5.王との謁見
窓から差し込む日の光に、落ちていた暗闇から呼び覚まされる。
「······?ここは···」
おもむろに体を起こすと、そこは自室のベッドの上だった。どうやら私は眠ってしまっていたらしい。恐らく朝まで。そう理解すると同時に、急速に血の気が引いていくのを感じた。
今日は、王との謁見──王子と対面する日だからだ。
どうしてだろう。私には眠っている余地などなかったはずなのに。そう疑問視したところではっと思い出す。
昨日の記憶は、鏡の精だと名乗るルーカスなる者と会話をしたところで途切れている。思えばルーカスはこんなことを言っていた。
──私との対話は姫のお身体を介してのもの。これ以上お話することはあなたを壊しかねません──
と。つまり、ルーカスとの会話によって消耗した体は、自分の意思に反して休息を求めたということか。
ため息をつき、ひとまず鏡の方は見ないようにした。今更嘆こうが過ぎた時間は戻らない。それよりも、これからの時間を有効に活用することの方が賢明だ。幸いルーカスも、そんな私の気持ちを汲み取ってか声をかけてくることはない。しかしその考えは、思わぬ方面から打ち砕かれることになる。
ノックの音と共に現れた侍女たちの、熱の入った着せ替え劇により。
* * * * *
結局なんの対策も立てられぬままに、というよりは、対策を立てる時間など与えられぬまま城に到着してしまった。
侍女たちにより目まぐるしく行われる私の着替えと化粧の間や、フロイドが同席する物の味すらわからなくなる程の重い空気の中とる朝食の際は、もう諦めた。唯一馬車の中でなら、という自分の考えが甘かったことは、三歩前にいる彼を見れば一目瞭然だ。フロイドが共に来ることなど聞いていない。
しかしよく考えればこの国の宰相であり私の父でもあるフロイドが同席することは至極当然のことで。私は己の浅はかさを改めて痛感した。
そんな私に背を向けたままのフロイドから、追い討ちをかけるかのような言葉が投げられる。
「醜態を晒すなよ」
相変わらず感情が乗せられていない物言いには慣れたものの、その刃はいまだひどく突き刺さる。
「···善処します」
そう答えた私に一瞥もせず、フロイドは案内人に促された方向へ足早に進んでいってしまう。しかし今はそれに気をとられている場合ではない。私もフロイドの後ろに続き、足を速めた。
王との謁見の間へと着いた私は、玉座へと続く長いレッドカーペットの上で片膝をつき頭を垂れる。フロイドはというと、いつの間にか玉座へと上る階段に近い隅の方で既に控えていた。程なくして現れた王は、私に告げる。
「面をあげよ。堅苦しい挨拶は不要である」
その声にゆっくりと頭を上げ、王へと目線を向ける。瞬間目が合った王は、優しげに微笑むとこう問うてきた。
「本題の前にハンナ·ベイリーよ。昨日そなたが湖に落ちたという報告を受けたが、大事なかったか?そのようなときに呼び立ててしまいすまなかったな」
発言を許された私は即座に申す。
「私などのような者にそのような···身に余るお言葉でございます。全て私の不注意で起きたこと、面目次第もございません」
「よい、そのようにあまり畏まるでない。しかし年の割に随分としっかりしておるな。···フロイドよ、あまり痛め付けるでないぞ」
私が年齢の割に流暢に話すことができるのは、実際は今の歳より十も経験を積んでいるからである。確かにフロイドの存在も少なからず影響はしているが···私は王の思わぬ発言に少し驚いた。
「留意します」
フロイドの一言に苦笑する王は、ごほんと咳払いをして言葉を続ける。
「話が逸れてしまったが、今日呼び出したのは他でもない。ハンナ、愚息を紹介しよう」
入れ、と王が声をかけると扉が開き、その人物が現れる。
ドクン──と心臓が大きく脈打つのを感じた。
絹のような金色の髪は、短髪ながらウェーブがかっており、瞳はまるで宝石のような紫色をしている。幼いながらもその甘いマスクで年齢性別問わずに人々を魅了するだろう整った顔立ちをした少年。
私の胸が早鐘を打ち、じわりとその手に滲んだ汗を握る。
「レオナルド·ラードナーと言う。愚息ながら将来我が跡を継ぎ、国を担っていくことになる。ハンナ、そのときはこれを支えてやってくれ」
王に紹介されたレオナルドに見つめられた私は、言葉を発するのも忘れてその瞳を見つめ返していた。