通常授業と再実習〜『清化』と『濁化』
「す、すみません・・・。やつの監視を怠ってしまって・・・」
「構わねえよ・・・。お前ごときが、あのバカの思考を把握したり、奇行を制御できるとは、最初から思ってねえしな」
『お前ごとき』。そのセリフに、一瞬眉間に力が入るが、悟られぬように必死に冷静を装うバット。
場所は、王都内の病院の一室。
実習中に猛毒をくらい、生死の境を彷徨った。
実習から帰還後、そのまま入院をする運びとなったのだ。
そんな彼との会話の相手は、窓の外にいる一羽のフクロウ。
時間は昼前であったが、バットはフクロウの姿を見て、『彼』の使い魔だと察した。
「まあ、これに懲りず、このまま、あいつの監視を続けろ。間違っても、退学なんてことにならないようにな」
喋るフクロウ、スポークオウル。
人間の言葉を真似をする習性を持ち、それを利用して自身の縄張りに他のモンスターを誘い込み、捕食するという凶暴なモンスターだ。
しかし、『テイム』されたスポークオウルにはある能力が備わる。
魔法使いと主従関係を結んだ、所謂『テイム』されたスポークオウルは飼い主と魔素が繋がり、意識を共有できるようになる。飼い主の思考を言語化することも可能となるのだ。
「難しいことは言っていないはずだ。目先のトラブルを防げとは言っていない。起こってしまったことに的確に対処しろと言っている。お前には『切り札』も渡している。無駄にするな」
スポークオウルは羽を広げ、止まり木から飛び立つ。
「お前の人生を取り戻したいんだろ?だったら、懸命に生きろ。そうでなければ、お前に明日は来ない」
その言葉を残し、飛び去っていった。
バットは完全に視界から消えたのを確認したら、その方向を忌々しく睨みつけた。
己の人生を奪った男を。
「おーい!バット、大丈夫か?」
ノックもされずに、開かれた扉から現れたのは、赤毛のターゲット。
「よ、よう・・・。なんとかな・・・」
「なんで入院なんてしてんだよ?学校はどうすんだよ」
「しょうがないだろ。毒を食らっちまったんだからよ」
「まったく。俺の父ちゃんが言ってたぞ?『毒は飲んでも、飲まれるな』って」
「お前のところは、毒は飲み物認定なの?」
実習終了後、最初の授業。
「はい〜。皆さん〜、実習、お疲れ様でした〜。残念ながら〜、猛毒を食らって〜、入院してしまった〜、方もいますが〜、まあ、そういう〜、間抜けもいたということで〜、切り替えていきましょう〜」
別に言わなかったら、みんな気にすることもなかったのに。
相変わらずの毒舌で、今はいないクラスメイトのことを嫌でも気にしてしまう。
メリルは今日も通常運転だった。
「では〜、せっかくだから〜、尊い犠牲を〜、教訓するという意味で〜、今日は〜、基本的な〜、『清化』と〜、『濁化』について〜、おさらいしましょう〜。え〜、魔素の〜、影響には〜、大きく〜、分けたら〜、二種類〜、あって〜・・・」
変わって説明させていただきます。
この世界に溢れている『魔素』は、生物に影響を与えている。
例えば、ここに一匹の犬がいるとしよう。
魔素を大量に体内に取り込んだ場合、二種類の変化が考えられる。
一つは、高い知性を宿し、魔法も使えるようになり、もし、魔素を与えたのが一人の人間ならば、所謂『テイム』されたとして使い魔となる。これを『清化』と定義される。
対して、魔素の影響で独自の進化を遂げ、より凶暴に好戦的になる、『モンスター』と姿を変えることを『濁化』とされた。
「では〜、なぜ〜、このような〜、違いが起きるのか〜。主な〜、要因は〜、何でしょう〜?レイニーさん〜」
「はい。一番の原因は、地域によって魔素の性質が違うことです」
レイニーの回答は、自然に発生する場合の一例だった。
「正解です〜。特に〜、濁化が〜、頻繁に〜、起こるのが〜」
濁化が起こる地域はこの世界の各所に存在する。
それこそ、大なり小なり濁化はどこでも起こり得る自然現象とも言われている。
特に濁化による影響が著しい地域は、『旧魔界領』と言われている地域である。
ここは太古の昔から、モンスターの出現量も他の地域とは比較にならなかった。
この世界では、自然に清化が起きる地域と濁化が起きる地域は、2対8の割合であった。
「ご存知の通り〜、かの最低最悪の暴君・ユーノビアスが〜、当時『魔界領』の〜、魔王と〜、共謀して〜、世界を二つに〜、綺麗に分けてしまいました〜。その境界としてできた〜、強大な壁が〜、『レイジング・ウォール』なわけです〜」
かつて、人類は魔界領から出現するモンスターに苦しめられた。しかし、それ以上にそこに住む『魔族』との衝突が絶えなかった。
「この辺りは〜、歴史の〜、範疇に〜、なりますので〜、詳しいことは〜、割愛します〜。ここで〜、重要なのは〜、魔族の存在です〜。魔族の定義は〜、魔素の影響によって〜、濁化してしまった〜、人類と定義されました〜。え〜、ということは〜」
魔族は、濁化してしまった人類とされている。それは、環境による進化の一つだった。
つまり、凶暴なモンスターが頻繁に出現する地域で生存するための必要な変化だったのだ。
その影響は顕著に現れ、肉体の強化、魔力の増加、体の構造の変化が特徴だった。
そして、何より好戦的となり、残虐性が増幅される。
では、清化された人類とは何か?
肉体の強化、魔力の増加は同じだが、体の構造の変化がほぼなく、人類の体を保ったまま進化した状態と言える。しかし、その数は圧倒的に少なかった。
「なので〜、昔から〜、清化した人たちは〜、『勇者』と認定されてきました〜」
それ故、昔から魔族に対抗していたのは勇者とされていた。
「ここからが〜、本題です〜。一般的な回復魔法は〜、なぜ〜、誰でも使えるとされていますか〜?ミリーさん〜」
「はい。生来人間が持っている、『善意』が魔素と反応して使用を可能としています」
「正解です〜。なので原則的には濁化してしまった魔族の方は〜、回復魔法が使えませんでしたね〜。あとは〜、そもそもの魔力が著しく少ない方は〜、回復魔法も〜、苦手とされています〜」
メリルは「気にしないでくださいね〜」と目線をミリーに与えるが、即座に目をそらされる。
「では〜、毒魔法は〜、どういった〜、分類でしょうか〜?・・・・・・え〜、バベルくん〜」
「へい!状態異常魔法の一種です!人間の悪意に魔素が反応しているので、どちらかと言うと呪いに近いです!」
元気よく答えたバベル。
「声が〜、うるさいです〜。ついでに〜、正解です〜」
毒魔法は人間の悪意によって発現するのに対し、毒属性を持つモンスターの毒は自身の身を守るために、体内の魔素から生成されたものである。
「ですが〜、基本的に〜、どちらの毒も〜、市販されている〜、毒消しが〜、有効と〜、されているので〜、もし〜、毒を食らった時は〜、慌てずに〜、まずは毒消しを〜、服用しましょう〜」
その後も、相変わらず間延びした口調のメリルの授業は続く。
またその口調は眠気を誘い、生徒たちは授業の内容は半分程度しか、頭に残らなかった。
「それでは〜、ここまでにします〜」
本日の授業も終わり、皆帰り支度している中で、
「あ〜、そうでした〜、バベルくん〜」
「はい?」
「ミリーさん〜」
「・・・はい」
「それと〜、アンヴィアンさん〜」
「え?はい」
授業が終わると、とっとと帰ることに定評があるメリルに急に呼ばれた三人。
果てして、この三人の共通点は?
「御三方は〜、先の実習で〜、な〜んにも〜、功績を〜、残せなかったので〜、再実習です〜。中々〜、無い〜、ポンコツぶりです〜」
放課後、学園の近くにあるカフェにて。
「ふぅ」
「平和ですね・・・」
「そうだな・・・」
テラス席に座るのは、ユリウスと、シュレンを含む取り巻き達。
お互い、実習の成果の報告会を兼ね、お茶を楽しんでいた。
いつもの光景。
あの怒涛の実習の後だと、余計に感じてしまう。
お気に入りの紅茶をまた一口飲もうとした時、声を掛けられる。
「やあ、ナジェータ家の三男坊ではないか!久しいな!」
その声の主を見て、ユリウスは目を見開く。
「ワインズ・ゾロモン・・・殿・・・」
淡い緑色の髪をオールバックに整えた学生服の少年だった。
彼の後ろには十人近い生徒が従いており、彼が率いているようだった。
シュレンと他の取り巻きたちは、ガタっと、音がなるくらいの勢いで立ち上がり、姿勢を正した。
ユリウスも渋々と言った様子で立ち上がり、会釈をした。
「ははは!構わないさ!堅苦しい挨拶は無しだ!」
ワインズは後ろの生徒たちを待機させ、ユリウスたちのテーブルに近づき、
「う〜ん、さすがだな。良い葉を選んでいるようだ。俺にも同じものを」
ユリウスのカップから漂う香りを嗅ぎ、特に断るまでもなく同じテーブルに着いた。
「ははは!楽にしろ!何も、取って食おうってわけじゃないさ!」
「は、はぁ。失礼します」
ユリウスはこの男が苦手だった。というか、大嫌いだった。
「そうだ、先日の実習はどうだった?だいぶ、手を焼いたと聞いているが?」
笑顔で話題を振るワインズだが、ユリウスにはいやらしい笑顔に見えた。
今にも『ニヤニヤ』という擬音が聞こえてきそうだった。
(まったく・・・、誰から聞いたんだか)
実習の結果等は、教師陣しか知りようがないものなのだが。
ワインズ・ゾロモン。
彼は、王国の侯爵家の一人息子だった。
その権威に物を言わせ、何人かの教師を、小間使いのように扱っていることは有名だった。
「いえ。お耳を汚すだけで、取るに足らないことでございます」
自分にとっても、あまり良い思い出ではないので、発言を控える。
それよりも、この男との会話が何よりも億劫だった。
(やつとトランプしている方が、まだマシだ・・・)
「そうか〜・・・。いや、俺の方もな、なんともつまらない実習だったよ・・・。モンスターも歯応えのないものだった」
わざとらしく、は〜っと、大きなため息をつくワインズ。
何ということはない。ただの遠回しの自慢だった。
たしかに彼の実力は、ユリウスも一目置いていた。
ユリウスはちらりと彼の取り巻き達を見る。
ワインズを含め、彼ら十数人、全員デルフィン1の生徒たちだった。
彼ら一人ひとり、ユリウスと同等かそれ以上の実力の持ち主なのは間違いなかった。
「まったく、退屈な日常だとは思わないか?」
「は、はぁ・・・。平和でよいかと・・・」
「平和も過ぎれ、人間も腐っていくものさ。人間の成長には、刺激が必要だとは思わないか?」
(物騒なことを・・・)
ワインズの発言に、ユリウスは呆れる。
が。
ユリウスも、先日の実習を通し、自身が成長したと実感できたのも、また事実だった。
正直、こんな奴との会話を早々と切り上げて、魔法の鍛錬をしたいと思っていた。
「・・・バベル・ロクハラ。君には、刺激的な出会いがあったようだな」
その言葉に反応するユリウス。
ワインズはユリウスの実習の結果を知っていた。ならば、どのようなことが起こったのかもこと細かく知っていてもおかしくなかった。
無論、バベルのことも。
そんな彼に、グイッと顔を近づけるワインズ。
「独り占めはいけないな。俺にも、君の楽しみを分けてもらいたいな」
ワインズの瞳を見て、ユリウスは心底彼に呆れた。
彼はただ、暇つぶしでバベルに関わろうとしているのだ。
まるで、珍獣を見に行こうとする観光者気分だ。
(馬鹿げている・・・)
ユリウスは一つため息をつき、あくまでも真面目な顔をする。
「ワインズ様・・・。一つだけ、進言させていただきます。もし、彼に興味がお在りようなら、確かな覚悟を持って、彼とお関わりください・・・」
「・・・ふむ?」
「私なら、自分から彼に関わりたいとは思いません。必要がなければ、二度と関わらなくても良い程です」
それは本心だった。
それに、ワインズはこの国の侯爵家の人間だ。
もし、彼と下手に関わり、何かアレば、この国の危機にもなりかねない。
・・・まあ、ワインズとも関わらなくても、いつの日かこの国に危機をもたらす可能性も否定できないが。
「面白いじゃないか!!」
ユリウスの言葉にワインズは大声で喜んだ。
「俺が求めていたのはそういう刺激だ!」
何が面白いのかワインズは新しいおもちゃを見つけた子どものように目を輝かせていた。
その様子にユリウスは何度目かわからないため息をつく。
(こんな男がこの国の侯爵家の人間とは・・・)
ユリウスはこの国の貴族がここ数年、奇妙な変化を見せている話を聞く。
平民に対し、横柄な態度をすることはもちろんのこと、気に食わないことがあればありもしない罰を与えたり。また、領民に対しては重税を課し、私腹を肥やしたり。
つまり、己の地位を利用して、やりたい放題を行う傾向が多く見られ始めた。
この世界には『貴族とは、心・技・体・知・財を兼ね備えたものである』という、言葉があるにも関わらず。
まさにその良い例が、このワインズだった。
彼は勝手に満足したようで、挨拶もそこそこに席立ち去っていった。
そういえばと、ユリウスは自分の発言を思い出していた。
バベルと関わることをそれほど強く止めなかったなと。
不安もあるが、バベルになにか期待してしまっているのかも知れない。
「いや、やっぱりなにか起こるだろうな・・・」
もう少し、強めに止めても良かったなと、少しだけ反省するユリウスだった。
続く




