まさか100話目では、ありませんよね?
やあ、こんばんは。
こんな時間に出会うなんて、奇遇だね。いや、必然とも言うべきかな。多分、ネット上で怪談の類でも読み漁っているんだろうね。
いやいや、こんな季節だしね。悪い、とは言わないよ。
君たちが怪談話を好むのは、ずっとずっと昔からのことだからね。
仕方ないなあ。
そんなに、わたしの怪談を聞きたいのかい?
まあ、構わないよ。
そもそも、わたしは語り手だからね。聴者に請われれば、語るを拒むは無粋なこと。
それじゃあ、――とても後味のよくない、とても恐ろしい、そんなお話をしようじゃないか?
そうだね。
ラジオにまつわる怪談話を、ひとつ――
これは、とある人物が、古いラジカセを手に入れたことから始まるお話だ。
名前は、そうだね。
君の嫌いな人物の名前でも思い浮かべるといいよ。
ん、やめておく?
ふふ、その方がいいかもね。後味の悪い怪談話の主人公に、嫌いな人間を当てはめるなんて悪趣味だ。もちろん、そんな趣味も、わたしは嫌いじゃないけどね。
では、仮にA山という男子高校生にしておこう。
彼は、自宅の押し入れを整理していたところ、奇妙なものを見つけた。
それは、いわゆるラジオカセット。それも、CDプレーヤーの機能はなく、カセットテープ対応。本来の意味での、ラジオカセットだった。
テープレコーダーもビデオテープも知らない年代だからね。DVDやブルーレイ、磁気媒体に慣れ親しんだ今の若者には、馴染みのない機械だ。
君にとっては、どうかな? もしわからないなら、軽くネットで検索してみてほしい。
さて、彼はその古いラジカセ。どうやら亡くなったお祖父さんの持ち物だったみたいだ。
ラジオを聴く機能は壊れていて、音楽を再生することももうできなかった。
それでも、そのデザインが妙に気に入ってしまったらしい。少し呆れる母親を尻目に、いそいそと自分の部屋に持って帰った。
その日の夜からだった。正確に言うと、夢の中でからだった。
ラジオの放送らしい音声が、聞こえてきたらしい。
ノイズのひどい女性のものらしい声。
何かを読み上げている感じだったけれども、その内容はわからない。
ただ、最後に。
これだけは、はっきりと確認できた。
『あと、6日』ってね。
まあ、どう考えてもそのラジカセが原因だろう。普通だったらそのラジカセを捨てるなり、お寺に持ち込むなり――何か手を打つだろうね。
けれど、彼はなぜかそうはしなかった。
もしかしたら、すでに何かに取り付かれていたのかもしれないね。
誰に相談することもなく、その日も眠りについた。
そうして、また夢の中で女性の声。
最後に、『あと5日』と言われたそうだ。
この先の想像はつくかな?
『あと4日』
『あと3日』
と、毎晩一日ずつカウントされていくんだよ。
彼は体調も悪くなり、昼間はずっと風邪を引いたみたいにぼんやりとしていた。不思議と熱は平温で、しかも、夕方を過ぎると体調も正常に戻るらしい。
他にも、奇妙なことがあった。
なぜか、運がよくなったらしい。
と、言うよりも――周囲の人間が、不自然に優しくなったらしい。
進路をガミガミ言う両親も、急に物分かりがよくなった。クラスで鬱陶しく絡んでくるクラスメイトも、おとなしくなった。
あげくには、一度告白して振られた女生徒から、逆にデートのお誘いがあったとまで。
彼は、毎晩の不気味な夢なんかそっちのけで、有頂天になっていた。もしかして、あれは幸運のラジカセなんじゃないかって思うようになっていた。
少し、勘が働ければ気付いたかもしれないのにね――
まるで、余命いくばくもなくなった人間に、周囲が優しくなったみたいだって。
――と、まあこんなお話。
ここで、終わりだよ。
落ちはない。
思い浮かばない。
これほど作者にとって怖く、読者にとって後味の悪いことはないよね?
◇
やれやれ、怒って帰ってしまったね。
口直し、いや瞳直しに、またホラー作品でも読み漁るのかな?
――おっと。
君もいたのかい。おや、盗み聞きしていたのかな。
え、どうして落ちを変えたのかって?
ああ、そうか。君にはこの前、本来のストーリーを話したからね。
理由、そうだね。
この物語が、彼女にとっての百話目に当たることになったからだよ。
ほら、かの有名な百物語なんて、確か江戸時代から伝わっているだろう?
何人かで集まって、代わる代わる怪談を続けていく。
百話目になると、現実に恐ろしい出来事が起こるっていうあれだよ。
物語には、魂が宿る。書き手の、あるいはそれを読んだ者たちの。
だから、ある種の物語は、それ自体が儀式にもなりえる。民間伝承になぞらえた、簡易儀式ってことなんだろう。
さて、その百物語だけれども、なにも耳で聞く物語だけじゃない。
目で読む物語にも、その効果があるとも言われているんだ。それも、一晩じゃない。ある一定期間の間に読み続ければ、その条件を満たすって聞いたことはないかな?
一週間。
つまり、七日間。
七日以内に、日の出ていない時間。その条件で、百本の怪談を読んでしまえば――かの百物語を実現できるってことだね。
さて、わたしと出会ってしまったこの作品は、君にとっての何話目かな?
――まさか、百話目だったりしないよね?
もしそうだったら、すぐにこのブラウザを閉じた方がいい。
そして、動画でもSNSでも、何でも構わない。
怪談話以外の、全く関係ないお話に触れなさい。是非、そうしたほうがいい。それが、君のためだから。
――本当の結末は、活動報告へ。