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7.歪みによる相違

「──へ?」


 思いもよらぬレオナルドの言葉に、自分の口からなんとも間抜けな声が出た。


 王子が、守る?私、を?


 混乱する私を余所に、レオナルドは続ける。


「私にできることがあればなんだってする。だからどうか私を頼ってほしい。···ハンナ」


 名を呼ばれ、鼓動が高鳴る。

 まっすぐに私を見つめる瞳に捕らえられ、目が離せない。



 しかし私には、この手を取る資格はない。



「···お心遣い誠にありがとうございます。けれど王子殿下、私にはあなた様のお手を煩わせるほどの価値はございません。王妃としての教養も、私より遥かに優れているご令嬢は数多くいらっしゃいます」


 一呼吸置き、覚悟して次の言葉を紡ごうと口を開く。


「ですので──」

「王子殿下?」


 私が言うのを遮り、さも不愉快といったような顔付きでレオナルドが言葉を重ねた。


「···え?」

「ハンナ、私の名はなんという?」


 真意を測りかねる突然の問いに戸惑う。


「レ、レオナルド様です」

「ああそうだな。私のことはレオと呼ぶといい」


 捲し立てるような勢いに圧倒されつつも、その名を呼ぶ。


「······レオ様?」

「ああ」


 それでいい。と微笑すると、レオナルドはその手をふわりと私の頭の上へと乗せた。


 驚きと困惑に言おうとしていた言葉が飲み込まれる。

 そうして結局この日は最後までレオナルドに何も告げられぬまま、茶の席は幕を閉じたのだった。



* * * * *



 疲れた──


 自室へと戻った瞬間急激な疲労感に襲われる。


 すぐにでも混乱する思考を眠りへと委ねてしまいたい衝動に駆られるが、そんな自分の頬を両手で一度叩き、気を起こす。



 今日のことを振り替えると、一つだけ確かなことがあった。


 それは、レオナルドに対して焦がれる想いが消え去っていたということだ。


 彼を一目見た瞬間こそ鼓動が早まるのを感じてはいたが、恋のそれとはまた別物で、過去において自分の全てだった人が目の前に現れた動揺といった方が正しい。



 こうにも簡単に失せるくらいの気持ちだったのか。

 そう思うと、自分がいかに滑稽で愚かだったことか。



 それにしても──


 レオナルドの言動には、少々違和感を覚えた。

 

 元々常に冷静で、己の腹の内を誰にも見せることはなく、王子という立場からか人と深く関わることを避けていたようだった。

 しかし今日の彼はどうだろう。突然守るなどと宣誓してきたかと思えば、名を呼ばないことへの不満を露にし、名を呼べば笑みを浮かべて触れてくるなんて。


 腹の内がわからないということ以外、私が知っているレオナルドではない。


 そこでふと思い出す。

 そういえば、前にルーカスが歪み云々と呟いたことがあったような。

 確かにレオナルドの言動以外にも、巻き戻った時間の中で過去と異なる点がいくつかあったことから、もしかするとそのせいなのかもしれない。



『そこで納得してしまうのですか、姫···。まあ、奴の自業自得ということですね』


「──っ!······あなたね···」


 一人腑に落ちていたところ突然かけられた声に驚いた私は、抗議の目で(ルーカス)を見やる。


「人の思考を勝手に読むのはやめて下さい」


『おや、怒ったお顔もまた愛らしい。しかしながら姫、勝手に読む、というのには少々語弊があります。意図的に読むというよりは、その部屋全ての思考が自動的に流れ込んでくるのですよ。私が留まった鏡であれば』


「この部屋の鏡に留まるのは意図的でしょう···」


 悪びれる様子もないような物言いに、これ以上の抗議は無駄だと諦める。それよりも──


「ねえルーカス、ここにいるってことは、私の考えていたこと聞いていたんでしょう?」


『ええ。姫が戻られた時から』


「それなら、今私があなたに聞こうとしていること、何かわかるわよね?」


 さすがに最初からいたとは思わなかったが、ルーカスにはいくつか聞きたいことがあった。


『そうですね···。王子は姫に興味をお持ちであられるようですよ』


「茶化さないで。そんなこと、一片たりとも聞こうと思ってないわ。そうじゃなくて──」


『冗談ですよ。そのように真っ赤にされて···姫はからかいがいがありますね』


 ルーカスは、こういう性格だったのか。紳士的な物言いとは裏腹に、実に質が悪い。


『まあそう睨まずに。姫は召喚の儀に起きた歪みのことをお聞きになりたいのでしょう』


 ようやくルーカスの口から出た本題に、神妙に頷く。しかし──


『···申し訳ありませんが、姫との誓約のため詳しいお話をすることはできません』


「なぜ?私との誓約であるなら、私に口外しても問題ないはずよ。最も、私にその記憶はないのだけれど···」


『いいえ。例えそれが当人であっても、口を割ることができない誓約なのです。万が一破った暁には、私は精霊として存在することができなくなり、この世から消滅します』


 ルーカスの言葉に、さっと血の気が引く。


 この世から消滅する──それは、私が身を持って体感したことである。どういうわけか今もこの世に存在し続けているけれど、死を目前にしたときの恐怖は今でも忘れることはない。まさかそんな誓約を課されていたなんて。



「······ごめんなさい」


『貴方のせいではありませんよ。そのような悲しいお顔、可愛い姫には似合いません』


 こんなときでもからかうような口調のルーカスだが、一瞬の間の後とんでもない爆弾が彼の口から落とされる。



『ただ一つだけ言えることは、時間を巻き戻したのは私であるということです』

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