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【2.立山登頂】

九月二十三日(金)【前泊日】

富山行の夜行バスが京都駅を出発する時刻は十一時二十分だった。七月に薬師岳から笠ヶ岳までの縦走を行なった際のバスと同じである。その時は初めて利用する路線だったため、バスが到着するまでやきもきしたが、今回は二度目であるから落ち着いて待っていた。

 休日を控えた金曜夜の夜行便であるから、遅延するのではないかと少し心配していたが、バスは定刻どおりに到着した。シルバーウィークの最後の土日だが、祝日の並びから見てこの週末は混雑のピークではないと予想していて、はたしてその通りであった。混雑が予想される大阪から京都まで定刻で来たのだから、富山までも予定通りに到達できるであろうと考えた。

 バスの座席は三列シートの中央列ではあったが、後部の座席だったので足が伸ばせた。前回は最前列だったために前方の壁に遮られて足が伸ばせず、ほとんど眠れなかったが、今回は眠れるだろうと思った。しかもおあつらえむきに、ドタキャンによるものなのか、すぐ前の座席がたまたま空席だったから、通路に足を投げ出すのみならず、前の座席の肘掛けに足を置いたりして、かなり気ままに足を自由にさせてもらった。後方の人がすでに寝入っていれば遠慮が必要だが、同じ京都から乗車していてまだ起きていたから、みずからの座席を倒すのにもそれほど気遣いはいらなかった。

 バスは、例によって深草の乗車場と大津あたりの最終トイレ休憩を経て、夜間走行に移った。私はその日、朝から私用をいくつか処理して忙しくしたせいもあってか、適度な睡魔がやってきていた。バスの車内というあまり快適でない環境を考えれば、よく眠れたと思う。もちろん一時間程の間隔で頻繁に目が覚めたが、睡魔は持続していて、足の置場を調整してはまた眠った。睡眠の時間は決して長くはとれなかったが、比較的質のよい眠りがとれたのではなかったか。



九月二十四日(土)【一日目】

 富山駅前には、定刻どおり五時五十二分に到着した。ここから室堂行きの直通バスに乗車する予定だ。前回の折立行きの便では乗車時に乗務員に金を払えばよかったが、室堂行きはバスセンターの窓口で切符を買う必要があった。

 バスセンターに行くと、開業前にもかかわらずチケット係の窓口だけが特別に開けられて、五名ほどの人がすでに並んでいた。予約をしていないという理由で断られてぶつぶつ言う客や、チケットを買う必要のない折立行きの客が混じるなど、なかなかスムーズに順番がまわってこなかった。乗り換えには三十分の余裕があったのだが、そんな調子だから、心配になった。

 それでも順番がちゃんと来て、チケットを買うことができた。バスの遅延がひとつの懸念事項だったから、これで間違いなく乗り継ぎができるということでほっとした。さっきの断られた飛び込み客は、代替手段としてアルペンルートを案内されていたようだが、私も乗り継げなかった場合は、最悪、多少割高で乗り換えの多いアルペンルートで行くはめになったのだから、むだな金と体力を使わずにすんでよかったと思った。

 チケット売場のある富山地鉄のビルには今まで入ったことがなかった。ビルを突き抜けた先が富山地鉄の改札となっていて、すでに六時を過ぎて運行が始まっていた。待合室のベンチは電車を待つ人々で埋まっていた。と言ってもそれほど広くない部屋で、十五名ほどの広さだったろう。その先にトイレを見つけたので、待合室にザックを置いて、大便をしに行った。チケットを買い終えていたので時間には余裕があった。

 バス停に戻ると、二十名ほどが列をなしていた。折立行と違って指定席だったので、焦って並ぶ必要はなかった。空いているベンチに腰かけて、朝食のおにぎりを食べた。それから手持ちボトルの分だけ、駅の水汲み場で水を汲んだ。室堂には大きな水場があることは既知だったが、なんらかのトラブルにより室堂で水が汲めない場合を想定してここで汲んだのだ。

 間もなく折立行のバスがやってきた。勝手を知らない人たちが、室堂行と勘違いして乗り込もうとして、乗務員に指摘されていた。

 乗り込んでいく人たちをぼんやりと眺めていると、見覚えのある中年女性がいてはっとした。記憶が脳裏にぱぱっと走り、昨年の剱岳を思い出した。その人は、前剱からタテバイあたりにかけて、私の後ろを歩いていた人ではなかったかと思われた。そう、女性の単独行で、ひとりノーヘルだった人ではないか?しかし私は声をかけられなかった。昨年、ノーヘルという異色さゆえに記憶していただけで特に会話をしたわけではないし、完全にその人と同一人物かどうかも分からない。声をかけようにも、剱岳で私の後ろを歩いてませんでしたかと聞くのもおかしなものだ。ただ、私だけでなく山の好きなリピーターたちが、今年もまたこうして三々五々入山していくのだと感じて、私の心も躍ったまでである。

 室堂行のバスは折立行と違って大型のバスだった。指定された座席は後部の窓側だった。さすがに、乗客の全員がアウトドアの格好をしていた。意外にも半分ほどが空席だった。先のチケット売場で飛び込み客が満席だと断られていたので驚いた。ほとんどの人がキャンセルの連絡もせずに放棄したということだ。私のように交通手段に苦心している人も多いだろうに、人気路線を確保することの重みをどう考えているのだろうかと思った。(かく言う私も、直前まで高速バスを複数席確保していたのだが)

 後半分の座席には私含め三名しかおらず、運転手は空席を自由に使用して良いとアナウンスした。後部の三名が登山姿で、前部は家族連れなどのハイキング姿の者が多かった。私の隣席には同年代ふうの男性が座っていた。彼はそのアナウンスにも関わらず、席を移動しなかった。後部のもう一名は通路を挟んでもう一つ隣だった。前後ががら空きだというのに、単独行者の男性三名が横一列に座っているのは、なんとも奇妙な光景だった。

 空席が多いので、こうして一ヵ所にかたまっているのは多少違和感があったが、窓側だったので閉塞感ははなかった。もう少し眠りたかったが、眠気はあるのに眠れなかった。

 一時間ほどして、休憩所の、あるぺん村に着いた。先発していた折立行のバスと行き合ったが、ちょうど入れ代わりに出発するところだった。例の中年女性とも会わなかった。そこでもう一度大便をしておいた。ほとんど出なかった。外に出て空を見上げた。雲の多い空だった。昨年は、ここで雨が降っていたのに立山に着くと快晴だった。今年もそんな具合になればいいのだが、天気予報を見る限り、期待できないなと思った。

 バスは休憩を終えて出発した。途中、折立方面への分岐を通過した。薬師岳に向かった二ヵ月前の、不安と期待が混じっていたバスの車内の心境を思い出した。これから立山に近づくにつれて、またそんな気分になるのだろうか。

 どんどん山深くなっていった。ヘアピンカーブをいくつも通過した。立山道路のあちこちに、昔話由来の自然物や珍しい巨木といった観光ポイントが看板で示されていた。バスから、ぼんやりとそれらを眺めた。称名滝だけは、バスが少し停車した。下車することはできなかったが、名瀑を遠くに見ることができた。

 それを過ぎるともう、弥陀ヶ原だった。突然高木がなくなる開放感は相変わらず素晴らしかった。北側に奥大日岳がどんとそびえていて、たいへんに美しかった。いつか、登らなければならない山だと思った。

 弥陀ヶ原に入ると、ようやく私の隣席の男性が席を移動して、写真を撮りだした。そうせずにはいられない、開放的で美しい山々の光景だった。私も左側の席へ移動して写真を撮った。

 しかし、昨年あれほど快晴と紅葉に恵まれた景色を見てしまっているから、雲が多く、しかもこれから崩れると分かっている空の下で見る景色には、あまり強く惹き付けられなかった。逆に言えば、それでもなお惹かれた奥大日岳がいかに美しい山なのか分かろうというものだ。

 間もなく、立山連峰のひとつ奥座に、剱岳の黒々とした姿が出現した。奥大日岳をはじめ立山の山々とは圧倒的に異なる黒さは、異様で、威圧感があった。私は昨年あんな山に登頂したのかとぼんやり考えたが、あまり感慨じみたものはなかった。終点の室堂が近づいてきたからだ。いよいよだという緊張感が、剱岳を望んだ感慨を押しのけて、私を包みつつあった。

 室堂に到着した。下車すると、寒かった。その寒さに、緊張を新たにした。トランクからザックを受け取るとき、ポケットに差していた手持ちボトルが落ちてトランク内に転がった。落ちる瞬間を見ていなかった運転手が慌てて、すでに荷物を受け止って去ろうとしている乗客たちに向かって落し物だと叫んだが、すぐ目前の私が、それは自分のものだと冷静に伝えて、受け取った。それだけでなく、ボトルの口が緩んでいたものなのか、ザックが濡れていた。ボトルが落ちてしまったことも含めて、その固定方法について反省しなければならなかった。

 バスの降車場から室堂ターミナルの館内に入った。そこは、これから入山する人たちでごった返していた。土産物売場、高所郵便局、アルペンルートの切符売場をはじめ、館内にはレストランもあった。

 降車場からいちばん近いトイレは、入山前に排便しておこうという人で長蛇の列だった。私もそこに並びかけたが時間がかかりそうだった。そこでふと、上階にもトイレがあった気がして上がってみた。するとはたしてトイレがあり、個室も余裕があった。私はしめたとばかりにザックを入り口に置いて、そこでゆっくりと大便をした。どうも残余感があったのだが、ようやく解消した。

 大便を終えて、登山届を提出し、外に出た。すぐ目の前に見える雄山は雲に覆われていた。予測はしていたからショックはなかったが、それでもやはり残念だった。曇天での登山はあまり気持ちのいいものではない。

 建物から出た所には、去年と同じく押しかけ写真撮りがいて、人々に声をかけていた。雷鳥のかわいらしいぬいぐるみとともに写真に納まるのだ。去年はちょうどばったりと目が合ってしまって声をかけられたこともあり、自分のカメラで撮ってもらったが、この曇天下では自ら求めて撮ってもらう気にはならなかった。私は目を合わさないように素通りして、遊歩道の入口にある大きな湧水場で水を汲んだ。この気温では汗はそれほどかかないだろうし、最悪の場合は一ノ越山荘や雄山の売店があるのだからと思って、一リットルだけ汲んだ。

 ふくらんだ水袋をザックに押し込むと、ザックはいっぱいになった。靴紐を固く結んで、それを背負った。寒かったが、すぐに暑くなるだろうと思い、オーバーシェルは脱いでザックに収納した。


挿絵(By みてみん)

(室堂から望む雄山。曇天下、前途を思う)


 歩き始めた。

 室堂をぐるりと囲む立山三山は薄い雲の中だ。そのひとつ、雄山は、今回はついでの登山でしかない。ただし、そんな私の気構えがどうであろうとも、三千メートルの霊峰立山への登山は、それなりにきついだろう。

 室堂の登山道は石畳である。これを歩きやすいと言う人が多いようだが、石の表面が微妙に不規則な方向を向いていて、まっすぐ足を置くことができないから私は苦手だ。ハイキング目的で道いっぱいに広がっている素人が多いのも、手軽に訪れることができる立山の宿命である。それに苛立つのではなく、山を愛する仲間としての寛容が必要だ。

 彼らに前を塞がれながら、ちょうどよい高山適応だと思った。ハイキング用に勾配の緩い道だから、ついとばしがちになりそうだが、二千四百メートルの室堂まで一気にバスで上がって来たのだから、あえて速度を落として登らなければならないのだ。どうせ彼らは途中で音を上げるだろうと思っていると、はたして、いつの間にか周囲の人は減っていた。一ノ越山荘が間近に見えていた。ようやく急な登りとなっていた。

 あたりは美しい紅葉だった。眼下の室堂は、黄緑色の多い植生の中に白い岩石の沢が走っていて、曇天下のやわらかい光のもとで美しい景観を見せていた。中央の大きな池はミクリガ池だ。立山を象徴するひとつのポイントである。昨年は、真っ青な空の下で深い群青色に輝いていたことをはっきりと覚えている。今日は薄曇りなので、鈍い青銅色に見えた。

 少しずつ写真を撮りながら、一ノ越を目指した。急な登りだった。高所適応の必要性を考えていながらも、結局知らず知らず早い速度で歩いてしまっていたのか、息苦しかった。時折立ち止まって呼吸を整え、また登った。ストックは使わなかった。雄山へ登るのに使うほどでもないと思ったのだが、長丁場を考えれば、使ってもよかっただろう。

 一ノ越に到着した。立山カルデラの外輪に立ったのだ。今まで見えなかった針ノ木岳が、黒部の谷を隔てた向こう側に見えた。私はザックを下ろして、休憩した。立ち止まると寒かった。

 初めて持ってきた行動食を食べてみた。ナッツとドライフルーツが混ざったものだ。七月の反省をふまえて改めた行動食だが、これはうまかった。まだまだ最初のうちであるが、これから体力が消耗していって食欲が減退しても、これなら食えるだろうと思った。

 私は当初、長丁場での体力維持を目的として、この一ノ越山荘にザックをデポして雄山をピストンする計画だったが、デポして行く登山者がほとんど皆無であることを見て戸惑った。軽装とはいえ年配の方々ですらザックを背負って登っていくのに、この私がザックをデポしてよいものであろうかと。むろん、彼らはこの後に難路を控えているわけではないだろう。私とは体力配分が違うのだ。そして、この時間帯から察して、雄山から大汝山方面への縦走を企てているかもしれず、それならば物理的にデポ自体ができないわけだ。そんな具合に彼らとの条件の違いや、彼らがデポしない理由を考えたが、最終的に、自分の今の状況を鑑みて背負って登ることにした。荷重は極限まで削っているわけだし、体力は充分だ。それに、今回唯一の山頂に登るのだから、きちんと装備した姿で登ろうと思ったのだ。

 ここ一ノ越から雄山までのルートは、昨年は下った道だが今回は登りだ。急勾配の岩場である。ストックは収納したまま、手を使って登っていった。

 あっという間に、少し前に小屋を出発した団体に追い付いた。総勢二十名ほどの年配の団体である。あえぎあえぎ登ってほとんど止まっているから、渋滞を起こしていた。私は彼らの傍らの岩場をよじ登って、一気に抜き去った。

 そのような感じで、雄山までの道は随所で渋滞していたが、私は彼らの通行ルートに追随することなく、無視してその傍らをぐんぐん登っていった。総じて若者の方が、岩場をがむしゃらに進んでへばっていたと思う。彼らを抜いていくのだが、道というか岩場はどこでも登ることができたから、彼らを妨げたり危険にさらしたりすることもなく、ただ自分の進路を定めて直登した。そんな登り筋はいくつもあった。目前の登山者の行跡にとらわれることなく岩場を突き進むのは、とても楽しかった。

 やがて尾根が狭まってきて、傍らをすり抜けるのは危険だと思われる箇所があった。そこではさすがに渋滞の列の中に入って、ゆっくりと登った。気がつくと、頭がくらくらした。酸素不足だ。楽しさゆえに苦しさを感じなかったのだが、明らかに、高山域における典型的な症例だった。なるべく深く呼吸をするように努めた。

 ほとんど、雄山は俗化した登山だ。室堂から手軽に登ろうという大勢の中に、私のような登山者がいた。信仰の対象として、そういう山のあり方もあり得ると思ったが、実際にそこにいる人波の中に入ってしまうと、人それぞれの空気感がいつもの登山とはまるで違っていて、なんとなく変な気持ちだった。誰とも会話を交わさなかった。

 飯豊山を登る人たちは――などという話し声が下から聞こえてきて、渋滞の後尾にいる私に追い付こうとしていた。何を話していたのか覚えていないが、しきりと山に関する話をしている若い男性と、それを聞いている年配女性のペアだった。年齢差から見てガイドだろうかと思い、渋滞が遅々と進んで行く中で、聞くとはなしに聞いていたが、少々耳障りなほど、彼は脈絡ない話題を次々と連ね、知識をひけらかして話していた。

 彼らの会話を耳に入れないようにして、いよいよ高くなった位置から南東方面を望んだ。その方面も、雲によっていくつものピークが隠されていたが、折しも槍ヶ岳の絶頂が雲を破って、その姿を見せたところだった。

 あそこに槍があるということは、手前の雲の中に水晶岳と鷲羽岳があるのだと思った。私はいま一ノ越から雄山へと向いているが、その反対側の進路は、五色ヶ原を経て薬師岳に至る稜線だ。薬師岳は大きく姿を見せている。わずか二ヵ月前の縦走が、しみじみと思い出された。しみじみという感覚になるのはきっとこの曇天のせいだろう。昨年も同じ山並みを、晴天下でもっとはっきり見ているはずなのに、そこに横たわる山々に思い出という色づけが加わったことで、まるで違った山に見えた。

 ふと、あの山はなんですかと問われた。振り向くとさっきのガイドだ。私は驚いて、槍ヶ岳だと教えてやった。彼は礼も言わずに、あれが槍ヶ岳だとすると、ああだこうだ、と独り言を言い出した。下の中年女性とは間隔が空いていた。私はその状況を見て、ああ、彼はガイドでもなんでもなくて、単に独り言を言い続けていたのだと、そこで合点した。それにしても、あの槍のシルエットを見まがうはずもないのだが、と少々呆れた。いや、視力の問題で見えていないのか、あるいは全く違う地図が頭の中にあったせいで槍ヶ岳など思いもよらなかったのだろうか。

 渋滞を抜けると山頂がぐんと近くなった。相変わらず頭がくらくらしていて、ともすると平衡感覚を失いそうだった。こんな岩場だから、少し注意しなくてはならない。そんな状態だったが、とにかく面白いし元気だから、がむしゃらに登っていった。

 雄山の山頂に着いた。二度目の山頂だから昨年ほどではなかったものの、やはり嬉しかった。突端の展望台からは薬師岳へ連なる稜線がよく見えた。ザラ峠などを経て行く長い縦走路だ。いつかそこを歩いてみたいと思った。南東の槍ヶ岳は、あいにくわずかに雲に隠れてしまっていた。北の剱岳も雲の中で、眺望はあまり良くなかった。それでも、雲は遠くの山々のピーク辺りにわずかにまとわりついているだけで、立山周囲の視界はよくきいていた。眼下の室堂のカルデラ地形は色とりどりの紅葉で彩られて、たいへん美しかった。

 だが私の最大の関心事は、東側直下に見える黒部湖だった。正面にずらりと並ぶ後立山連峰の山々と、この立山カルデラとを深く切断している黒部の峡谷。曇天のせいで鈍い鉛色を見せている黒部湖。あそこから二日間をかけて、今は見えない深い谷へさらに歩いてゆくのだ。それにそこは、今いる地点から実に千六百メートルも下にある。稜線の縦走とはまったく違う世界である。まずはその落差を克服しなければ、その入口に立つことすらできないのだ。私は、そんなつらい行程をまざまざと見せつけられて、身が引き締まった。


挿絵(By みてみん)

 (雄山山頂からの眺め。雲をまといつつも、正面に遠く槍ヶ岳と、右方に薬師岳が見える。しかし目的地は左はるか下方の黒部谷だ)

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