワインズ。
少女は控えめに首を振った。
「ふふっ、奥ゆかしさは美徳と言うが、君のように美しい女性を見ていると、その言葉は真理だと実感するよ」
よくわからない言葉を言っていると、ワインズのもとに一通のブルーレターが届く。
「ふむ・・・、アレンの部下からか・・・。まったく、間の悪い」
バスタイムに水を刺された気がしたが、中身を確認すると、
「ほう、『危機的状況。応援求む』か。ふん、何のことかさっぱりだな」
短い文面のため、詳しいことは読み取れなかった。
しかし、それほど切羽詰まった状況であるとも考えられた。
「しょうがないな。約束は約束だ。『奥の手』を・・・」
そばにおいてあった杖を一本手に取り、
「『解放』してやるか・・・」
魔法を発動させた。
「ん?何をしたか気になるか」
そばに居た少女の視線に気づき、声をかける。
「少し前に、ギルドに依頼されてあるモンスターを捕獲してね。で、そのモンスターをちょっと拝借したのさ」
杖を元の位置において、伸びを一つ。
「さて、次を報告を待つとするか・・・」
再び、湯船に身を委ね始めた。
「ポーションを使う場合でも、あらかじめ患部を清潔にしておけばより効果的よ」
「なるほど・・・」
バベルはミリーから、医学的知識を使った基本的な応急処置の仕方やポーションの効果的な使い方を学んでいた。中には、「すまない・・・」や「ありがとよ・・・」など、感謝の声を掛けるものも居た。
そうして、一人ひとり傷の手当てをしていき、残すはアレンのみとなったところで奇妙な音が聞こえてきた。
ボインボイン!
タタタタタ!
大きい洞穴から聞こえてきた音の主が姿を表した。
「わぁ!!ちょっと、何よこれ!?どういう状況よ!?」
アンヴィアンだった。
「おう、コケ取ってきた?」
「はあ!?そんな場合じゃないでしょ!馬鹿なの!?」
明らかな異常事態にバベル言葉を却下する。
確かにそうだ。
アンヴィアンの視点では、大勢の男たちが倒れていてその傍らにいるクラスメイト達。何があった?
バベルたちの視点では、クラスメイトがスライムとともに戻ってきた。何があった?
「ん?スライム?なんでコイツと一緒なんだ?」
バベルはアンヴィアンの足元にいるスライムに近づき、つんつんと指でつく。
スライムはビクッとしてバベルから離れていく。
「ちょっと!あたしの商売道具に何すんのよ!」
怖がっているように見えるスライムをなでながらバベルを睨むアンヴィアン。
「あ〜、この感じ・・・。こいつか、いつもお前の胸の中にいるやつ」
その言葉にアンヴィアンは、ドキリとした。
見れば、いつもの豊満なバストは見る影もなく、控えめに言ってまな板だった。
一旦、バベルに背を向け、ゴソゴソと始めた。
「ところで、あんたたちの方は何してたのよ!?」
振り返るとその胸はいつもの大きさに戻っていた。
「いや、何もごまかせてないぞお前」
そう、アンヴィアンの豊満なバストの正体はスライムだったのだ。
なぜ、彼女は胸部にモンスターを隠し持っているのか?
その謎は今、解明されるときではなかった。
「私達は、怪我人の手当てをしていたところよ」
「怪我人〜?・・・って、こいつらを!?」
自分たちに暴行を働いた者たちに手当てをする義理など無い。
「そう!こいつら邪魔してきたけど、一応怪我人だからな。“ヒーラー”志望として、当然だろ!」
「・・・・・・」
アンヴィアンは、なぜこの暴漢たちが怪我をして伸びているのか知らないため、ミリーがツッコミを入れない限り誰も「お前のせいで、傷を負ったんだが」と指摘しない。
「それに、ちょうどよかったから」
「そう!ちょうどよかったんだ!・・・何が?」
ミリーの言葉にバベルとアンヴィアンは首をひねる。
「いくら、医学を受け継いだとしても、それを実践する機会がなかったから。私が、学んできたことが間違っていなかったかどうかを確かめるには、ちょうどいい人材よ」
「そ、それって、人体実験って言わない?」
アンヴィアンは恐る恐る尋ねる。
「・・・表現は任せるわ」
あくまで淡々と応えるミリーに背筋が寒くなったアンヴィアン。
ちょっと微妙な雰囲気になったところで、
「う・・・、ぐ・・・」
うめき声を上げる者が居た。アレンだ。
バベルから喰らわされた、サーペント・ツイストの痛みで体が動かない。
「ほ、ほまえふぁ、ほんへもないほほ、ひへふへはな・・・」
ビンタのせいで口の中も血だらけになり発語もままならない。
「『ホーンテッドマンションいいところ』?何言ってんだ?」
バベルは聞き取れなかった。
「違うわよ、『本場の干物、平伏せ』よ。・・・どゆこと?」
アンヴィアンも聞き取れなかった。
「『ほまえふぁ、ほんへもないほほ、ひへふへはな・・・』じゃない?」
ミリーは聞き取る気はなかった。
アレンの言葉が一向に理解できなかった。
「埒が明かねぇな」
バベルはポーションを飲ませて、口の治療を始めようとするが、
「待って、飲ませる前に口内を流水ですすいだ方が良いわ」
「よっしゃ!」
ミリーの指示を聞き、アレンの口に水筒の水を流し込む。
「ごぼ!」
そして、上下にシェイクさせる。
「ぶごぶごぶごぶご!!」
「はい、ぺーってして」
「ぶぇへえええええ!ごほ!ごほ!」
「はい!ここで、ポーション!」
ポーションを口にねじ込む。
「ごぼぉ!!」
すこし、鼻から緑の液体がでつつも、確実にアレンはポーションを投与できていた。
「・・・え?これ、拷問?」
アンヴィアンは見たままの光景を、素直にそう捉えた。
続く




