第五話「本家」
人や動物は、生まれたときに名前を付けられる。
それが当たり前なことであり、そうされないものなどいないだろう。
ただ、それにも例外がある。
そう、名前を付けてくれる人がいなかった場合だ。
なぜ、私には名前がないのだろう? と、何度も疑問を抱いた。
その疑問に答えてくれる人などいなかった。
ただ、そういう決まりらしい。
名付け親には、意味がある。
生みの親達からはこう言われた。
一生を支えてもらえる人に名前を付けてもらえ、と。
どこか、普通と違う。それが家の家系である。
いつの頃からか、社家を護衛することを命じられるようになり、戦闘技術等を学ぶようになった。
戦争が終わるまで、この命が終わることはない。
私の存在理由は、社神の護衛と共に名前を付けてくれる人を探すことだ。
だから早く、偽りの名を捨てて、自分の名前が欲しいと思うのである。
現在の私の仮の名前は――
「もうすぐで着くよ、ゆきな」
窓の外を眺めながら、社神は声をかけてきた。
工藤ゆきな、それが今現在の私の仮の名前である
その名前を使っているのは、神さんの護衛の為、常に傍に居る必要がある。
そのためには、クラスメイトの誰かと入れ替わることになる。
転校生として行かなかったのは、自分の名前がないからである。
まあ、神さんの家の隣に住みついた場合のみ、名前が変わるが、それ以外では『工藤ゆきな』として過ごしている。
ちなみに、入れ替わった本物の工藤ゆきなの家はどうなっているかは、いつか話すとしよう。
そして現在
学校の創立記念日と土日がつながっているため、今は三連休になっている。
それを利用して、社家の本家、つまり社神の父親の実家に行くことにした。
そこに、社戦争などの記録が残っているので、調べものの為に行くわけである。
「それにしても、父さんの実家に記録があるってことは、父さんも戦争について知っているのかな?」
「それはわかりませんね、ただ本人に関係のないことは話していないと思いますが……」
現在は神さんと二人、電車で向かっている。
ちなみに、私は前にも行ったことがある。そこで戦争のことを聞かされたのだ。
「いつぶりだろうなぁ、正月に来た時以来かな」
「神さんは、あまりご両親のご実家に行かれないのですか?」
「うん、まあ。たぶん、たいていの人はそうだと思うよ」
という事は、話がしたくてもできなかったのだろう。
戦争について知っているのは、社喜美子さんと社拓郎さんぐらい。つまりは、神さんの祖父祖母に当たる人である。
「十七歳になってからは、初めてですか?」
「ん、そうだな。まさか、こんなことで、ここに来ることになるとは、思いもしなかったよ」
うんざりしたような顔で神は溜息を吐く。
ここに来るのが嫌だという感じだ。
「あまり、ここが好きではないんですか?」
「……なんか、苦手なんだよね。特にばあちゃんが」
「厳しそうですが、結構いい人だと思いますけど」
「まあ、何て言うかね。悪い人だとは思ってないよ、ただ雰囲気とかがさ、気疲れしそうで」
堅苦しいのは苦手だ、と言いながら、歩くペースをあげる。
行くなら早く行って、さっさと済ませようとしているようだ。
社家は、駅の近くにあるバス停からバスに乗り、三十分くらいで目的地付近に着く。
そこから歩き、五〜六分で着く場所にある。
現在歩いているのは、電車から降りて、バス停に向かっている途中だ。
都会とは違い、自然だらけのこの場所はずいぶん静かだった。
邪魔な人混みもないし、空気がきれいで、将来はこういうところに住んでみたいとも思う。
ここまで来るのは正直大変で、午前中に出発したのに、今ではもう日が沈みかけていた。
「何か、行くだけでだるいんだけど……」
「まあそう言わずに、明後日までに帰ればいいのですから、疲れはとれると思いますよ」
「そういや、連絡ってしてあるのか?」
「はい、昨日私の方から連絡しました。バスで行くと言ったので、お迎えはありませんが」
「……呼ぼうよ、そこは」
「何を贅沢言っているんですか。こちらの都合でお邪魔するというのに」
神は大きく伸びをした。長時間電車に乗っていたためか、少し疲れてしまった。
ずっと座っているのも、楽ではない。やはり身体を動かさないと、眠気が襲ってくる。
バス停に到着したものの、一向に来る気配がない。
さっきまでの青空が、今では夕日でオレンジ色になっている。
はあ、とひとつ溜息を吐いて、ベンチに座る。
「……座らないの?」
ゆきなはずっと立っていた。座る気配はない。
「はい、私はずっと歩いていたら座りたい、ずっと座っていたら立っていたい、という感じですので」
「あ、そう」
聞く前に理由も説明されたので、何も言うことがなくなってしまった。
それから少しして、ようやく来たバスに乗り、目的地に着いたのはそれから三十分後のことだった。
「ふぁ〜あ、もう眠いんだけど」
「まだ到着したばかりじゃないですか、大変なのはここからですよ」
社家は、普通の家とそう変わらない。金持ちとかそういうのではなく、ごく普通の一般家庭だ。
隣の家とは少し離れているため、敷地が多少広めだ。
呼び鈴を鳴らし、中から人が出てくるのを待つこと三分。
もう一度鳴らし、待つこと五分。
「いくらなんでもおかしいだろ。居ないんじゃないのか?」
「……そんなはずは。もしかしたら、倉の方かもしれません」
「倉ぁ? なんだってそんなとこに。つうか全員そこってことか?」
倉は、家の反対側にある。
使わなくなったモノとかを仕舞っているらしい。らしいというのは、見たことがなく、話に聞いただけだからだ。
「待たせてすまないね。ちょっと、立て込んでてね、出るのが遅くなってしまったよ」
そう言いながら、家の扉を開けて、中から四十代くらいのおじさんが出てきた。
社 幸太、父さんの弟にあたる人だ。
「ああ、いえ。幸太おじさん、こんにちわ」
「こんにちわ。久し振りだね、それに正月以外では初めてかな」
「はは、そう……ですね」
そんな苦笑している俺の隣で、ゆきなはぺこりとお辞儀をして
「お久しぶりです、幸太様」
「……ふ、君は相変わらずだね。『様』なんか付けなくてもいいよ。今は、ええと名前はなんていうんだい?」
「工藤ゆきなです」
あれ? 今の会話、どこかおかしい。
「ゆきなちゃんか、ではそう呼ぶとしよう」
そう言って、扉を全開にし、「どうぞ」と中へ招いてくれる。
そんな幸太おじさんに、俺は質問してみる。
「『今は』って、どういう意味ですか?」
「ん? ああ、彼女は会うたびに、名前が違うんだよ。ま、今回はしばらく『工藤ゆきな』として過ごすだろうけど」
「ゆきなの本名で呼べば?」
その発言に、おじさんは困った顔で「ええと」と考え込む。
そこにゆきな本人が
「私には、名前がないんです。だから今は『工藤ゆきな』と呼んでください」
表情はいつも通りの笑顔、でもどこか、悲しそうにも感じられたような気がした。
玄関から、ばあちゃんが居る部屋は少し離れていて、まっすぐ歩いて廊下の突き当たりを左に曲がって、三つくらい部屋を通り過ぎたところにある部屋だ。
家の一番奥にある部屋だと思えばいい。
まず、おじさんが部屋に入り、それから俺とゆきなが部屋に入った。
その部屋には、爺ちゃん婆ちゃん、そして今入った幸太おじさんと俺とゆきなの五人。
部屋には何もなく、客間のような感じでもあるが、ここが一応婆ちゃんの部屋だ。
爺ちゃん婆ちゃんの二人は、静かに正座していて、目を閉じていた。
「お母さん、神くんたちが来たよ」
おじさんがそう声をかけ、婆ちゃんの目が開いた。
優しそうな雰囲気はあまりなく、厳しそうな人だ、というのが俺の印象だ。
だからこそ、目つきが怖く感じたりもする。
「よぉ来たのぉ。神、それに沙里菜」
え? 沙里菜って、誰?
そんな疑問を浮かべているとゆきなが
「今は『工藤ゆきな』という名前です」
「おぉそうか、いやすまん、前の名前で呼んでしまった」
「……いえ」
さっきゆきなは、自分には名前がないと言った。
その言葉の意味は分からないが、呼び名を共通のものにしているのだと思っていたのだが……。
「それでゆきな、神には戦争のことはどの辺まで話した?」
「簡単に説明しただけですが、本人には、狙われているという自覚は出てきたと思います。一度戦闘しましたから」
「……そうか、それでワシに聞きたいこととは、なんじゃ?」
ゆきなが正座なものだから、つい自分まで正座で座ってしまった。
長時間の正座は、無理だと自覚しているんだけど……。
「社 喜一が、どんな人物だったのか。戦争を始めた張本人は誰か。それが聞きたいんです」
単刀直入に、真剣な表情で、ゆきなはそう発言した。
「……喜一という人物は、異性に好かれるという特殊な能力を利用して、手当たり次第に手を出していった男、というのが簡単な説明じゃ」
「そして、恨みをたくさん買い、戦争に至った、という話は聞いていますが、本当にただの悪人だったのですか?」
聞いただけだと、善人とは言えず、かと言って人殺しなどの罪人かと言われれば、それも違う。
最初は、自覚はなかったのではないか?
その能力に気付いた時、世界中の女性を自分のモノにしようと考えたんだ。
たぶん、そこからが狂ったのではないか?
喜一の行動は、どう考えたって、好かれるよりも嫌われることをしている。
だからこそ、引き起こしてしまった戦争。
『争奪戦』と言われていたが、実際はもっと違ったものでないのか。
恨みを持った人間を、好きで取り合うのではなく、嫌いだからこそ、自分で恨みを晴らしたいと考える女性が多かったのではないか。
いろいろなことを、頭の中で考えていると、婆ちゃんが喋り出す
「確かに、結果としてみれば、悪人だった。だが、途中経過で見れば、周囲の人間に好かれ、善人だったともいえる。どこかで狂ってしまったとしか言えぬな」
「それはやはり、戦争を引き起こした張本人と関係がある、ということですね?」
婆ちゃんはそこで黙り込み、何かを考えている様子だった。
「その張本人なんじゃが、未だ誰も知らないんじゃよ。当時戦争が起きた時は、誰がきっかけだ、などと考える者はおらんかったじゃろう」
「……戦争は今でも続いている。ということは、まだその犯人が生きているということですよね?」
その可能性はあると思う。しかし、確実ではない。
今でも恨みを抱いた連中が好き勝手暴れているだけかもしれないからだ。
……いや待て。
なぜ戦争は、俺が十七歳になったら戦争が始まるんだ?
別に未成年には変わりはないし、いちいちそんなこと気にする必要はないわけだ。
だったら、十六歳、いや生まれた時にでも襲えば、苦労はしないはずだ。
ただ単に、十七歳になるまで俺の存在は知らなかったとか?
それなら、なんで知ることができたんだ? 知ってたけど、十七歳まで待っていた?
それだと、意味がわからない。待つ必要はないはず。
やっぱり、今回のことも、仕組んだ奴が居る、ということで間違いはないと思う。
「その可能性は十分にあるじゃろう。犯人の目的は不明じゃがな」
「当時も、あまり目立ったことはせず、裏で何かやっていた可能性もあるんじゃないですか?」
「それだと、情報が少ないな。犯人が動くまで、どうしようもないかのぉ」
「喜美子様でも、どうにもできないんですか?」
「……できる限りのことはやってみよう。今は何とも言えんがの」
「……わかりました。それでは、この家にある戦争の記録書を見せていただいてもかまいませんか?」
「おお、おお、好きなだけみんしゃい。それも目的の一つじゃろ」
ゆきなは、「ありがとうございます」とお礼を言って立ち上がった。
そして俺に「行きましょう」と手を差し伸べてくれるのだが……
「あの……どうかしましたか?」
「あ、あのさぁゆきな。俺……今、とても苦しいんだ」
「え!? 今まで黙っていたのは、具合が悪かったからなんですか! 大変です、すぐに病院に行きましょう!」
「ぁ……いゃ、病院に行く必要は、ない。つうか動けない」
「大丈夫です! 私がおぶっていきますから」
「だから、そういうことじゃなくてね。……足が」
「……攣ったのですか?」
「……痺れた」
それから移動したのは、十分後だった。




