健全な子犬系後輩の恋心を目覚めさせてしまったらしい
中央に傾いた長テーブル、隅にスカスカの本棚と埃を被ったロッカーがあるだけの、およそ活動させる気がない部室。
黒線引きまくりの汚い床も、そこかしこに落書きされた壁も、住めば都というやつか、慣れると気にならなくなる。
目に刺さるような派手なものがないから、宿題をやるにはちょうどいい。
どたどたどたどたと廊下から爆走する音が響いてこなければ。
「先輩っ!」
足音は扉の前で止まって、今度は扉が悲鳴じみた喚声を上げた。
スライドできる限界まで思いっきり叩きつけられた彼は、たちまちバウンドして茶髪の女の子を閉め出そうとしてくれる。
「ウォーミングアップ終わりました!」
しかし彼女は、狭くなった隙間から甲高い声を張った。
首元のチョーカーについた鈴がちりんちりん揺れている。
「お疲れ、そんなの決めた記憶ないけどな」
俺、樋上幸助はペンを置いて、疲れ切った顔の後輩を部室に招き入れた。
「ありがとうございます、先輩!」
彼女は荒い息ながら屈託のない笑顔で頭を下げた。
すっとすれ違うと、彼女の汗で濡れたつむじが見えた。
百五十ないんじゃないか? 高校一年生にしては身長が低い。
「はあ、申し訳、ふーっ、ない、気分に、はふ、なりますね! ひゅー、先輩に、ふう、開けていただくって!」
「喋らなくていいから汗を拭け」
「次は柔軟体操ですね! まずは屈伸から!」
「まず拭け! 俺たち生粋の文化部だろ、ストレッチが必要な場面ないからな」
「ひー! ふー! みー! よー!」
「渋いな! その数え方で屈伸する人初めて見たぞ!」
俺の制止を無視して上下に弾む女の子……掛替一子。
何をやっても元気で声がでかい、一応同じ部活の後輩だ。
鮮やかな茶色のボブカットと丸っこい黒目が印象的な、いつでもにこにこしている美少女。うん、見た目はとてもいい。
とてもいいが、小さいうえに細い。しかも子供っぽいので近所の小学生を相手にしている気分になる。そういう対象としては見ることができない、いたって健全な女だ。
それはそうと汗みずくは目に悪い。
今は七月頭の、夏が本格化してきた時期。薄い夏服は湿気で簡単に張りついてしまう。張りつくと下着の跡も体のラインも丸わかりになる。いくら細いといっても真っ平らじゃないし、肌の滑らかさが服越しに主張されている。
健全な女なのにめちゃくちゃ不健全だ。
「先輩! 背中押してくれませんか! 樋上先輩?」
「お、おおっ?」
危ねえ! 思わず凝視してしまった。
いい先輩を装っている訳ではないけど、変態だと思われたら地獄になる。
この部には俺と一子しかいない上に、奇跡が起こらない限りあと一年は顔を合わせなくちゃいけないんだからな。
「どうしました先輩! 何かいましたか!」
汚い床にぺたんと座った一子。
しかしなんでこいつ制服で運動してるんだ。
「いや、別に」
「虫なら私触れますよ! ちっちゃい頃は木の根っこのダンゴムシをほじくって投げてました!」
「急に幼い残酷さを見せるな!」
「それとももしかして、仕込みですか? 私を驚かせたいんですね! オカルト制作部のスパーリングですね!」
いや文化部にスパーは無……はい?
聞き慣れない単語が飛んだ。
「待ってくれ、なんだそのオカルト制作部って」
尋ねると、一子はなぜかガッツポーズをした。
「オカルト研究部とゲーム制作部の合体ですから名前を半分こしたんです!」
「やばい活動している連中みたいになってないか!?」
妙に嬉しそうな一子に、俺はついていけなかった。
二年生に進級した春、遅まきながら部活動を始めようかと思いたち、体験期間にいろいろ見て回った。
すでに同級生の輪ができていて入るスペースがなかったり、ノリが合わなかったりと選り好みした結果、ゲーム制作部に入部届を出した。
活動内容と男ばかりのゆるい雰囲気が気に入ったからだ。
部室もコンピューター室をもらっていて、広いうえに空調完備。
しかも遊び放題。これ以上ない環境だろう。
ところが本入部後の初日、意気揚々とドアを開けた俺の目の前に、呆れ顔の顧問が立っていた。
『悪いなあ樋上、部長の林が万引きで捕まった』
『は?』
『副部長の林田は他校と喧嘩して傷害沙汰、小林は無免許運転からの当て逃げ、神林は飲酒、若林は痴漢で学校にいられなくなった。ゲ制の部員はお前ひとりだ』
『治安悪っ! つーか林多すぎませんか!』
『一人しかいない部に広い部屋を与えるのももったいない。別のを用意したんで移ってもらうぞ』
『えー……』
初陣でいきなり本拠地を落とされた。
テンションだだ下がりになりながらも、入部してすぐには辞められない。
仕方なく指定された場所に向かったところ、見知らぬ人影があった。
茶髪に童顔のちっこい女の子が椅子に腰掛けている。
窓から午後の太陽を前面に浴びて、晴れやかな空気をかもしている。
わくわくした様子が表情に溢れて眩しかった。
『あっ! あーっ! あなたが先輩ですね!』
じっとしていたその子は、俺に気がついたとたん、飼い主を見つけた子犬みたいに走ってきた。
満面の笑顔から放たれる大声に俺は面食らった。
『一年一組の掛替一子です! 訳あってオカルト研究部の部長をやっています、いちこって呼んでください! これからよろしくお願いします!』
『……わ、わんこ?』
『どうして私のあだ名を知っているんですか? どこかで会いましたか?』
小刻みな呼吸と毛の色っぽい髪、こじんまりしたフォルムに元気で好意的なオーラ。
初見の印象は犬だ。子犬だ。
つい尻尾を探してしまったくらい、一子には動物的な愛嬌がある。
『樋上先輩ですよね! 先生からお話は伺っています、二人しかいませんけど頑張りましょう!』
『待て待て待て、俺は何も伺ってないんだけど』
目をきらきらさせて迫ってくる彼女をなんとか押し止める。
寝耳に水の話だが、どうやら一子の部活も一子独りきりになってしまったそうで、なら滅びかけの部活同士くっつけてしまえと学校が決めたらしい。偶然にも顧問が同じだったためすんなり成立したのだとか。疫病神じゃないかあの先生。
『ほら入ってください、新しい部室です! 私もついさっき鍵をもらったんです!』
後輩に手を引かれるのは正直恥ずかしい気がする。
で、部室は質素を越えて殺風景、そして埃と悪臭がひどい。
斜めになったテーブル、置くものもないのに無駄にでかい本棚、黒ずんだ床。
ただでさえ萎んでいたやる気はますます急降下した。
『ちょっと匂うので換気しています! 風が気持ちいですね!』
反対に忙しない一子。椅子を引いて俺を座らせ、消臭スプレーを吹かし、テーブルを雑巾で丁寧に拭いてから、一枚のプリントを広げた。
『形式上は新しい部活になるので、部長も新しく決めてほしいそうです! 一応オカ研では私が部長ですけれど、合体するからには年長者の先輩の方がいいですよね! 先生にはそう報告しておいてもいいですか!』
『……いや君でいいよ。俺はすぐ辞めるから』
俺は席に立った。
『面白そうだったけど設備も仲間もないんじゃあなあ。入部から一か月は退部できないけど、その期間を過ぎたらさっさと出ていくんで』
もともとちょっとした興味だ。冷めるのも早い。
出だしでつまずいた時点でストレスの方が上回った。
『一か月は居座らせてもらう。でも俺のことはスルーでいいぞ、掛替さんのしたいことを好きにやってくれよ』
やる気がありそうな彼女に付き合う義理はないし、俺に労力を割く必要も彼女にない。
相互不干渉、これが一番だ。
しかし一か月の遅れは痛いな。他にいい部活あったか?
『邪魔だってんなら最悪外に出てるからさ。とりあえず今日は帰――』
言いかけた俺の口は、一子の顔を見て固まった。
今にも泣きそうだ。
『辞めちゃうんですか……?』
くりくりの黒目が潤んでいる。
肯定しづらっ!
『せっかく仲良くできそうって思ったのに……』
『う』
『先輩……』
『うぐ』
別に突っぱねてもよかった。うるせえ知るか! と切り捨ててもよかった。
でも一瞬ためらったらもう術中に嵌まったも同然だ。
無言の訴えに屈した俺は、仕方なく席に戻った。
これがゴールデンウイーク前の話で、大体二か月前のことだ。
結局、退部禁止の期間が過ぎても届け出は書いてすらいない。かといって積極的に部活に取組んでいる訳でもなく、一子に付き合っているか宿題に時間を費やしている。
一方でエネルギーみなぎる後輩は今日も元気はつらつだ。
「先輩! 先輩は何をしているんですか!」
柔軟を一通りやり終えた一子は、テーブルの角にしゃがんだ。頭だけ覗かせる仕草も犬っぽい。
ちなみに背中は押したら汗がついたので断った。
「宿題。なんで静かにしてくれると嬉しい」
「なるほど! 私もお手伝いします!」
と彼女はロッカーから筆箱を持ってきた。
「できるのか?」
宿題は数学Bだ。俺も苦手なものの、一年生の手を借りたいほどじゃない。
そもそもこのわんこが頭いいようには思えないし。
「任せてください! 友達から『黙っていれば賢く見える』とお墨付きをもらっています!」
「逆説的に本来の実力わかっちまったよ」
やっぱり馬鹿扱いされていやがる。
それでもたって望むのでやらせてやった。
「戦艦に乗ったつもりでいてください!」
「一人じゃ動かせないだろ」
わずかな期待と大きな不安を胸に、一子に教科書とノートを与える。
自信満々に受け取った彼女だったが、ざっと問題に目を通したところで硬直した。
「……」
わかりやすく、ぶわっと冷や汗を浮かべる。
手にしたシャーペンを置くと、筆箱から新たに六角の鉛筆を握った。
「任せてください! 今日の星座占いは四位でした!」
「解けないならいいから! んな微妙な運に頼るな!」
すべて没収。宿題は自分でやれという神の教えだと思おう。
再開すると意外にも一子は黙ってくれた。その代わり、口ではなく目がうるさくなった。
じっと注視してくるんだ。相変わらずきらきら輝かせて。
いつでも準備ができています! と言わんばかりに鉛筆を素振りしている。飛んでったら危ないからやめろ。
大物なことに、まだ挽回のチャンスがあると信じているらしかった。
「じーっ……」
すさまじい圧力。
負けじと無視を決め込む。
「じーっ……」
無視を決め込む。
「じーっ……」
む、無視を。
「じーっ……」
「あーこの問題わっかんねーなぁ! 四位の力を見せてくれ!」
「はいっ!」
一子は椅子を蹴り飛ばす勢いで跳ねた。
数分後、やってもらった問題は見事に全問ミスっていた。さすがに目の前で直すのは忍びないので、家まで持って帰ることにした。
「どうでした先輩! 先輩のお役に立てましたか!」
活躍を信じて疑わない目が俺を刺す。
「ほかにも手伝えることがあればどうぞ! 先輩のためなら上履き舐めたりだってしますよ!」
「なんでそれがセールスポイントになると思った? 特にないよ、余計なことはしない方針で」
「了解です! 肩揉みますね!」
「人の話を聞かないなら人に話を聞くなよ」
「では、覚悟!」
「覚悟!?」
テーブルを片付ける俺の肩に小さい手のひらが乗った。
何とも言いがたい握力が骨に染みる。警戒したがなかなか上手い。
逆に驚かされたような気分でいると、汗に交じっていい香りが漂ってきた。
柑橘系? 爽やかでフレッシュな感じがする。発生源が一子であると気がつくまでに三分は要した。
「なあわんこ、お前香水でも使ってるのか?」
「いいえ! 校則違反になってしまうので!」
うるせっ!
つまり自前の匂いということか。美少女は匂いからして違うのか。
そして音量でわかったが顔が近い。いつでもボルテージマックスなせいで切れ気味の息遣いがはっきり聞こえる。生暖かい風も感じる。
正直言って鳥肌が立った。
子犬のくせに艶めかしいっつーかすごく胸にくる。
顔が近いなら透け透けの制服も近い。真っ平らってわけじゃない体が俺の後ろに……。
まずい! 健全な後輩にどきどきさせられる!
「と、ところで、ウォーミングアップって毎日毎日何やってるんだ?」
心が変な方角に向かう前に、俺は適当な話題を作った。
「学校一周、もちろん全速力です! 階段がちょっと大変ですね!」
「よく先生に捕まらないな。そのうち怒られるぞ」
「ご心配ありがとうございます! 足には自信があるので大丈夫です!」
「逃げてるんだ……」
「先輩は速いですか! 明日かけっこしませんか!」
「しませんよこんな暑い日に!」
七月頭だぞ。三十度をマークし始めたうえ湿度も高いぞ。汗だくになってまで年下の女の子と競争する意味がどこにある。
くそっ、また一子の目がきらきらしてきやがった。
先輩なら相手してくれるはず! みたいな信頼と舐め腐りが混ざった、断りにくい顔だ。
ええい無視だ無視、野良犬に餌をやるとなつかれて、今後もねだってくるに決まってる。
「先輩! だめですか!」
無視だ無視。心と耳を閉ざせ。
「先輩! このところお外の天気いいですよ!」
無視だ無視。
「先輩! なんとか言ってください!」
む、無視だ無視。
「先輩……?」
「短距離だ! 短距離な! あとできるだけ日陰!」
俺はペットを飼わない方がいいようだ。太らせる未来が見えている。
応えてやったあとの一子の、爆発しそうな笑顔を喰らうと、どうしても拒めないんだよなあ。
「やった! じゃあ、音源は私が用意しておきますね!」
「は、音源?」
「場所も今のうちに押さえておきます! 定番の二十メートルでいいですよね!」
「シャトルランやろうとしてないか!? いや短いけども! ちょっと待て行くな!」
突然スタートを切った一子の手首を摑む。
感触とか気にしている場合じゃなかった。運動部の目の前でヘロヘロになるまで走り続けるとかどんな拷問だよ。
「安心してください先輩! 日なたがお気に召さないなら体育館を借りますから!」
「バレー部とバスケ部とバドミントン部の邪魔だろ! 文化部が場所開けさせて、やることがシャトルランて不気味だわ!」
「オカルト制作部の面目躍如ですね! でも部活動の邪魔はよくないかもしれません、正門の前はどうですか?」
「下校妨害! 動くギミックじゃねえか!」
前進しようとする一子と止めようとする俺の闘い。
わんこがまた扉を力いっぱいスライドしたので、廊下に丸見えだ。
通行人がめっちゃ不思議そうに眺めている。
俺が不利すぎないか? 絶対みんな一子の味方をするだろう。後輩の女子を部屋に閉じ込めようとしていた、なんて疑いをかけられた日には、部を追い出された林どもの仲間入りしてしまう。
こうなったら一か八か、全力で扉から引っぺがすしかない。
「おらあっ!」
「そうでした先輩! 時間はいつごろに――」
俺がちょうど気合を入れた瞬間、一子が振り返った。
そこで引っ張ったもんだから、見つめ合ったまま急接近してしまった。
驚きのあまり、お互いに黙った。
三十センチもないくらいの目の前に童顔がある。
ぽかんとしていても整っているのは誤魔化せない。
黙っていると賢く見えると言われたらしいが、本当に落ち着くだけで印象が変わる。
よく見ると茶髪は流れるようだし、肌は健康的に焼けている。
邪気が一切ない瞳は墨汁みたいに奇麗な黒色。
悔しいことにちょっと見惚れてしまった。
「先輩……」
ふいに甘ったるい声を出されて、心臓が割れるかと思った。
「な、なんだよ」
「肩、いい感じにほぐれたみたいですね! かなりぴーんと上がってますよ!」
「ありがとうよチクショウ! 目的は果たしたのに負けた気分だ!」
「わんこ」
「はい!」
「俺を引き留めた割には、オカルト研究、今は制作部か? の活動まったくしてないよな」
なんとか一子をなだめすかして、帰りに食おうと買っておいたメロンパンを口にあてがって、俺たちの闘いは終わった。
彼女は今、降って湧いたおやつを存分に貪っている。
当然にっこにこだ。
「そうですね!」
あっさり認めた。
ここ二か月ほど、一子はいつもこんな具合で俺と話している。
さぞ真面目な子なんだろうと思っていたが、オカ研らしい姿は一度も見ていない。俺が言えた義理じゃないけれども。
「オカルトとかスピリチュアルとか、私にはよくわかりません! 怖いのは苦手です!」
「じゃあなんで入ったんだ。運動好きなんだろ、陸上部とかじゃだめなのか」
「作ったんです! 私の友達と!」
ほう。それは予想外だ。
うちは部活に対してはかなり優しい。部員が二人いて顧問を探せば、部室がもらえるかは別として作れる。ただ一年生がやるのは珍しい。
「そういうのがすっごく大好きな子がいて、頭数がほしいからとお願いされました!」
「なるほどな。うん? その子はどうしたんだ」
誘っておいて先に辞めるとはなかなか悪どいじゃないか。
と、一子は声のトーンを少し落とした。
「事故に遭ってしまって、今は学校に来ていないんですよ」
「……触れない方がよかった?」
「あ、いえ、命に別状はないみたいなので気を遣わなくても大丈夫ですよ。先輩と初めて会った一日前に、当て逃げで両足を折ってしまったんです」
まさか小林か?
「学校に戻って来られるまで、もうしばらくかかるみたいなので、その間は私が守るよって約束しました。まあ、私一人だと潰れちゃうんですけど!」
高いテンションが帰ってきた。
傷つけてはないようでよかった。
しかしまあ、子犬は子犬でも忠犬なんだな。
「ありがとうございます先輩。私のわがままでずっと残ってくれて!」
一子は深々と頭を下げた。
真正面から感謝されると照れくさいったらありゃしない。俺は頭を掻きむしった。ついでに退部届は捨てようという気になった。本当の一子の相方が復帰したら改めて堂々と降りよう。
「あ、そうか。わんこがやたら俺の役に立ちたがるのは、俺を引き留めるためか」
「いいえ!」
彼女は首を横に振った。
「そんな計算あってのことだけではありません! ご恩はありますけど、違います!」
鼻息が荒い。
「もっとシンプルに、先輩のことが好きだからです!」
「ほおっ!?」
「暴走しがちな私を止めてくれますし、宿題とかしていても構ってくれますし、めったに怒らないですし、ちゃんと毎日来てくれますし、先輩といると楽しいです!」
「ほ、ほお~……」
「先輩は優しいです! ちょっと恥ずかしがりですけど、ノリもいいです! それに力も男の人って感じで、見た目も好みで、きゅんきゅんしま――え?」
自分に疑問を抱く一子。
何が「え?」だよこっちも開いた口が塞がらないよ。
エネルギッシュな子犬が顔を真っ赤にしているんだからな。
「あれ? あれあれ? 私、先輩を、あれ? そうだったの?」
かあっ、と効果音が聞こえた気がした。
一子は両足を内股にくっつけてもじつきながら、独り言を呟き始めた。
胸の前で両手の指を絡めて、人差し指だけお互いの腹をつつき合わせる。
耳まで赤一色だ。湯気を上げてもおかしくない。
いやいや急にしおらしくなるな。普段やかましいぶん破壊力が高いだろうが!
え、嘘だろ?
俺たちは健全な関係のはずだよな。
恋愛のれの字もないような子供っぽい奴だよな!
「で、でも嫌じゃないっていうか……むしろ、そうだよね……」
すっげえ乙女みたいになってるのは俺の幻覚だよな? そうであってくれ頼む、明日からどうするんだよ!
いや嬉しいけど! 嬉しいけど気付くな!
「せせせ、先輩」
そして彼女は、健全な関係に最大級の爆弾を持ち込んだ。
「あ、あの、その、私、先輩のこと大好きみたいです。オカルトより先に好きな人ができちゃいました! えへ、えへへ」