少し昔の夢〜バベル②
実習の前夜。
バベルは意気揚々とし、寝床についた。
決意を新たにした日の夜、また少し昔の夢を見た。
バベルは、草介と暇が出来たら過ごすようにした。
家の敷地内に冒険者が侵入しなかったり、家に家族がいなかったり、結構暇なときはあったので、その都度草介に会いに行っていた。
バベルのお気に入りは、草介が持ってきた漫画だった。
週刊誌が五冊と、長編プロレス漫画が二十巻分。途中からなのが不満だったが、草介に聞いて何となく理解しながらも楽しむことが出来た。
「にしても、お前たちの世界は、ややこしいな〜。ヒラガナとカタカナ、カンジ、アルファベット。四種類も文字があって、めんどくさくないのか?」
「俺達の世界っていうか、国かな。言われてみれば、そうかもな」
「国によって違うのか?え、言葉は?」
「全然違う。俺は、自分の国の言葉しか話せない」
「ふ〜ん。軋轢生まれまくりそうだなぁ〜。全てを暴力で解決してない?」
「・・・お前、本当に9歳か?」
「褒めてるんだよ?良い世界じゃんか。単純で」
草介のハイエースの後部座席でゴロゴロしながら、漫画を読む。これが定番だった。
漢字もルビが振ってあったので、難なく読めていた。
その間、草介は車外でヒゲを剃ったり、体を拭いたりして、身なりを整えていた。
「あ、そうだ」
バベルは読んでいた漫画を放り投げて、車から降りた。
「どうした?」
「今日は、兄ちゃんが帰ってくる日だった。早く帰らないと」
「あ、そうか」
バベルは気が向いたときに来るスタンスのため、ふらっと来てはふらっと帰る。
バベルにとって、草介は暇つぶしの相手に過ぎない。
それを理解しているのか、草介もあえて詳しいことは聞かない。
「あ、そうだ。お前が、してくれた結界の効果って、いつまで続くんだ」
バベルの結界のお陰でこの場所に滞在できている。
それが消えてしまえば、自身が周辺のモンスターたちに襲われてしまう可能性が高くなる。
草介にとっては死活問題だった。
「う〜ん、俺がここに来ている間は大丈夫だよ。結界と言うより、俺が怖いんだから、本人がいれば余計に近づかないよ」
「そうか・・・。また、来てね」
にこやかに手を振る草介。
バベルは城の廊下を歩き、向かう場所は鍛錬場だった。
重厚な扉を開けると、そこには目当ての人物がいた。
「あ、タイラント兄ちゃん!!」
仕事で半年ほど家を空けていた長男、タイラント・キルブライトだった。
鍛錬場の真ん中で、自身の大剣の手入れをしていた。
「バベルか。変わりはないか?」
「うん!!」
バベルとは十歳も年が離れており、落ち着いた雰囲気で語りかける。
草介の件があるが、説明するほどでもないと判断し、割愛した。
「久しぶりに剣の稽古でもつけてやろうか?」
「剣かぁ・・・、兄ちゃんの剣を使わせてくれるなら」
「ふふ、やめておくか。お前には剣の才能は無いしな」
「それより、今回はどんな仕事だったの?」
バベルはタイラントが仕事から戻る度に、その時の話を聞くのが好きだった。
「戦争の停戦。後、国を滅ぼしてきた」
「へ〜!何人、殺したの?」
「三人だ」
いつも、手にかけた人間の数を聞くが、いつもタイラントの答えは一桁だった。
タイラントは世間では、世界最強の魔剣士と称される人物でることは、バベルも知っていた。
故に、その数の少なさにいつも首を傾げていた。
「殺した数が多ければ良いわけではない。戦争は、それを起こしたい人間を始末すれば事足りる。兵士たちは、ただ平穏がほしいだけなのだからな」
バベルの疑問を察して、タイラントは答える。
「別にお前の主義の否定は決してしない。ただ俺は、『殺す価値』のあるものを最優先で殺しているだけだ。お前のように、気に食わないものを片っ端から殺すのもまたお前の『悪』だ。どんな悪でも、キルブライトは受け入れてくれる」
「『殺す価値』?生きる価値とは違うの?」
「生きる価値は、本人が決めて良いこと。殺す価値は、俺が決めて良いことさ」
簡単に言えばな、と付け加えた。
「怖!何だ、その会話!?」
翌日、草介に兄のことを聞かれ、昨日の会話を話すとそんな反応が帰ってきた。
「いつもこんな感じだぜ」
「いや〜、殺す価値を勝手に決めていいとか、傲慢というか何というか・・・。いろんな奴らに、恨まれてそうだな」
若干、兄への批判が読み取れるが、バベルは特に気にせず答える。
「うん。めちゃくちゃ恨まれてるみたい。年中、報復されてるみたい」
「だめじゃん!」
「そうか?復讐は、みんなが持っている当然の権利だろ?兄ちゃんも、別に迷惑がってないし」
全て返り討ちにしている。はっきり、言っていないがそういうことだろう。
「復讐されることも織り込み済みでの殺人か・・・。潔いといえば、潔いんだろうけど」
だが、やはり納得できないと言った様子の草介。
と、話している内に、草介は先程から、顔を洗ったり、ヒゲを剃ったりして、いつも通り身なりを整えていた。
それが終わり、
「よし!いってくるか」
「え?どこに?」
当然の疑問だった。てっきり、一日中この車の中で過ごしているものだとばかりだと思っていたバベル。
「ふふ〜ん、麓の村さ」
ここから歩いて、三十分くらい下ったところに確かに村は存在している。
「俺、気付いたんだ。お前の痕跡があれば、モンスターたちがよってこないってことをさ。だから、これだ」
得意げになって、バベルはあるものを手にする。
「これを持っているだけでも、モンスターは近づいてこないのさ」
それは、バベルが熱中している漫画だった。
「試しにこの周辺を歩いてみても、モンスターは近寄ってこなかったし、モンスターとたまたま遭遇したときも逃げていったしな」
実際、そのときは驚いて腰を抜かしてしまったが、割愛する。
「で、安全が確認できたから、このあたりを散策していたら村を見つけたってわけさ」
どうやら、すでに何回か件の村に訪問していたらしい。
そういえば、車の中にもいつの間にか食べ物が増えていた。
住む場所があっても、食べるものがなければ生きて行けはしない。
なるほど、村に行ってそれらを調達していたのだろう。
意外と、適応能力がある草介だった。
モンスターの対処法については、バベルは特に興味を示さなかった(殺せばいいので)が、草介が村で何をしているのかは気になった。
「じゃあ、早速行こう」
「え?」
断ることが出来ないことを知っている草介だった。
「お、ソウ!よく来たな!」
「ソウ!あんたのお陰で、腰の調子が良くなったよ!」
「これ、家の畑で取れた野菜だ持っていってくれ!この前の礼だ!」
村の人たちは、草介を歓迎していた。
聞けば、最初は警戒されていたが、地道に村の手伝いや整体師としてマッサージを施すと、次第に態度が軟化していったらしく、現在に至る。
「お、その坊主は?ソウの倅か?」
村人たちは、一緒についてきたバベルに興味を向ける。
バベルは村に来たことがなかったので、村人たちは彼のことを知らなかった。
「ん?でも、どこかで見たような・・・」
だが、バベルの赤毛を見て、一人の村人が呟いた。
それはそうだ。バベルが村に来たことはなくても、村人はキルブライトの敷地の周辺まで来たことはあった。その際、チラリと赤毛の少年を見かけたことがある者もいた。
「いやいや、息子じゃなくて、なんていうか弟子みたいなものですよ。おれの仕事ぶりを、どうしても見たいって言うんで、仕方なくね〜」
バベルの頭を撫でながら、草介は答えた。
村人たちも、納得した様子だ。
ずいぶんと馴れ馴れしく、長時間頭を撫でられたので、バベルは小声で言った。
「俺は嘘は好きでも嫌いでもない」
「え?」
「嘘をつかれようが、何をされようが興味はない」
「???」
「そいつが死んでしまえば、何も関係ないからな」
「・・・なんで、その話するの?」
「なんでだろうな?」
草介はそうっと、バベルの頭から手を離した。
二人の間に、冷ややかな空気が流れる。
そこに、
「なあ、ソウ!うちの親父が腰痛めたんだ。悪いんだけど、いつもの頼めるか?」
村人が二人の間に入り、草介を家に招く。
「あ、は〜い。すぐに行くよ」
と、誤魔化すようにバベルから離れる。
バベルもそれについて行く。
草介は何かを思い出し、再びバベルの傍に寄る。
「あとさ、俺が、転界人だっけ?そういうのとは、違うってことにしといてくれない?なんか、その話題になると、村人たちの反応が微妙でさ・・・」
「う〜ん、それはしょうがないんじゃないか」
「なんで?」
「だって、転界人は世界中で抹殺対象だからな」
「・・・え?」
バベルは草介の『仕事』を見ていた。
草介は腕と指を巧みに使い、老人の体を揉みほぐしていく。
時には力強く、時には柔らかく。
老人は時折顔をしかめるも、後に恍惚とした表情を見せる。
草介はその手腕で、老人に様々な顔を見せる。
バベルは自分の掌を見る。
草介と自分を入れ替えて想像してみる。
一瞬にして、苦悶の表情を見せることなく、老人が血まみれになり、絶命する姿しか浮かばない。
手で押せば肉が潰れ、骨が砕ける。指で押せば皮膚が貫通し、血が溢れる。
自分には出来ないということを悟る。
それと同時に、この行為にどんな意味があるのか、という興味だけだった。
草介は横目でバベルの様子を見る。
「・・・なんだ?お前もやってみるか?」
「ん?そのジジイって、穴を空けても良いジジイなの?」
「ごめん。忘れて」
されたことのない質問をされて、草介は速攻で目をそらし、施術に戻る。
バベルはただ掌を見つめるだけだった。
施術は三十分ほど続き、終わると老人はスッキリとした顔で起き上がる。
「いや〜、ソウさんの技は大したもんだ。腰の痛みがすっかり無くなっちまったよ」
「大げさですよ。《ヒール》があるんでしょ?痛みを無くすんなら、そっちのほうが良いでしょう」
「いやいや、怪我の治療と肉体の疲労回復はまた別のものさ。なんというか、長年、蓄積された痛みや疲れは《ヒール》では治りきれないんでね。ソウさんの技は、痛みや疲れの元を取り除いてくれる感覚なんだよな」
その老人だけではなく、施術を受けた村人たちは草介を称えた。
村で作った野菜や燻製肉を手渡しながら。
疲れ切った肉体に生気がみなぎり、笑顔が溢れていた。
草介もその顔を見て、また何かしらの力をもらっているように、生き生きしていた。
バベルはそんな光景を見て思った。
(弱者の集まり)
と。
弱者と弱者が寄り合っている。
慰め合っている。
施し合っている。
バベルには意味があるようには思えなかった。
バベルは一つ考えてみた。
自分が村人たちを同じように笑顔にするためには何ができるのか。
それは一つだけだった。
(恨む人間がいるなら、そいつを代わりに殺すだけだな)
そう結論づけると、村の外れにある気配を感じる。
「お〜い、バベル!待たせたな、そろそろ帰ろう」
両手いっぱいに感謝の品を携えてバベルのもとに来る草介。
バベルは一点を見つめるだけで、草介の方は向かない。
「悪い、草介。俺、寄り道してそのまま帰るから」
「え?お、おい」
バベルはそのまま目的地まで駆けていった。
大荷物の草介をそのままに。
「黒髪に、あまり見ない顔立ち・・・。確かに、これまでの転界人と見た目の特徴は一致している。村人の証言からも、聞いたことのない不思議な技術で体を癒やすという能力を持っている」
「よし、教会本部にも連絡を入れておけ。場合によっては、確保。もしくは処分を」
白い装束を身に纏った二人組の男達は草介を監視していた。
「すぐに確保しなくても良いのですか?」
「ああ、まずはどんな人間かを把握することが大事だ。我々の目的は、奴がこの世界に混乱をもたらす存在なのかを見極めることだ」
二人は改めて、今後の方針について話し合っていると声を掛けられる。
「なにしてるんだ?」
少年の声、バベルだった。
「な!?」
「何者だ!?」
不意に声を掛けられて、動揺を隠せなかった。
二人は、腕に覚えがある手練だった。
危険視される転界人の監視を任せられるほどに。
しかし、その二人がなんの気配を感じる間もなく、間合いを詰められ、声を掛けられる。
警戒する二人をよそに、バベルはう〜んと唸る。
「・・・なんていうか、声をかけるのって難しいよな」
「・・・?」
「驚かせないように、そっと近づいて声を掛けたら、驚かせてしまうし。逆に、存在を隠さずに声をかけても、驚かせてしまう。あんたら、どっちが良かった?」
男二人は警戒しつつ、バベルの問いに眉をひそめる。
「まあ、いいか。で、何?お前ら、草介を監視してたの?『聖剣教会』の連中?」
その言葉に、身を構える。図星のようだ。
「・・・君こそ何者だ?こんな山奥に、子どもが一人でいる事自体が奇妙だ」
「俺のことはどうでも良いの」
「ーーーーー!?」
その言葉とともに、バベルの右腕が炎に包まれ、燃える手刀が男の胸板を貫く。
一瞬にして、心臓が炭となり、男が膝から崩れ落ちる。
残った男は、状況を一瞬にして理解し、バベルから距離を取る。
「貴様、なんのつもりだ?」
男には、バベルが少年ではなく、得体のしれない何かにしか見えなくなった。
「草介には、まだいろんな話を聞きたいんだ。お前らにちょっかい掛けられるのも面倒くさいんでね」
男はバベルを見据えて察する。
「この魔素の密度、魔力の多さ、その上、無詠唱魔法。只者じゃない・・・」
そして、一つ思い出す。
「!待てよ、確かこの辺りは、昔、あの一族が城を構えていたと言われていたが・・・」
炎の手刀は今度は男の首に迫る。
「・・・キルブライト?」
「そうだけど?」
男はバベルの返答を聞くことなく、首をはねられる。
組織が一瞬にして焼かれ、血管がふさがり出血はなかった。
昨日、返り血を浴びないコツを兄に聞かされていた。
転界人の抹殺命令を出しているのは聖剣教会だ。
この二人は、草介を狙う刺客なのだろう。
その二人を始末したということは、
「これは、俺が草介の命を救ったってことになるのか?」
という、結論に至った。
しかし、こんな簡単なことで喜んでくれるのだろうかと疑問も残る。
いつか、この話をしてみるかとバベルは家路についた。
いつか、話してみたい。
自分が誰かを助けたことを。
バベルはそう思いながら目を覚ます。
続く




