バベルの意外な興味〜胸見(きょうみ)
「バイト・・・、マジで始めたのか?」
「ああ、始めてしまったよ。働くって、大変だよな・・・」
「そうか・・・」
退院したバットはバベルと教室に向かうところだった。
(くそ〜・・・。やっぱり、バイト先まで監視にいかなきゃいけないのかな。でも、そこまで干渉しなくてもいいみたいだしな〜。なんか言われたら、その時対策をすればいいか)
入院中に、『あの男』からのメッセージが届いた時は生きた心地はしなかった。
バットも当初は監視の命令を軽く見ていたので、ようやく本腰を入れようと考えていたが、正直億劫であった。
「お金をちゃんと払う強盗っていないもんかね〜」
「・・・どこかにいるんじゃないか」
と、二人で駄弁っている内に教室の前まで到着。
バベルが教室に入ろうと扉に手を掛けようとした時、タイミングよく扉が開き『その人物』と接触してしまった。この擬音とともに。
ポヨン。
「きゃっ!?」
「おっと、わりぃ。・・・ん?」
ツインテールが特徴のクラスメイト、アンヴィアンだった。
「ちょっと!気をつけなさいよ!」
キッと、バベルを睨みつけるアンヴィアン。
「え、あ〜、うん・・・」
なぜか、呆けた表情でアンヴィアンを見つめるバベル。
「何見つめてんのよ。・・・あ、まさか、あんた、あたしに気があるとか?」
アンヴィアンはニヤリと微笑み、からかうように声をかける。
「なんだ?どうした?」
バットも様子が気になっていたが、
「いや、なんか変な感じがしてな・・・」
バベルは先程触れてしまったある一点を指さした。
「お前の『胸』」
「「え!?」」
「それどうなってるんだ?」
「ぎゃあああああああああ!」
アンヴィアンの胸。たしかに、小柄な体格に似つかわしくないほどの豊満なものであり、制服越しで見てもクラス一の巨乳と言っても差し支えがなかった。
「あ、あんた!な、何言って・・・!?」
胸を指摘されて思わず奇声を上げてしまったアンヴィアンは思わず胸を両手で守るように隠す。
「おまえって、そういうこと言うタイプだったんだな・・・」
いきなりのセクハラ発言にバットも、バベルの男子らしい反応にニヤニヤしている。
「いやだって・・・。こいつの『胸』変だろ?」
コイツまじか。バットは思った。
「何が、変なんだよ」
バットが尋ねる。
ちなみに、入り口付近で騒いでいるもので何事かと他のクラスメイトも注目し始めていた。
「う〜ん・・・、なんて言うか『モンスター』みたいな・・・」
「まあ、確かにコイツの胸はモンスター級ではあるが・・・」
バットもちらりとアンヴィアンの胸に目をやる。
「なあ、ちょっと触らせてくれないか?」
このバベルの一言がトドメとなった。
「いやあああ!!こっち、見んじゃないわよ!!」
アンヴィアンが胸を抱えたまま教室の隅に逃げていく。
「一回だけでいいよ。あと一回触ればわかると思うから」
アンヴィアンの怯えた表情もお構いなしに、彼女に近づくバベル。
しかし、彼の歩みを止めるものが居た。
「おいおい、流石にそれは不味いだろ!淫行だ、淫行!」
退学に繋がりそうなのでバベルを制止するバット。
「バベルくん、ちょっと落ち着いて。そういう願望があるのはわかるけど、ここは教室よ」
クラス委員でもあり、バベルを宥めるレイニー。
「お、おまえ!公衆の面前で、女子の胸を触りたいなんて何考えてんだ!!」
明らかな蛮行に怒りを見せるハンナ。
「そんなに触りたいなら、バットくんの胸を触りなよ!」
浮気をするなと憤るセリーヌ。
クラスメイトたちに囲まれて阻まれてしまったバベル。
「え?え?え?なに?なんでそんなに、邪魔すんだよ?」
なぜ、クラスメイトたちがこんなに自分の邪魔をするのかわからなかった。
気になることを確認したかっただけなのに。
しかし、そこは赤毛の世間知らず、バベル。
構わずアンヴィアンに近づこうとすると、ぽんと肩に手を置かれた。
「落ちこぼれや〜、ろくでなしは〜、構いませんが〜、変質者は〜、さすがに〜、教室から〜、出ていって〜、下さいね〜」
担任のメリルだった。いつもののんびりとした口調だが、その目は軽蔑と怒りの色に染まっていた。
「・・・あ、これって、駄目なことなんすね?」
「うふふ〜」
メリルはニッコリと笑っただけだが、バベルは素直に方向転換して自分の席に着いた。
教師であるメリルには、流石にバベルも逆らえなかった。
授業を受けたいので。
「やっば〜・・・。バレるかと思った・・・」
騒ぎが収まりほっと安堵するアンヴィアンは一言呟き席に着いた。
クラスメイトはバベルの奇行を目の当たりにし、チラチラと彼を見て様子をうかがっていた。
そして、バベルの隣の席の少女、ミリーも彼を見ていた。
違う意味合いで彼を奇妙だと思っていた。
昨日のことだった。
祖父であるハワードに、自分が買い物に行っている間に起きたことを聞いた。
彼が、強盗まがいなことをしようとした冒険者を返り討ちにしたことを。
聞けば、その冒険者たちはいつも同じ時間に来店しては、値引きしろだの、サービスしろなど、迷惑行為を繰り返していた。
ハワードは下手に大事にしたくなかったため、大人しく彼らの言うことを聞いていた。
ミリーも一つ合点がいった。老夫婦にいつも同じ時間に買い出しを頼まれていたことを。
彼らと鉢合わせないように配慮してくれていたのだ。
昨日は、買い出しから戻ってきた頃には、すでにバベルは居なかった。
「あいつは、冒険者たちをギルドに連れて行ったよ。儂が、そいつ等に迷惑をかけられていることを伝えたら・・・、『ギルドに突き返してくらあ!』って」
五人を抱えてギルドに連行していったのだ。
その際、「おつかれ!今日はもうかえって良いぞ」と伝えたら、「あ。はーい!ありがとうございました!」と礼儀正しく返されたそうだ。
「・・・・・・」
何から何まで、ミリーには理解しがたかった。
しかし、真面目な祖父がそんな冗談を言うわけもないと思った。
ここは信じるしか無いと結論付けた。
(なんでも良いけど・・・。私の勉強の邪魔だけはしないで・・・)
そう心の中で唱え、バベルから視線を外した。
「こんにちは!配達です!」
「あ、バベルくん。お疲れ様」
今日はポーションの配達でギルドまでやってきたバベル。
それを迎えるのは、顔なじみのサーラ。
「どう?バイトの方は。うまくやれてる?」
「いや〜。とりあえず、仕事覚えることに集中してます」
受付のカウンターにポーションが入った箱を下ろした。
「え〜と、何だっけ・・・?あ、伝票にサインを・・・、あれ、どれにしてもらうんだっけ?」
「この一番上のだよ」
手間取るバベルとは対象的に、慣れた手つきで伝票にサインを書くサーラ。
「あ、ありがとうございます」
バツが悪そうに笑ってごまかすバベル。
そこで、サーラは真面目な顔をして切り出す。
「それはそうと、昨日はごめんなさいね。チョンマさんたち・・・、昨日の冒険者さんたちの事なんだけど・・・」
昨日はまたもや、彼に驚かされたのだ。
彼が働く店で恐喝行為をしたとして、五人の冒険者が連行されたのだから。
「彼らには、厳重注意をしておいたから・・・」
「あぁ、別に良いっすよ。二度と、俺の仕事の邪魔さえしなければ」
バベルは何事もなかったような口調だ。
「冒険者なんて、そんなものだろうし」
その一言に、サーラは焦りを感じた。
(まったく!余計なことをして!)
サーラはバベルの話を聞いて、元々彼が冒険者に悪印象を持っていることに気付いていた。
彼を冒険者にスカウトしたい彼女にとって、昨日のチョンマたちの横行はバベルにさらに悪印象を植え付けるものだった。サーラは野望がまた一つ遠のいた気がしていた。
また、それとは別に、ギルドに働くものとして冒険者のイメージを貶めた行為には憤りを感じていた。
冒険者の信頼は、ギルドの信頼に直結する。
冒険者に依頼を任せられないと住民が判断してしまえば、ギルドも立ち行かなくなる。
そのためにも、冒険者ギルドはいつでも優秀な人材を求めているのだ。
「もう、同じことをしないようにこちらからも厳しく言っておくね」
「へ〜い」
バベルは軽く返事をし、ギルドを後にした。
サーラも昨日の件があるため、恒例の勧誘はやめておいた。
さて、どうやって彼を冒険者にするか?
なんてことを考え始めていると、奥の来賓室から二人の人物が出てきた。
サーラは二人を見るなり、ギョッと驚いた。
「バ、バーレイ副ギルド長・・・」
「サーラくん。勤務中ですよ。少々、私語が多いようですね」
セルドア・バーレイ。冒険者ギルドの副ギルド長の務めており、現在ギルド長が地方に出張しているため、実質ギルド内の最高権力者。
サーラは、あまり好きな人物ではないが、隣に並んでいる人物はもっと苦手だった。
「まぁ、ギルド長。いいじゃありませんか。ギルドを利用する方たちとのコミュニケーションも大事ですよ」
「・・・そうですね。サーラくん、ゾロモンさんの寛大な心に感謝するように。あと、私は副ギルド長ですよ」
「おっと、これは失礼」
バーレイと談笑する少年は、ワインズ・ゾロモン。
「あ、ありがとうございます・・・。ゾロモン様・・・」
「そんなに畏まらないでくださいよ!気軽にワインズくんで、構いませんから!」
「はぁ・・・」
ゾロモン家はこの冒険者ギルドにも多額の寄付を行っており、ギルドの方針や人事にも介入できるほどの発言権を持っていた。
また、その一人息子であるワインズも学生冒険者として登録をしており、その権限を十二分に利用し、高ランクの冒険者とパーティを組み、高ランクの依頼を受けている。
侯爵家の威光を笠に着ているだけのバカ息子ならまだしも、彼自身の実力は確かなものだということが事情をややこしくしていた。
下手に才能と実力があるため、ギルドとしても彼に期待をして経験を積ませる意味も含め、彼を迎合する雰囲気になっていたのだ。
しかし、サーラはこの少年のことが、どうにも好きになれなかった。
ことあるごとに無礼講を推奨してくるが、その発言自体が、周りの人間を見下し、自分は優秀で敬われるべき人間なのだと言われている気分になってしまっていた。
「それはそうと・・・」
サーラの心情も知らずに構わず話を続けるワインズ。
「『彼』とは、親しいのですか?」
「え?バベルくんですか・・・」
なんと答えたものか、一瞬言い淀むサーラ。
しかし、その間、目ざといワインズはそばに置かれた木箱を見た。
バベルが持ってきたポーションの入った箱だ。
「リストン薬店、ねぇ・・・」
ワインズの目が怪しく光った。
ここで、サーラは考え方を変えた。
ワインズがバベルに興味を持っていることは確実で、何らかの接触を試みようとしていることは明らかだった。
ならば、バベルの真価を確かめるためにも、ここは静観を決め込んでみようと。
しかし、この決断がまさかあんなことになろうとは・・・。
続く




