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観光記

作者: 珠眠十話

 はじめまして、珠音十話(たまねとわ)です。初投稿です。

 この度、観光記を開いていただき、誠に感謝いたします。


 ある男の物語、はじまりはじまり

 これは僕がとある山村に観光に行った時の話だ。

 今やそこは数十名の村民だけで構成されているが、最盛期には神社を中心とした神道系の街として栄えていたらしい。

 どうやらここには、大昔からの伝承があるそうで、それを聞かせてもらった。伝承というにはあまりにも残虐なもので、聞いていてそれは、まるで今自分に起こっているようにも感じられた。伝承の中に出てきた件の神社を探そうにも、今やその面影はこの小さな山村には存在していない。残っている物は、先祖代々伝わっている先ほど聞かされた話、それだけなのだ。

「夕餉のお時間です。ささ、こちらへ」

 老婆が僕のもとへと来た。顔はヨボヨボ、腰も曲がっており、目もあまり開いていない。この様子から、本来であればもう眠っている時間なのだろう。それを僕が来たせいで乱してしまった。少し悪い事をした気になってくる。

 その日に出されたものは、山の幸と呼ばれている物で、ここ最近腹の調子が悪かった僕にはうってつけの物だった。味も悪くない。そのままだと苦味が残ってしまう野菜や、普段であれば捨ててしまうであろう芯も上手く加工しておいしくいただく。世間では食糧廃棄が問題視されているが、このような文化が残っていたのだなと、実感し、関心した。

 ん、今まで普通に食事をしていたが、今は何時だ。腕時計を見ると、まだ四時を過ぎたばかりだった。それについて聞いてみても、何も感じているようなことはなく、何時に寝るのかを訪ねてみたら、先ほどの老婆以外は一般的な就寝時間だった。いくら何でも早すぎる。そう思った僕は、村民に聞いた。「なぜ早く食べるのだ」と。

 なにかまずい事に巻き込まれる可能性を考えた僕は今すぐにでも逃げられるような態勢をとる。帰り道は覚えているし、下り坂は僕の得意分野だ。いくら山に慣れている人たちだからといって、そう簡単には追いつけまい。そう構えていたのとは裏腹に、村民の青年はにこやかに答えた。

「みんなで夕陽を見るのですよ」

 一気に力が抜けていく気がする。僕はその時安心しきっていた。何だそんなことかと。

 食事を済ませ、村民たちと会話をする。この山の歴史だとか、なぜここで暮らしているのかを。聞いた話は伝承のほかにも、御伽噺じみた物もあった。最近のライトノベルのような話で、とてもこことは関わりのなさそうなものばかりだった。

「さあ皆さん、行きましょう」

 ここの代表者だろうか、男性が皆に声をかけた。無論、僕にも。建物を出て、山道を歩く。普通の道から外れた獣道。辺りには首無し地蔵や苔に浸食された道祖神。言いたいことはあるが、とても不気味で今夜の夢に出そうだ。

 道を抜け、開けた場所に出ると、そこには絶景が広がっていた。僕が出てきた都会とは全く違う世界。そう、世界そのものが違うとも思えた。あまりにもきれいな夕焼けに目が奪われた。この景色をずっと見ていたい。少しでも脳に残しておきたい。そう思った。写真で取ればいいなんて無礼な事は考えられなかった。確かに写真でも美しく残すことはできるが、寧ろ、僕の中では写真には残したくなかった。これを誰かに見せたいなんて思うことはできない、僕以外の都会人には見せたくない。独占欲が働いた。

「お兄さん、目を奪われてらぁ」

「やっぱり、いつ見ても美しいですよね、ここから見える世界は」

 一人逃げるようにここへ来たことで今まで抱えていた一種の罪悪感、明日明後日の事を考える不安、そういったものが全て洗い流されていくような感覚。僕はそれを抱いたまま宿へと帰り、老人たちと同じような時間に眠った。いつもは寝付くまでに数時間かかっていたのだが、ここにきてから僕は僅か数分で眠りに落ちるようになった。日々の疲れがなくなっていく。ここにきて本当に良かった。

 一つ気がかりなのが、眠っているときに誰かに見られていたような気がすること。それが誰なのかは分からないが、座敷童のような存在だと思う。

 翌朝目が覚めて、誰もが幸せそうな話をしていた。その内容はどれも夢に関するもので、お互いにどんな夢を見たのかを話し合っていたそうだ。

「おう、兄ちゃんはどんな夢見たんだ?」

 気さくな中年男性が話しかけてきた。どんな夢を見たか、曖昧なところがあるが、女の子がいた夢を見たと言った。

「女の子、お前さん、恋でもしてんのかい、いいねぇ、若ぇもんの恋ってのは」

 恋、僕に恋人はいないが、そう思う人はいる。彼女は話が合う人で、たまに一緒に帰ったりしている。だからだろうか、その人に思いを早く伝えなさいと神様か何かが伝えたのか…いや、あり得ない。夢は夢、誰かが干渉できるようなものではない。

 そういえば、ここには小さな子供はいない。このままでは、ここもなくなってしまうのではないかと不安視している僕がいる。そのことを代表者に聞いてみても、不思議と山の買取や開拓の話は出ていないそうだ。それを聞いて安心した。

「お兄さんはこれから何かやる事はあるのですか?」

 朝食が終わったのちに、青年が話しかけてきた。確かこの人は、昨日も僕と話した。特にすることはないと答えると、青年は話を聞いて欲しそうな表情をさせて、僕を見た。

「少し手伝ってほしい事があるんです、勿論お代は出しますから」

 いやいやいや、貰うわけにはいかない。世間的には貰った方が良いのかもしれないが、僕はそこまで腐っちゃいない。余程の事じゃない限り、人からもらう事は滅多にしない、そうしている。

「よかった、ではついてきてください」

 少しの山道を下りて着いたのは、道路と山道の間。ここで定期便を待っているそうで、調味料などのどうしても村では作る事のできない食材や、手紙などが届くそうだ。いつもは一人でやっているが、数往復するそうで、明らかに非効率的。そこで僕が呼ばれたということだ。これであれば僕の生活に直結するのでお代を貰おうとは思わない。

 荷物を持ち、二人で山道を歩く。青年はある程度したらここの代表になるそうだ、まだ青年は未成年。それまでは何もかもを我慢しているそうで、彼は恋も知らない。もしかしたら彼もそんな夢を見ているのかを知りたくなってしまった僕は、彼に聞いた。

「いえ、昨日は違う夢でした。もっと便利になった村の夢を見ていました」

 彼はどこまで行っても、この村を第一に考えている優しい青年だった。

 村に帰ってきて、運ぶことも手伝った。食事以外にも郵便を運んだり、荷物を運んだり。それ以外にも夕食作りも手伝った。人が変わったように思うかもしれないが、実際そうなのかもしれない。あの夕焼けを見てから、無性に良い事をしたくなり始めた。今日の僕の行いは老婆たちにも感謝され、代表も僕に感謝していた。ああ、なんて清々しいのだろう。今後もこんな生活をしていたい。

 食事は昨日とあまり変わらない物。だが、味が違う。こうして飽きを来ないようにしているのかと思うと、今までの僕の生活はなんて身勝手なものだったろうと、後悔したくなる。

 さあ、今日も夕焼けを見に行こう。昨日まで恐れていた首無し地蔵や苔の生えた道祖神にも慣れていた。不思議な事だ、昨日の今日だというのに、もう慣れてしまうだなんて。

 昨日と同じ時間、日没というものは少しずつ早まっているらしいが、そんな些細な事、どうでもいい。また僕は涙を流す。まるで今までの穢れが体から落ちていくように、気持ちのいい時間だった。

 また今日も同じ時間に眠る。夢の中にはまた、女の子がいた。シルエットだけでよく見えないが、手招きをしているようだった。女の子は橋の奥から手招きをしている。興味本位から、僕はその橋を渡った。

 未だ女の子はシルエットのままだが、そこは今まで見てきた普通の山ではなくて、ここに来てから聞いた伝承にあった風景そのものだった。神社がここを見降ろしていて、伝承は嘘ではなかった、ということはあの御伽噺じみた伝承も本当だということになる。僕は女の子と手をつなぎ、かつての世界を歩き回った。お菓子を食べ、お茶を飲み、とても幸せな夢だった。目が覚めるまでは。

 目を覚ますと、そこは現実だった。もう昼過ぎだそうで、老婆が言うにはあまりにも幸せそうな寝顔だったもので、村の皆々がそっとしておいたとのこと。気恥ずかしい気もするが、幸せだったのは事実、また眠ればあの子に会える。そう思って、今日も仕事に励んだ。

 今日は主に山の掃除をしていた。散っていった草花は放っておくと、元の場所に帰れずに恨みとなってしまうらしい。そうならないようにきちんと埋めてあげなければならない。と、一緒に仕事をしている女性から聞いた。仕事中にした雑談で、彼女は昨日の青年に恋をしているそうで、成年したら一緒になりたいと言っていた。なるほど、それなら安心だ。そして、昨日の夢の話を聞かれた。内容を話すと、女性は喜んでくれた。その子が待ってるよ。といい、僕に今日の夢への期待を与えてくれた。

 今日もまた、食事の準備を手伝った。どうやら僕がやった味付けはここの人たちに好評なようで、とても喜んでくれていた。こう幸せなことがあると、毎日がとても楽しく、充実したものになっている。ここにきて本当に良かった。そんな気を持ちながら、皆と夕焼けを見にいった。

 昨日までは泣いて終わってしまったけれど、今日は違った。一緒に仕事をした女性から、ここには願いをかなえてくれる効果もあると聞いて、お願い事をした。あの子にまた会えますように。というお願い事を。

 そう期待して僕は眠る。今日は、いつもと違った。中々寝付けない。意識は曖昧になっているのだがもう少し何かが足らない。ぼーっとしていようと、僕は何も考えずに、目を瞑った。

 気付けばそこは、昨日女の子と別れた場所だった。夜の山道も彼女といれば怖くなく、寧ろ楽しく感じた。彼女の手は温かい、気持ち悪いと思われてしまうかもしれないが、ずっと握っていたいと思う。一緒に歩いて、会話も盛り上がってきたところで、彼女が僕に見せたかった場所に到着した。彼女が僕の手を放し、手を叩くと、僕の意識は帰ってきた。

 なぜ、なぜ僕はここにいるんだ? 疑問符が離れない。僕は確か宿で眠っていたはず、それなのになぜ僕は今、山にいるんだ。それにこんな場所はなかった。まさか僕は、奥まで来てしまったのか…?

 目の前には、夢の中で見たあの大樹があった。ご神体だと思ってスルーしていたが、ああ、僕はなぜ、自分で言っていたじゃないか、伝承は実際にあった事だと。

「あーあ、お兄さんもここに来ちゃったんだ」

 子供の声、後ろを振り返っても、そこには誰もいない。ならば僕の足元、そう思ってもそこには誰もいない。どこでもないところから声が聞こえている。

「おいで、こっちだよ」

 風に案内されるまま、僕は大樹の根元に入っていった。そこにあったものは二人分の骸。僕にこれを見せて何がしたいのかは全く分からないが、もうここから逃げなければならないと感じていた。振り返ると、そこには摩訶不思議な光景が広がっていた。

 そこには僕がここで見ていた全てがあった。入り口を全村民が塞いでいて、そのさらに後ろには、あの夕焼けがあった。まただ…こんな時だというのに、あの夕焼けが美しいと感じてしまった。

「ようこそ、夕来(ゆうらい)の里へ」

 声を揃えて言われた、ここの名前。そういえば、綺麗な薔薇には棘があると聞いたことがある。ああ、とんでもない事をしてしまったのだなと、今となっては後悔している。しかし、僕はここから抜けることを望んではいない。

 さあ、今日も夕陽を見に行こう。

 観光記を読んでいただきありがとうございます。この話はどうだったでしょうか、


 いつかこの世界を舞台にした物語を書いてみたい、そう思っています。

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