第一話「出会いと戦いの始まり」
かつて、異性にモテまくっていた男がいた。
しかし、あまりの浮気癖があったせいか、恨みを抱く者もいた。
要は、その男がいろいろ手を出しすぎたのが原因である。
その男が死んで、長い年月が経過したころ
その男の生まれ変わった、赤ん坊が生まれてきた。
当然、過去のことなど知っているものは、この時代には存在しなかった。
一部を除いては――
物語は、生まれ変わりの少年が、17歳になったところから始まる。
その日は雨が降っていた。
朝には晴れており、天気予報も、ずっと晴れているようなことを言っていた。
学校からの帰り道、登校時に使っていた自転車を学校に置いてバスで帰ろうと思った。
しかし、何分みんな同じ考えの為、かなりの満員となっていた。
下校ラッシュに、完全に遅れてしまった、社 神は、仕方なく走って帰ることにした。
「……どっかで、雨宿りしたほうがいいかな」
最初こそ、雨は降っていたものの、それほど強くもないので、多少濡れても平気な人なら、気にすることでもなかった。
それなのに、雨は弱まるどころか、逆に強くなってきてしまっている。
「……あれ?」
いつもの通学路、普段自転車を使っているから、この道は毎日のように通る。
しかし、ちょうど家と学校の中間地点らへんに、小さな小屋があった。
この小屋を見るのは、今が初めてだった。
確か、ここには、小屋じゃなくて、神社だったような……。
不審に思いながらも、なんとか雨宿りができるスペースは存在していたので、そこに避難することにした。
もはや土砂降りと言っていいほどの、強い雨と風に嫌気をさしながらも、びしょ濡れになってしまった体を、なんとかしたかった。
ビショビショの服を着ているほど、気持ちの悪いことはない。
「こりゃ、もう濡れるのを気にしてるレベルじゃねえな」
ここまで濡れてしまったんだ。
気にせず、さっさと家に向かった方がいいよな。
そう思い、駆け出そうとしたところで、小屋の扉が開いた。
「水も滴るいい男発見」
意味がわからなかった。
扉の隙間から顔を出したのは、身長はちょい低めの、黒くて長い髪の巫女服のような格好をした、女性だった。
「そこにいると、風邪をひくと思いますよ?」
「ええまあ、今から走って帰ろうかと」
普通に受け答えをしてる自分がいた。
「よろしければ、このボロ小屋の中に入りませんか? 温かいものを出しますよ」
優しそうな眼に、意外に親切な人だった。
意外と言っては失礼かもしれないが。
「……いいんですか?」
女性は、そっと微笑み
「ええ、ダメならこんなこと言いませんよ」
とても奇麗な女性だった。
言われるまま、小屋に入れてもらう。
それほど広いとは言えず、例えるなら山小屋みたいなものだ。
暖炉のそばに椅子が二つ、そして暖炉はメラメラと火が燃えていた。
「これで、濡れた体を拭いてください。あと、そのままだと寒いでしょうから、この大きめの毛布を渡しますので、服を脱いでください」
言われて素直に受け取る。
今まで、他人にここまで親切にされたのは、初めてのことだった。
田舎の人間は優しく、都会の人間は他人に冷たい、と勝手に思っていたけど
中には、こういう人も居るんだな……。
「ココアですけど、構いませんか?」
「はい、ありがとうございます」
「いえいえ、困った時は助け合うものですよ」
なんていい人だ。なぜか感動している自分がいた。
「家は、この辺なんですか?」
空いている椅子に腰を下ろしながら、巫女服の女性は聞いてきた。
「えと、そんなに遠くはないんですが、ここから、歩いて20分くらいですかね」
「それじゃ、もう少しゆっくりできますね。雨が止むまでくつろいでいってください」
ニッコリと微笑み、ココアを飲む。
そういえば、この人はここに住んでいるのだろうか?
「ここには、一人で暮しているんですか?」
「いえ、ここには、二人で暮しているんですよ」
「へえ、旦那さんとですか?」
「私まだ17ですよ?」
相変わらず、即答で笑顔で返事をしてくれていたが、今の質問に対しての笑顔は、怖かった。
「あ、えと、すいません」
「いえいえ、たまーに間違われるんですよ。たまーに。ふふふ」
怒っているような気がしたので、別の話題にしてみる。
「ここに小屋があるなんて、さっき知ったんですけど、いつ頃から住んでいるんですか?」
「ずいぶん昔からですよ。お気づきになりませんでしたか?」
あれ……。もしかして、神社だと思っていたのが、実はこの小屋って。
ありえない、よな。大きさが違うし。
「ずっと、ここに神社があるものだと思っていたので……」
「…………」
あれ? 黙り込んじゃった。
そんなに変なこと、言ったのかな……?
まあ、小屋を神社だと思っていたなんて、馬鹿としか――
「あなた、もしかして、社 神さんですか?」
「え? あ、はい……」
何をいきなり、というか、何で名前を知っているんだ?
巫女服の女性は、何か考え事をしている。
「まずいですわ。いつまでもじっとしていられませんね」
「はい?」
「すぐにここを離れた方がいいです。ここの土地は危ない!」
何を言っているんだ、この人は。
意味がわからない。さっきはゆっくりして行けと言っていたのに。
今は危ないから、ここから離れろって、どういうことだ?
「まさか、社さんにいきなり会えるなんて……運がいいんだか悪いんだか」
「あ、あのぉ、俺…何かしましたか?」
「いえ、あなた自身は何も。ただ、しつこい連中から見れば、絶好の標的となるでしょう」
い、意味がわからねえ……。
突然壊れ出したぞ、この人。
「気づかれる前に、避難しないと……」
「だーもう! 何がどうしたって言うんですか! やっぱり、俺が何かしたんでしょう?」
「詳しい説明をしている暇はありません! また後ほど、時間があれば説明します」
も、もう、ついていけねえ……。
「こんな時にユウったら、どこ行ってるんだか……」
勢いよく立ちあがり、周囲を見回す巫女さん。
そして、何かを確認したのか、こちらに視線を移す。
「まだ大丈夫のようです。今のうちに逃げましょう」
「さっきから、何を言っているのかわからないんだけど。逃げるってなんで?」
「何者かが、あなたの命を狙っているからです」
――――はい?
「ぷ、ははははははは! 何の冗談ですかっ! 俺を嫌いな人は、どこかにいるだろうけど、命を狙ってくるやつなんていないでしょうに」
「冗談ではありません」
「何で、そんなことがわかるんですか?」
根本的な質問をする。
初めて出会った人が、俺の事情を知るはずがない。
第一、今まで何もなかったのだ。それがいきなり、命を狙われているから逃げろ、なんて誰が信じるというのだ。
「……仕方ありません。今、説明するしかないようですね」
巫女さんは、床に正座をして、俺の目を真剣な顔で見る。
「今から、だいぶ昔の話になります。あなたの前世の話ですね」
「俺の、前世?」
前世の話が、なぜ出てくるのかはわからないが、それがここから逃げるという理由につながるというのなら、ためしに聞いてみるのもいいかもしれない。
それを信じる信じないに限らず。
「かつて、社 喜一という男がいました」
社、ということは、俺の先祖に当たる人なのだろうか。
確か、聞いたことがあるかもしれない。
「その男は、当時いろいろな女性に好かれていました。逆に男性からは嫌われていたようですが」
女たらし、ということか?
「しかし、いくら女性に好かれていたとはいえ、独占欲の強い人たちにしてみれば、他の女など相手にしてほしくない、そう思っていたでしょう」
いったん区切り、目を閉じる。
「そう言いだした女性が一人出てくれば、そう思う女性が増えていきました。しかし、喜一は、そんなのお構いなしに今まで通り付き合っていこうと言いました。まあ、納得されなかった女性が、大多数のようでしたが」
言っていて、嫌になったのか、手に力を入れている。
小刻みに体が揺れているのが、何よりの証拠かもしれない。
「そこから始まったのが、『第一次、社争奪戦争』です」
「なに、その戦争!?」
第一次ってことは……
「もちろん、二次戦争もありました。くだらない戦争です」
「まあ、くだらないわな」
何やってんだよ、ご先祖さん。
「戦争は3年と続き、決着がつく頃には、ほとんどの女性が、喜一を嫌いになっていました」
「なにその結末!? 3年も戦争しておきながら、結局嫌いになって終わったって……」
ほんとにくだらないぞ、そんな戦争。
歴史に残るわけは、ないわな。
「喜一さんの最後は、『女がいないのなら、死ぬ』、と言って、自害しました」
「なんで、そんなにくだらないんだ、うちの先祖。それが本当だったら、嫌だな」
「いえ、事実です。社家の歴代の記録にも記されています。疑うのでしたら、ご確認を」
俺でも知らないのに、そんなのがあると、なぜしっているんだよ。
「えーと、あなたは、家の家系とどういう関係?」
「代々、お仕えしていますね。陰ながらですが」
「お仕えの人がつくほど、家はそんなに凄くないよ?」
再び、真剣な眼差しで俺をみる。
「今話した通り、戦争を始めた、張本人の家系ですので、それ以降、あなたの家系は狙われています」
「何やってくれてるんだよ、先祖さんよぉ」
「大丈夫です。そのために、私たちがいるのです」
そんなこと言われても、いまいちピンとこない。
そんな歴代の記録書というのが、本当にあるかどうかは、確認するとして
本当だった場合、家の家族は全員狙われている、ということですかね。
「いえ、今回はあなただけです」
「え? 何で」
「喜一の生まれ変わりだからです」
「なに!? つうか、どこでそんなのがわかるんだよ」
敬語を忘れて、叫ぶ俺。まあ、同い年だから、平気かな。
「喜一には、はっきりとした特徴がありました。それが、異性を引き寄せるフェロモンはもちろんのこと、首筋にほくろが二つ、覚えのない傷痕もあるはずです。お尻に」
フェロモン?
「そんなフェロモンなんて……」
普通じゃありえないほどの、男子より女子の友達の多さ。
何もしていないのに、バレンタインでもそれなりに貰っていたり……
「…………」
「心当たりは、あるようですね」
「フェロモンのおかげで、できた友達だってことか」
「大方、きっかけはそうですが、後は、あなたの女性に対する優しさではないでしょうか」
……なんとも言えない気分だった。
そのフェロモンがなかった場合、女子の友達など、一人もできなかっただろう。
なんでこんなに、女子と仲良くできていたのか、ようやくわかったような気がした。
「そんなわけで、過去からの因縁、と言うんでしょうか。とにかく、17歳となった時点で、あなたは一人の男として認められ、命を狙ってもかまわない状態になっています」
「俺の人権、完全無視だな、おい」
「第四次、社抹殺戦争の始まりです」
「抹殺!? 争奪戦よりやばいだろ」
第四次って、いつまで続くんだー!
とか言っても、無駄なんだろうな……。
「それで、あなたをお守りするために、朝方ここに来たのですが」
「ずいぶん前から住んでるって言ってたよね?」
「はい、神社をつぶして住んでいるのですから、一般人には、昔からここに小屋があった、と思い込ませる必要があったのです」
「やっぱり、俺の記憶は正しかったってことだよな」
「はい、ですから、術に全く影響がないのは、社神さんか、あなたを狙う刺客か私たちくらいです」
「ここに住んでる、もう一人の人?」
「そうです」
うーん、なんだろうな、信じていいのか?
一応、話は分からなくはないし、嘘を言っているようにも見えないし。
「で、ここの土地が危ないってのは?」
「もともと、ここに張っていた刺客がいたわけです。一応追っ払ったのですが、あなたがここにいるとなると、連中の縄張りみたいなものですし、気付かれて、戻って来られてもこちらとしても困るんですよ」
ここが襲われれば、小屋が壊れて、住む場所がなくなる、ということか。
「……わかったよ。まだ半信半疑だけど、とりあえず、ここから出ればいいんだろ?」
「ごめんなさい、別の場所でなら、戦闘になってもかまわないのですが……」
「誰だって、家を失いたくはないでしょ。気にする必要はないよ。もう、雨も止んでるみたいだし」
外を見てみれば、もう雨は降っていなかった。
帰るのなら、今のうちだろう。
「そんじゃ、お邪魔しました」
「いつでも、お守りしていますので、気にせず今まで通りの生活をしてくださいね」
「そうするよ」
言って歩き出す。
言い忘れていたが、服はちゃんと乾かして着ている。
どこかスースーするのは、気のせいだろうか……?
「見つけたわよ! 社!」
聞いて、その声の主の方を見るのに、時間がかかっていた。
俺の視界に、そいつが入って来た時には、すでに攻撃態勢に入っていたのだ。
「危ない!」
対抗するように、巫女さんがお札か何かを取り出していた。
それに、何かぶつぶつと唱えてから、その札を投げた。
「くっ」
バチィッ
見事に俺の目の前に出てきた札は、攻撃してくる敵の攻撃を見事にはじいた。
「くそ! まだいたのか、巫女の女」
「あたしがいる限り、神さんには手出しさせません!」
次に取り出したのは、日本刀だった。
巫女さんはそれを構えると、刃先を刺客に向けた。
「護衛役ってことか。なら、先にあんたを始末してやるよ!」
刺客の女は、いわゆる、九の一のような格好をしていた。
日本刀の巫女さんに対し、短剣とクナイが武器のようだ。
「神さん、下がっていてください!」
「は、はい」
向かってくる刺客に対抗して、敵に向かっていった。
金属がぶつかり合う音が響き、二人は互いに背中を向ける感じで止まっている。
切りあいで、よくここでどちらかが倒れるのは、アニメや時代劇とかでも見かける。
「はっ!」
「ふっ!」
そんなすぐに決着がつくわけがなく、振り返り、再び向かっていく二人。
金属音が鳴り響く。
二人の実力差は、それほどないように思える。
それは、素人目線で言えばの話だ。
「ぅぐっ!」
先に折れたのは、刺客の方だった。
「あんたに、手加減は無用のようね」
そう言って何かを取り出す九の一。
筒……?
「これで、おしまいよ!」
言ってこっちに投げる。
「!? 逃げて、神さん!」
反応したのは、遅かったのかもしれない。
だってほら、もう筒は地面に付きそうだもの……。
何が起こるのかは、わからない。
でも、危険なことだってのは、なんとなく予想がついた。
「はぁっ」
巫女さんは、素早く札を投げて、それをはじく。
はじかれた筒はそのまま、地面を転がる。
爆発か何かが起こると思い、身を引く俺。
しかし、その筒は何も起こらなかった。
巫女さんも不審に思ったのか、その筒を眺めていた。
そして気づく。それは、ただの筒であると、それが囮であることを。
「かはっ」
気付いた時には、遅かった。
敵から視線を外した時点で、罠にかかっていたのだ。
ほんの数秒のことなのに、それが何分にも何十分にも思えるほどだった。
明らかな隙だらけ、絶好のチャンスだった。
見事に背中に短剣による攻撃を受けた巫女さんは、衝撃で前のめりに倒れる。
背中に切り傷がくっきりとついていた。
血が諾々と流れて、見るからに重傷だった。
「あっ……」
そして、俺も気づく、巫女さんが倒れた時点で、敵の標的は俺に移っていたことを。
元から狙いは、俺一人。巫女さんへの攻撃は、邪魔者排除のため。
続けざまに、攻撃を仕掛けてくる敵から、逃れる術などない。
ただの一般人にすぎない俺には、達人のような動きをする奴の相手などできるわけがない。
むろん、素早い動きなど、することも、見ることもできない。
「ぐっ!?」
血が周辺に飛び散る。
ただ、その血は俺のではなかった。
「……言いましたよね? し、神さんには、手出しさせない、とっ!」
痛みを堪える、震える声で
巫女さんは、握っていた日本刀で、思いっきり、刺客の足を斬りつけていた。
距離が少し離れていたから、深く斬ったわけではない。
しかし、それでもその傷は、足に力が入らないくらいの激痛を与えるには十分だった。
「ちぃっ」
いきなり、バランスを崩した刺客は、先ほどの巫女さん同様、前のめりに倒れる。
なんとか、斬られていない方の足で、片膝を着くことで耐えた。
すぐに立ち上がり、斬られていない左足で体を支えながら、後を振り返る。
巫女さんもなんとか立ち上がり、刀を構える。
背中に受けた傷は、思ったよりも深いものではない。油断したとはいえ、一応何らかの防御はした。
それでも、激痛が身体全体に伝わり、立っているのも辛い感じでもある。
お互いに一撃。
普通の人間ならば、即刻救急車を呼んで、病院に行くほどの傷だ。
平気で戦っていられるはずがない。
だがそれは、命のやり取りをする者達にとって、関係のないこと。
どちらかが倒れるまで、終わらないってのは、フィクションではよくある話だ。
ましてや、戦う理由が、戦争にまでなった理由が
社喜一という男を恨むがための戦い。
それに命をかける意味があるというのだろうか?
その男本人が死んでからも続いているらしいが、それに何の意味が?
晴らせなかった恨みを、その男の家族、孫やひ孫で晴らして何になる。
そんな理由、納得できない。できるはずがない。
臆病な人間の考えかもしれないが、こんな闘いなど起こしてほしくなんかない。巻き込まないでほしい。
自分を守るために戦い、傷つく女性を黙って見ていろと?
正直、何がなんだかわからないし、恐怖で足がガクガクと震えて、硬直してしまっている。
「やめろよ……」
それでも、体は動かないが、震える声で、言うことはできる。
「もう、やめろよ、こんな闘い……」
理由はどうあれ、戦争にまでなったのには、他に何かの原因があるはずだ。
そんなことは、当然わかるわけがない、意味もわからない奴が口出しして止まるのなら、とっくに戦争など納まっている。
どんな戦争だったか知らないが、それが無意味だったとは、口が裂けても言えないが、
ひとつだけ、言えるとしたら、
「こんな、人目の付く所で戦闘なんかするんじゃねぇえええぇえ!!」
叫んだのは、俺ではない。はず。
二人が一斉にこっちを見る。「ナンダ?」と、怖い目つきで睨んでくる。
神に誓って言います。今言ったのは私、社神ではございません!
「ったく! やるんなら、もう少し場所を考えろ、ボケ」
俺の背後、いや、小屋の屋根の上に、着物を着た男が立っていた。
「邪魔するんじゃないよ! 兄貴っ」
「おまっ……人の忠告は聞くもんだぜ! だいたい、怪我してるじゃねえかっ」
ビシッと、刺客として来た女性(年齢不明)の足を指差しながら叫ぶ男。
「こんなの大したことねえよ!」
「何を言うか! 年頃の娘にそんな傷なんかつけるもんじゃねえよ! 即刻帰って治療するぞ!」
屋根から勢いよく飛び降りる。
その衝撃で、屋根から「バキッ」という音が聞こえたのは気のせいだろうか。
そして、兄貴と呼ばれた男は、その妹? の手を取り、帰ろうとする。
「ちょっと、お待ちなさい」
そこへ、巫女さんが歩み寄る。
「悪ぃな。このまま帰らせてもらうぜ、あんたも早く傷の手当をするんだな」
それじゃ、と立ち去ろうとして――
「そういうことじゃないのよ。そちらの娘は、今はどうでもいいんです」
「はい?」
「あなた、今屋根を壊したわよね? 直していくか、修理代をだしてもらえないかしら」
顔はあくまで笑顔で、ただし内面の怒りは抑え切れておらず、俺の目からでもわかった。
「ああ、いや……うん。すまなかった! では」
そそくさと、二人の姿が消えた。
「待ちなさい!」
ああ、だんだん巫女さんの印象が変わってくる。
決して、悪い人ではない。ということだけはわかったけど。
まあ、助けてもらったわけだし
「ありがとう」
その言葉が聞こえたのか、先ほど二人がいたところを恨めしそうに睨めつけていたが、こちらに振り返って
「困った時は、お互い様ですから」
最初に出会った時と同じ笑顔で、ニコリと微笑む。
本格的に困るのは、これからなのかもしれない。
実際に敵が来たわけだから、さっきの話を信じるしかないだろう。
第四次、社抹殺戦争。
それまでの経緯など知らないが、これから命を狙われるということだけは、理解したくはないが、するしかなかった。
――翌日
「あれ?」
自分の家の隣に、何やら見知らぬ家が建っていた。
自分の部屋から見た景色なのだが、明らかに、昨日までの家とは違う。
まさか……
「神! ちょっと来なさい」
突然部屋のドアが開き、母さんが血相を変えて入ってきた。
まさか、異変に気付いたのか。
「人様の家にパンツを忘れてくるって、どういうことよ!」
「はいぃ!?」
「母さんは、母さんは、あまりの悲しさで、涙も出てこないわ」
ええと、どういうことだ?
俺が、自分のパンツを、人の家に忘れてきたと?
おいおい、パンツを脱ぐ状況って、どんなだよ。
まだ、そんなっこと――
「あ」
言って気づく。確か昨日、土砂降りのような雨でびしょぬれになり、たまたま見かけた小屋で、巫女さんに休ませてもらって……
風邪をひくからと、服を脱いだんだった。
そして、
昨日、風呂にも入らず、帰ってきて着替えずに、そのまま寝たんだった。
「まあまあ、そうお気になさらずに」
母さんの後から、昨日の巫女さんが現れる。
「あ……」
「隣に住んでる、江藤です。覚えてませんか?」
普段、隣の人と会う機会など、ほとんどない。
会ったのは、ごみ出しのときか、最初に越してきた時だ。
確かに名前は、江藤。
また、入れ替わりやがったな。
それも、俺の護衛のためだとわかりつつも、今まで住んでいた、本当の江藤さんは? という疑問で、何も言えなかった。
「まあ、昨日お会いしましたし、覚えてますよ」
「あんたいったい、何をしたのよ!」
母さんと、面識はないのか?
それとも、術とやらで気づかないってだけか?
そんな疑問も抱きつつ、とりあえず母さんを落ち着かせなくては。
「今後とも、お隣同士、よろしくお願いしますね。社さん」
ニコリと微笑んだ表情を見て
「こ、こちらこそ」
と返す母さん。とりあえずは落ち着いたか?
「息子さんの体って、たくましいんですね」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからない母さん。
しかし、言われたことを理解し? 俺にものすごい顔で睨み付けてくる。
「あんた、やっぱり、何かしたんでしょ! 怒らないから、薄情なさいっ」
「いやっ、すでに怒ってるしぃっ、つうか、普通言わないでしょそんなことぉ!」
わざとに決まっている。素で言うはずがない!
ほら、笑ってるし!
戦争以前に、命がいくつあってももたない。そんな風に思えてしまう。
笑えない冗談は、やめてほしい。お願いだから。
そんなこんなで、お隣に巫女さんがやってきました。
何でって?
それは――
「小屋の屋根に穴が空いてしまいまして、修理するにもお金がありません。ですから、もとから出来ている、小屋より頑丈な家に住もうと考え、神さんの家の隣に住むことにしました。その方が護衛しやすいですし」
そういう訳で、俺の180度変わった日常は、幕を開けた。




