心を殺した婚約者は、全てを捨てて生まれ変わる
※途中で視点が変わります。
先日、私の婚約者が死んだ。
私の名前はエドガー・ハウライト。ハウライト王国の王太子である。
婚約者はベアトリーゼ。アクアオーラ公爵家の長女で、紺色の髪にアクアマリンのような瞳、涼し気な印象の美しい女性だった。10歳で婚約をし約8年、お互いに切磋琢磨し円満な関係を築いていたと思う。
事が起こったのは先日の夜会だった。
陛下方が外遊中のため、私の仕切りで行われていた夜会。その最中、ある一角で騒ぎが起こった。
何事かと行ってみれば、空のワイングラスを持ち、茫然と立ち尽くす我が婚約者のベアトリーゼ。
向かいには、ワインまみれのドレスで座り込み、母親に慰められるベアトリーゼの異母妹のマリーゼ。公爵はマリーゼの前に立ち、ベアトリーゼを責めている。
ベアトリーゼは何を言われているか理解できていない様に見えるが、小さく謝罪の言葉を繰り返している。
周りは遠巻きに見つつヒソヒソと話しながら扇で隠した口元に嘲笑を浮かべている。明らかに異様な空間となっている場所へ私は突き進んだ。
「この騒ぎは何事だ」
「エドガー様!」
「……殿下…」
私の声に、座り込み泣いていた筈の顔を上げ、マリーゼがベアトリーゼとは全く違う金髪翠瞳の甘い顔立ちに喜色を浮かべる。対照的にベアトリーゼは血の気の引いた顔をこちらに見せる。
「騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありません。家族の事と言え、ベアトリーゼがマリーゼに対して腹に据えかねる行いをしたものですから…」
「エドガー様っ、お姉様が…っ」
公爵が私に頭を下げ簡単な経緯を話すが、内容は簡単に受け入れられない。マリーゼは公爵の話を無視し、私に手を伸ばしてくる。
それを無視し、私はベアトリーゼと向かい合い、顔を覗き込む。
「………そうか。……ベアトリーゼ? 大丈夫かい?」
「はっ、はい。大丈夫です、殿下。……申し訳ございません」
私と視線が合うと、ベアトリーゼはハッと我に返った様に見えた。しかし、顔色が悪すぎる。ベアトリーゼが震える手で持ち続けていたグラスを受け取ると、会場を後にする様誘導する。
「顔色が悪い。客室で少し休むと良い」
「はい……。ありがとうございます」
近くに居た衛兵に声をかけ、ベアトリーゼをいつも使っている客室へと案内させる。私は主催だからこの場を一緒に離れる訳にはいかない。
本当ならば共に下がり、落ち着かせてやりたいのだが、こればかりは仕方がない。陛下の名代としてこの場を収めるのが先だ。
「それで公爵。君達には別室で話を聞こう。先に応接室に行っているといい」
「畏まりました」
「では、アクアオーラ公爵の案内を。それと、マリーゼ嬢の着替えも頼む」
「はっ」
公爵一家の案内と着替えの手配を頼み、私は騒ぎの収拾に全力を尽くした。
公爵一家との話を要約すると、マリーゼがベアトリーゼに常日頃から嫌がらせを受けており、今回も些細な口喧嘩からドレスにワインをかけるに至った。妹を虐げる様な者では王妃など務まらない。これを機にベアトリーゼからマリーゼに婚約者を変える様、陛下に進言するつもりだという。
だいぶ頭に血が上っている様で今冷静に話は出来ないだろうからと、陛下が戻った後に再度話し合いを持つと約束をして一度屋敷へ戻らせた。
ベアトリーゼとも顔を合わせると言い合いになるかもしれないから、王宮で暫く預かる事を伝えると、あからさまにマリーゼ嬢が顔を曇らせ、
『お姉様と私を離すのが目的であれば、私が王宮に残ります!』
と、訳の分からない事を言い出した。婚約者とそうでない者、どちらを王宮で保護するかなんて考えるまでもない事。
それにどう見てもベアトリーゼ対家族の構図が分かり切っているのに、そんな場所に戻せる筈が無い。
辛うじて顔には出さず、両親と共に居れる方が君には安心だろうと下がらせた。
以前から気になっていたが、マリーゼの私への態度はおかし過ぎる。距離感が近すぎるし、態度が気安過ぎるのだ。
両親から婚約者変更と言われその気になっているのかもしれないが、彼女に王妃は荷が重過ぎる。勉学面にしても所作にしてもベアトリーゼとは天地の差がある。本当に半分同じ血が流れているのか疑問に思う程だ。
本当に下らない話で、時間の無駄だった。
湯あみで汚れと疲れを落とし、部屋着に着替えた私はベアトリーゼの元へと向かった。
もっと早く向かいたかったが、公爵との話が長くなり過ぎた。
もしかしたらもう休んでいるかもしれないが、可能であれば一度顔を見ておきたい。先程の顔色の悪さが気にかかる。
いつもベアトリーゼが使っている客室に着いたが、外に護衛が居ない。嫌な思いに駆られ、強めにドアをノックするも、中から何の反応も無い。
「ベアトリーゼ、開けるぞ!」
ドアを蹴破る勢いで開けると、中は暗く冷えていた。
どこにも使った形跡も無く、誰かが居た気配すら無い。
「誰か!! 人を集めよ!!」
「はっ!」
背中を駆け上がる悪寒を押し殺し、私に付いてきた近衛に指示を出し、集められるだけの衛兵、侍女を集める。
「ベアトリーゼが居ない! 夜会会場を出た後の足取りを追え! 城内をくまなく探せ!!」
「「「はっ!!」」」
私も衛兵たちでは探しにくいような場所を中心に探し回るが、何処にも見当たらない。焦りが募り、思考が纏まらない。
途中で合流した侍従に一度私室に戻り、報告を待つべきと進言され受け入れる。
そうして私室に戻ると同時に探索を命じた衛兵の一人が息を切らせ駆け込んできた。
「ベッ、ベアトリーゼ様がっ、地下牢でお亡くなりになっております!!」
「……………は…?」
あまりにも理解不能な言葉に、思考が止まる。
ベアトリーゼが、地下牢で、亡くなった?
「殿下っ!」
「…っ! 直ぐ案内せよ!!」
「はっ!」
侍従からの声に、思考が戻ってくる。
ありえない。ベアトリーゼが死ぬなんてありえない。
きっと何かの間違いに違いない。
それに、地下牢なんてベアトリーゼ最も似合わない場所ではないか。
飛び込んできた衛兵に先導させ、速足でその場に向かう。
「こちらです、殿下!」
「ベアトリーゼ!!」
指し示された地下牢に飛び込むと、口から血を流し、会場を後にした時よりも更に青白い顔で横たわるベアトリーゼが居た。
「ベ…アトリー…ゼ…? そんな所で寝ていてはダメだ…」
ベアトリーゼの脇に膝をつき、震える手で頬に触れる。
……今まで感じた事の無い冷たさに頭の芯から痺れが走る。
「こ…んなに…冷たくなっているではないか……。さあ、一緒に部屋に戻ろう…」
そっと抱き上げようとする手を、脇から止められる。
「……何だ」
「もう……亡くなられております」
ベアトリーゼを抱き上げようとする手をやんわりと近衛に止められ、不快感が隠せない。
「だから何だ。ずっとベアトリーゼを地下牢に置いておけとでも言うつもりか?!」
「いえ……私共が教会へお連れします」
死人を触らせたくない様な言動に、理解は出来る。しかし、こればかりは譲れない。
「ならん。私が運ぶのだ。ベアトリーゼを他の男に任せられない。……任せたが故に、こんな事に……」
「殿下……」
近衛の手を払い、ベアトリーゼを抱き上げる。
立ち上がり、踵を返し声を張る。
「今夜の牢屋番は誰だ!! 前へ出よ!!」
「はっはいっ!!」
驚き、転がる様に飛び出してきた牢屋番は、私の前で膝を付き、顔を俯かせて震えている。
「何故、ここにベアトリーゼが居る? 誰が連れてきた?」
「あっ……その……」
聞かねばならん事を端的に問う。……しかし、言葉を紡ぎ出せない者に苛立ちが募る。
「はっきりと申せ!!」
「はいっ! 本日は地下牢に繋がれている者はおらず、差し入れの飲み物を飲んだ所、その後の記憶が無く……気付いた時にはベアトリーゼ様が亡くなっていると騒ぎになっておりまして……」
牢屋番の話に、茫然とする。
「………何も、見ておらぬ……と?」
「はいっ! 申し訳ございません!!」
口から零れた言葉に対し、牢屋番は額を床に擦りつける様にして謝罪の言葉を述べる。
「その言葉を鵜呑みにする事は出来ぬ。差し入れとそれを持ってきた者についても詳しく聞かせて貰う。……連れて行け」
「わたっ、私は何もっ!!」
仮に話が本当だとしても、鵜呑みには出来ない。
本気で焦っている牢屋番はこれ以上の事は知らないのかもしれない。けれど、ほんの少しの情報でも欲しい。ベアトリーゼがこうなってしまった原因を知りたい。
「知っている事を包み隠さず全て話せばよいのだ。……少し手荒になっても構わぬ。全て吐かせよ」
「……はっ」
牢屋番への声掛けの後、近衛に小声で指示を出す。
どんな小さい情報でも良い。全て話してもらう。
「部屋に戻る。侍医を手配せよ」
「畏まりました」
侍従へ指示を出し、そのまま集まっていた衛兵にも指示を出す。
「残りの者は、ベアトリーゼが夜会会場を出た後の足取りを追い、痕跡を探せ。衛兵と共に移動したはずだ。会場に居た衛兵を全て確認、不穏な者は全て拘束し、拷問してでも全て吐かせろ!!」
「はっ!」
一斉に散った衛兵を横目に、抱き上げたベアトリーゼに視線を移す。
「さ、ベアトリーゼ。こんな汚い所は君に似合わない。私の部屋へ行こう……」
優しくベアトリーゼに話しかけ、ゆっくりと私室へと向かう。
その後私室で侍医により、ベアトリーゼの死亡が再度確認された。
ベアトリーゼの脇に落ちていたグラスから毒物も確認され、それを飲んだ事が原因の死亡とだという。
ベアトリーゼを会場からエスコートした衛兵は、王都から出る直前で捕らえる事ができた。
牢屋番に面通しをさせた所、差し入れを持ってきた男とも一致。差し入れには睡眠薬が混入されていた事も分かった。
その衛兵には少し手こずらされたが、色々な話を聞く事が出来た。
……証言の場に出せぬ程の見目になる前に、全て話してくれて助かった。
悪い予想は当たり、アクアオーラ公爵からの指示によるものだった。
そこまでにベアトリーゼが邪魔だったのか?
マリーゼを私の妃にしたかったのか?
どれにしても、私からベアトリーゼを奪った事には変わりない。
アクアオーラ公爵には、ベアトリーゼの死を悼む為という名目で自宅での謹慎を申し渡す。逃げださぬ様、私の兵を屋敷の周りに潜ませる事も忘れない。
その間に、アクアオーラ公爵家の裏を探る。
ベアトリーゼが不遇の扱いを受けている事は薄々感づいていた為、少しずつ探らせてはいた。私と婚姻し、王宮へ上がった後に追及をしようと思っていたのが甘かった。
今までの情報に加えて更に裏を探ると、後妻の実家を含めて不穏な繋がりが色々と出てきた。人身売買や違法薬物の販売、外国への情報流出まで行っていた。
ベアトリーゼの性格では受け入れられない事ばかりだ。
……知られる前に口を封じ、後釜に全てを知っているマリーゼを宛がい、王妃とその親族という権力を使いつつ私を、果てはこの国を欺こうとした、という事だな。…………つくづく虚仮にしてくれる。
陛下の帰国を待ちつつ、裁判の準備を整える。
帰路を急ぐ陛下へ都度使いを送り、私が起こそうとしている裁判の内容、求める処罰についても陛下へと報告し、了承を得る。
間もなく陛下が帰ってくる。
公爵一家は残り少ない日をゆっくりと過ごすと良い――。
―――あれから3週間が経ち、本日処刑が行われる。
娘殺しの他、諸々の悪事が暴かれた公爵一家は連座で処刑となる。公爵は断頭台に送られ、後妻とマリーゼは毒杯を頂く。その毒はベアトリーゼの命を奪った物と同じにした。同じ苦しみを味わうと良い。
他、公爵に協力していた貴族達も色々な処罰を受け、貴族の勢力図が書き換えられる程だが、そんな事はどうでも良い。
何をしてもベアトリーゼが戻ってくる事は無い。
私はきっとどこかの国の王女と婚姻を結ぶ事になるのだろう。
……荒れた国内から選ぶのは危険すぎる。
でも、私はベアトリーゼを忘れない。
私の心の中でベアトリーゼは生き続けるのだから。
ああ、弔いの鐘が鳴る。
処刑が開始される。
ベアトリーゼ、君の仇は取れたかな…?
◇◆◇◆◇◆◇
処刑の合図である、弔いの鐘が鳴る。
王都を見下ろす丘に、紺色の髪を靡かせて立つ女性が一人。
頬を一筋、涙が滑り落ちる。
「ベアトリーゼ様……大丈夫ですか?」
「ええ……大丈夫です、バーナード先生」
後ろから控えめにかかった声に涙を拭い、微笑んで振り返る。
「もう、先生はやめてくださいよ」
「それなら、わたくしへの様付けもやめて下さい」
先生と言われた男性、バーナードは苦笑いで頭をかく。
それに対し、ベアトリーゼも笑い柔らかい空気が流れる。
「これで、良かったんですか?」
「……ええ。わたくしでは止められませんでしたから…」
処刑場での歓声が遠くから聞こえてくる。
きっと公爵の首が落とされたのだろう。
ベアトリーゼは公爵達のしていた事に気付いてはいた。しかし、父を告発する事も出来ず、後妻からは事ある毎に折檻を受け、異母妹には厳しい言葉で詰られ続けた。……逆らう気力は奪われ続け、自分を取り繕うのが精一杯だった。
「殿下は貴女を大切にしていた様に見えましたが…」
「そうですね……愛はあったと思います」
バーナードの言葉に、ベアトリーゼ軽く俯き嗤う。
「では…」
「でも、どこか歪んだものでした。わたくしを自分の思い通りに動かそうというか…全てを管理したい様な、枠から外れる事を嫌う様な…」
「………」
「殿下がわたくしの外見と能力を愛しているのは確かです。……しかし、わたくしの自我の部分は必要とされていないと感じていました。少しでも殿下の望まぬ言動をすれば、洗脳するかの様に注意をされていましたから…」
エドガーのベアトリーゼに対する感情は、ある種の執着に感じられた。
ベアトリーゼの身につける物や交流する人、行動に関しても自分の望み通りにならないと気が済まないのだ。
エドガーの選んだドレスを纏い、エドガーの望み通りの言動をする。
人形として優秀であっても、それはベアトリーゼではない。
「だから……」
「ええ。泣いていたのを見られたのは、先生が初めてでしたわ」
屋敷で安息は与えられず、エドガーからも過度な理想を押し付けられる。
家族と王太子故に通う必要の無いエドガーから離れられる学園だけが、ベアトリーゼにとって唯一、呼吸の出来る場所だった。
人があまり来ない裏庭のベンチで、一人静かに涙を流している所をバーナードに見られてしまったのだ。
「あの時の貴女はすごく追い詰められていた様に感じました。……あんなに静かに泣く人を、放っておく事は出来ませんから」
「ありがとうございます。先生のお陰で……救われました」
ベアトリーゼは思ったよりも弱っていたのか、バーナードに心の内を溢してしまった。
家族のしている事、もしかしたら命を狙われる可能性がある事。
追い詰められて、どうしていいのか分からない事……。
優しく話を聞いてくれ、一緒に考えようと言ってくれたバーナードに、ベアトリーゼは救われたのだ。
「いいえ。こちらこそ救われました。……お恥ずかしながら、自分の存在意義というものが揺らいでいた時期でもありましたから」
「先生は素晴らしい能力をお持ちです。もっと誇って良いと思います!」
「いいのですよ。庶子の王弟など、皆に忘れられる位の方が良いんです。……そうやって生きてきたんです。でなければ、身分を隠して学園で救護医などしませんよ」
バーナードも王弟という自分の身分に悩んでいた。
兄弟仲が悪い訳では無い。むしろ年の離れた異母兄は気にかけてくれていると思う。けれど、自分の感情が追いつかない。元々平民として暮らしていた所に、王宮からの迎えが来た。母とは既に死に別れ、一人で生きていける様にと頑張っている最中の出来事だった。
父と名乗る先代陛下。兄だからとかまってくる当時の王太子。
どうにも受け入れられない現実だった。
学園に通う様になり、周りの目や声が気になり始めた。
貴族の付き合いに引っ張り出される事が嫌だった。
この国から逃げ出す様に留学を決め、卒業後も研究を理由に暫く帰ってこなかった。
しかし、先代の崩御と兄の即位に合わせ帰国命令が出され、しぶしぶ戻ってくる事になった。その時点、ほんの短い期間でも王位継承権第一位という地位は本当に息が詰まるものだった。
その後暫くは王宮で暮らしていたが、甥のエドガーが順調に成長した8歳の頃、王位継承権の放棄を申し出、領地無し子爵として学園での救護医の職に就いた。
社交界へは顔を出さず、貴族との接触も極力避けた。顔も何もかも忘れ去って欲しかったのだ。
臣下に下った後も、周りの目を気にして生きる自分に価値が見いだせなくなっている時に、偶然ベアトリーゼの心を知った。
「でも、わたくしはそのお陰で助けて頂きました。死ぬ所を助けて貰えたんです」
ほんの少し拗ねた様に言うベアトリーゼに、バーナードの頬がゆるむ。
「まさか、この国から…陛下から遠ざかる為に留学して、偶然身につけた錬金術がこんな事に役立つとは思いませんでした」
「本当に先生の錬金術は素晴らしいです。わたくしそっくりの死体を作り上げるなんて…」
現実逃避に選んだ錬金術という学問は、バーナードにとても合うものであった。
どれだけ学んでも底の見えない錬金術は、現実逃避にはうってつけだったが、まさか自分でも人を救う事が出来るとは思ってもみなかった。
「見た目と重さだけですよ。中身までは作れませんので、解剖をしない国で助かりました。まあ、仮にそれができたとしても殿下が許さなかったでしょうけれど」
「その点では有難かったですわ」
この国は土葬であり、約半年かけてゆっくりと形が崩れる様に細工しておいた。家族は死に、婚約者は王族故に手を出せない。墓を暴かれる心配も無い為、バレる事は無いだろう。
「しかし、あの仮死状態になる薬を…私をよく信じて下さいました」
「それは……信じたかったから、でしょうか。……わたくしの話を親身になって聞いてくれたのは、この国で先生だけ…でしたから。先生を信じて死ぬのであれば、良いかな…と」
陛下方の居ない夜会で何かされるかもしれない、と相談を受けた時にはほんの少し、まさか、と思った。
だが、念には念を入れ、二日間仮死状態になる薬を持たせた。刃物による殺害も考えられたが、毒の方が可能性が高かったからだ。
もし万が一何かを飲まされそうになったら、これにすり替えて飲む様に、と。死亡を確認され、教会に安置された後であれば、バーナードの作った死体との入れ替えもどうにか可能になる。
そう思っての事だったが、そのまま死ぬ事も視野にいれていたとは思わなかった。バーナードは複雑な気分になる。
「今はちゃんと生きる気力があると?」
「ええ。仮死状態から戻り、産まれ直した気分です」
エドガーの私室から教会に安置された後バーナードは、王族しか知らぬ道を通りベアトリーゼと、作った死体を入れ替えた。
自分の隠れ家に連れ帰り、蘇生。その後リハビリを重ね、ベアトリーゼが元の様に動ける様になったのは1週間前だ。
裁判の結果や処刑について知った時には落ち込んでいたが、今のベアトリーゼにはどこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいる。
「それは良かった。これから旅立ちですか?」
「はい。隣国の叔母が受け入れてくれる事になっていますので、そろそろ向かおうと思います」
ベアトリーゼの実母は隣国から嫁いできた。
そこには叔母がおり、養子にする事も視野に入れてベアトリーゼを受け入れてくれる事になっている。こちらでは死んだ事になっているのに、面倒をかけると恐縮していたベアトリーゼに叔母は気にするなと言ってくれた。
「そうですか……では、私も同行しても? 一人旅は危ないですから」
「えっ? でも、先生には仕事が……」
「辞職してきました。陛下にも暫く国を離れる旨の手紙を送り付けましたので、大丈夫ですよ。……ですから、先生呼びはもうやめて下さいね」
「え…だって……」
さも当たり前の様に、荷物を見せるバーナードにベアトリーゼは驚きを隠せない。
職を辞してまで自分について来るなんて何を考えているのかと、ベアトリーゼの頭は疑問符でいっぱいになる。
「最初は助けなければという思いだけが先走っていました。けれど、貴女を知れば知るほど、離れ難くなった。傍に居たい、笑っている顔をみたいと思う様になりました。貴女を愛しています。……私に、貴女を口説く権利を与えて下さいませんか? ベアトリーゼ」
「は……その……」
荷物を下ろし、ベアトリーゼの前に膝をついたバーナードは、ニッコリ笑いベアトリーゼの手を取り、指先にキスをする。
突然の告白にベアトリーゼの顔は真っ赤に染まる。うまく言葉が出てこない。
「今すぐに告白の返事が欲しい訳ではありません。でも、貴女の行く所に私もついて行きますからね。よろしくお願いします」
「こちらこそ……よろしくお願いします……バーナード様…」
割と…いや、かなり強引なバーナードに若干引きながらも、嫌と思えないベアトリーゼはつい諾を返してしまう。
「様は、いらないですよ?」
「……善処します……」
本当の二人になれる旅路は、これから始まる――。
※バーナードが留学した先は、グリンシア王国だったりします。