第三話「後悔」
生まれたときから、私は一人ぼっちだった。
周りに、知り合いなんていやしなかった。
ただ、生きていくためには何とかしなければならなかった。
それがたとえ、泥棒と言われようが、周りから仲間外れにされようが
私は、最初から一人なんだと開き直って、生きていた。
年齢的に大人になった頃、一人の青年に出会った。
とても優しくて、みんなから好かれていた。
最初こそ、相手にはしなかった。でもそいつは、あまりにもしつこかった。
そんなある日、私はいつものように盗みに入った。
働けるものなら、働きたかった。しかし、どこも雇ってくれないし、相手にもされなかった。
お金がなくては、何も買うことができない。
だから、盗みをして、食糧を調達する。時には川で魚をとったり、山でキノコを食べたりもした。
それでも、やっぱり肉というものは、食べてみたかった。
この辺一帯には、この町の王と名乗る偉そうなやつが仕切っていたから
豚や牛など、獣を捕まえることも許されなかった。
野生のものは、発見次第捕らえられ、調教し、使えなくなったら食べる。
農民の連中にも、買う権利というものが与えられていたが、あまりに高額なため
ほとんどの者が、食べることができなかった。
許されていたのは、低額の鳥の肉だけだった。
だから私は、盗みに入った。
金はないが、食ってしまえばこっちのものだと思っていた。
途中までは良かった。しかし、最後が甘かった。
見事に捕まった私は、王の怒りを買い、刑が下されるまで、牢に入れられることになった。
そこで私は、死を覚悟していた。
冷たい牢獄の中で死んでいく。今までしてきたことを思えば、当然だと思った。
天上高くに、鉄格子があり、そこから外の光が入ってきていた。
そして私は、公開処刑になり、皆の目の前で殺されることになった。
今までの償いか、そう思うと、私は不思議とその結果を受け入れることができた。
長年盗みを働いて、最後は皆の前で殺される。
最初から最後まで、幸せだったと思えることはひとつもなかった。
後ろ手にロープを結び付けられ、見張りの者が数人私を囲んで、死刑所まで連れて行く。
皆が私のことを見ている。
知り合いなど一人もいない。それだからか、気がいくらか楽に感じられた。
今度生まれてくるときは、もう少しマシであるように、と心の中で願う。
その時だったか、いつだったかに、しつこく私に話しかけてきた青年が元気よく手を振っていた。
何を馬鹿な。あいつは、私がこれから死ぬということをわかっているのか?
それとも、知った上で、笑っているのか。見送りなのか、「ざまあみろ」と馬鹿にしたように笑っているのか。
どちらでもいいか。もう死ぬんだし。
私は、静かに目を閉じて、処刑の瞬間を待った。
どのくらい時間が経ったのか、何も起こらなかった。
不思議に感じたから、目をあけることにした。もしかしたら、開けた瞬間に処刑されるのかな、などと思ったが、目を大きく開ける。
その光景に驚いた。
青年が、私の目の前に居たのだ。
何が何だかわからなかった。
結果的に言えば、その青年は私を処刑の場から助け出してくれた。
そして、町から出て、二人で暮さないかと、いきなり言われた。
死を覚悟していた私は、もうどうにでもなれといった感じだったので、OKを出した。
その時に気づくべきだったのか、話がうまくいきすぎていた事に、なんの疑問を抱かなかった。
簡単にいえば、その男に金どころか、行くあてもなかったってことだろう。
特別目立った行動はせず、私同様に盗みを働くか、騙した女の家に転がり込んだりしていたらしい。
ようは、その男もあの町には居られなくなってしまったってことだ。
私を連れ出した理由はただ一つ。
私を売る為だったのだ。
奴隷だろうがなんだろうが、飽きるまで好きに使ってくれってことだ。
それからの私の人生は、あそこで処刑されていた方がマシだと思えるほどの苦痛を与えられ続けた。
逃げ出そうとすれば、お仕置きだと言って、扱いが更にひどくなった。
もう耐えられなくなった頃、私は捨てられた。
ようは飽きられたってことだ。
ボロ雑巾のように捨てられたところに
再びあの男が現れた。
そして、解放されたのもつかの間、再び売られ、奴隷人生が始まった。
それを繰り返された揚句に、売っても大した金にならなくなったからと言って
人体を売ろうと考えだした。
精神的にも何もかもが限界だった。
ここまで酷いやつだとは思わなかった。
そう思った頃に、同じくこの男を恨む女性たちが、戦争を起こしてくれた。
その隙に、逃げることに成功した私は、黒魔術をしているという女に出会った。
私の人生の生きる目的は、あの男、名を社喜一への復讐のためだけになった。
黒魔術によって、契約をした私は、人間を捨てたのだった。
戦争が終了したころに、喜一が自殺したとの情報が入ってきた。
絶望的だった。
誰かが止めをさしたわけではない。
ただ、自分の周りに女が居なくなったからだと、わけのわからない理由で自殺しやがった。
それが許せなかった。
死の直前の私を、盗みなんかで死ぬなと言った男が、そんなくだらない理由で死んだ。
怒りがおさまらなかった。
人間を捨ててまで殺したかった相手はもう居ない。
だから私は待った。
そいつの、生まれ変わりというやつを。
突然の強風に耐えきれなくなったのか、身体が宙に浮かんでいき、飲み込まれた。
そして、身動きが取れなくなった時点で、走馬灯のように昔のことを思い出していた。
本当にくだらない人生だった。
恨みを晴らすことさえ許されなかった。
いったい、私という存在は何だったのだろう。
もう、どうでもよくなってきたな。
「そろそろ、遺言でも残しておいた方がいいんじゃないですか? 最後の機会ですよ」
下の方から、巫女の声が聞こえてくる。
そういや、こいつと戦ってたんだっけ。
そして、今はそいつの必殺技とかいうのをくらったってとこだな。
抵抗する意思なんかもうないさ。
殺るなら、早く殺ってくれ。
そう思った直後、札が近くまで飛んできた。
そして、勢いよく、光を放った。
「はは……。もう、おしまいか」
死を覚悟する。
そういや、アタシを妹のように扱ってくれた奴が居たな。
「遺言、ね。だったら、兄貴に一言。ごめん、かな」
光が身体全体を包み込む。
そして、アタシの意識は薄れていった。
最後に笑顔を見せて、涙をこぼしたのを、ゆきなは見逃さなかった。
理由は分からないが、人の命を奪おうとするほどの理由があったのは事実。
だからといって、社 神を殺させるわけにはいかない。
命を奪う行為は、虫であれなんであれ、気が進まなかった。
仕方のないこと、などと言っていても、心のどこかではもの凄い罪悪感というものはあった。
「これも、仕方のないこと……なのかな」
すべてが終わり、竜巻が収まったとき、身体が、降ってきた。
なんの抵抗もなく、まるで人形のように、無反応。
それはもう、魂の抜け殻のような状態だった。
工藤ゆきな(仮名)は、それから眼を背けようとした。
しかし、それはするべきではないと考え、倒れている少女の傍まで歩み寄る。
ところどころに傷が見られるが、大きな外傷と呼べるものはない。
本気でやっていれば、跡形もなく無くなっているだろう。
形がある、ということは、少なからず手加減をした、ということだ。
「殺すのに、手加減も何もないですよね」
ぽつりと呟いたその言葉は、社神の耳にまで聞こえてきた。
戦いが終了したと思い、少しずつ近づいていたから、なのだが。
「……殺したの、か?」
状況を見れば、予想はつく、だが確認のために尋ねる。
自分の命を狙ってきたから、殺す。
そんなことが許されるわけがない。
話し合いで済むのなら、そうしたかった。
何を今更、と思うだろう。話し合うつもりなら、始めからそうしていれば良かったのだ。
「…………」
何も答えない。まるで、殺したということを肯定するかのようだ。
「何か、こっちが悪者みたいですよね。いや、そうなのかもしれませんね」
顔の表情は見えない。
震える声で、言葉を続ける
「私の目的は、あくまで神さんを護ること。相手を殺せ、殺すなとは言われてませんけど……」
ぽつり、と涙がこぼれる。
「どっちが、正義も悪もないですよね。結局のところ、私には後悔というものが、残ってしまいました。彼女の涙を見てしまったせいで」
そっとしゃがんで、倒れている少女の顔を撫でる。
無反応なのが、更に悲しいという感情が溢れてくる。
社喜一という男は、どういう人間だったのかを考える。
たくさんの女性から恨まれる人間。
戦争を起こすまでの、だ。
やっぱり、かなりの悪人だったのかな。
「どうにか、ならないかな」
独り言のように呟いた一言に、ゆきなは反応した。
「……何が、ですか? この状況を、どうにか隠したい、ばれないようにしたい、ってことですか?」
「……違う。その娘を、今からでも助けられないかな、って」
「……一度死んだ人間を、生き返らせることなんかできません。当たり前のことじゃないですか」
それはそうだ。できたら、悲しむことなんか何もない。
わかっている。それは、叶わない夢物語だって。
「その娘から、離れなさい」
「「!?」」
突然聞こえてきた声に、二人して反応する。
その声の主は、校舎へと続く入口の上に立っていた。
「あなたは、誰ですか?」
「…………」
そいつは答えない。
無言のまま近づいてくる。
黒い布で全身を覆い、怪しい雰囲気を感じさせるやつだった。
声だけ聞くと、女性のような感じだ。
「これで失礼するわ。邪魔したわね」
倒れている少女を抱き抱え、黒い布の女は立ち去ろうとする。
「その娘を、どうするつもりですか?」
その背中にゆきなが声をかける。
「あなたこそ、どうしようとしていたのかしら? ただ眺めているだけなら、私が連れて行っても、問題ないわよね」
そう言って、再び歩き出す。
その背中にかける言葉など、何もなかった。
「なあ、こんな闘い、まだ続くんだよな?」
ゆきなは空を見上げながら、
「この戦いを始めた人を探しましょう。原因は喜一でも戦争を始めた張本人は、別の人のはずです」
どこか、決意の固まった表情で、そう宣言した。
「そう、だな。こんなことを、あまり繰り返したくはないしな」
恨まれる理由も、できるなら知りたい。
喜一という人物が、どういう人だったかもだ。
「……そろそろ、戻りましょう。授業、抜けだして来てしまいましたしね」
二人で教室に向かう。
このとき、まだ思いもしなかった。
このあとに起こる、ある出来事のことなど。




