18.内緒の話(2)
安堵する私を見てディーナは優しげに微笑む。
ルーカスからディーナついて聞いたときには恐怖心のようなものすら感じていたのだが。こうして話をしていると、あの黒い噂のことなど忘れてしまいそうになるくらい、ディーナは国母となるに相応しい心優しい王妃様にしか見えない。
だからと言って、表面だけを見てそれを鵜呑みにできるほど、ディーナに対する不信感が消えたわけではない。
噂の真相をこの目で確かめないことには容易く信用などできるはずもないのだから。
それに今はどうであれ、過去にフィオナが何者かに虐げられていたことは事実で。害をなした人物が特定されていない以上、今後同じ悲劇が起こり得る可能性は高い。そしてその犯人として一番疑わしかったのはディーナなのである。
そんなことを考えていた私に、ディーナは笑みを浮かべたままこんなことを問うてきた。
「本当はこんな空間にあなたを連れてくるつもりはなかったのだけれど、まさかレオナルド王子も一緒に来るだなんて。だって本人を目の前に聞くのも野暮でしょう?」
一体なんのことを言っているのだろう。レオナルドに関することは今までの会話の中で一つも出てこなかったはずなのだが。聞かれたら困るような話は確かにしていたかもしれないが、それはレオナルド以前の問題である。
「あの、それはどういう意味でしょうか」
「レオナルド王子のことを好きかって話よ」
「は······?」
なんとも突拍子もない質問に、思わず間抜けな声が出る。こんなところに連れてきてまで聞きたかったことがそれとは、ディーナの考えていることがいまいちよくわからない。
「それでどうなの?レオナルド王子のこと、どう思っているのかしら」
「そうですね······」
焦れたように返答を求めるディーナに圧され、自分の気持ちを確かめる。
私は、レオナルドのことを好ましく思っている。けれどそこにそれ以上の感情は存在しない。以前の私であれば、愛していると即答するほど彼のことを焦がれて止まなかったのだが。
だって私はあのとき誓ったのだ。もう誰のことも好きにはならないと。
「······お慕いしております」
だからと言って、仮にも王妃教育を受けている身で胸の内をばか正直に話すことなどできはしない。それも隣国の王妃であるディーナに打ち明けてしまったものなら、我が国の行く末に不安感を与えかねず、外交に支障を来す可能性も大いにあるからだ。
「うふふっ。やっぱり思っていた通りなのね。アーノルドから聞いたわよ、あなたたちが仲睦まじい様子だったってこと」
どちらとも取れるように告げた言葉は、どうやら恋慕うという意味で捉えられたようだ。誤解されてしまったレオナルドには申し訳なく思うが、自国の安寧のためとあれば許してもくれるだろう。
「安心して、このことは誰にも話さないでおくから。だからあなたも、ここで見聞きしたことは他言無用よ。二人だけの内緒話なんだから」
そう言って、ディーナは先程手にしていた扇子を取り出すとパッと開いた。
──刹那、黒い世界は消え去り、元の謁見の間へと戻っていた。普通なら、突然消えて突然現れた私とディーナに驚くはずのところを、皆何事もなかったかのようにしている。
今しがた目の前にいたはずのディーナも、最初に目にした姿と同じく扇子で口元を隠してアーノルドの隣に座っていた。
(こんなこと本当に有り得るのね······)
しかしそんな驚きは表には出さない。突然妙な素振りを見せれば、アーノルドとレオナルドに不審に思われるだろう。時を止められていた彼らには、私とディーナのやり取りなど知る由もないのだから。
そうして平成を装っていると、アーノルドが口を開いた。
「まさかこの私を差し置いて、ディーナに精霊様からお告げがあるとはな。王として我もまだまだだということよ。それにしても、精霊様はなぜディーナとハンナを会わせたかったのだろうな?」
そうだ。それについては私も気になっていたのである。正確にはアーノルドの疑問とは少し方向性は違うのだが。ルーカスはディーナへどのようなお告げをしたのだろうか。
「残念ながら、私にも精霊様のお望みはわかりません。彼女と会うようにというお言葉を賜っただけでしたので」
なんということだ。そんな雑なお告げがあっていいものなのだろうか。いくら問いただそうとも頑なにルーカスが口を割らなかったのはそのせいか。
しかしそれで他国のいち貴族を招いてしまうのだから、余程この国では精霊への信仰心が厚いものなのかもしれない。
「しかしながら私は思ったのです。心優しい精霊様は、私が毎晩娘に良い友人ができますようにとお祈りしておりましたのを、聞き届けて下さったのだと」
そう、そんな風に都合よく解釈してしまう程に······?
······今、ディーナはなんと言っただろうか。
「うむ······。そうか、そうかもしれぬな!」
ディーナの発言に同調したらしいアーノルドが興奮気味に訴えかけてくる。
「ハンナよ、我らからの頼みである!どうか我が娘であるフィオナ·スウィフトと友人になってはくれぬだろうか!!」
理由は先程ディーナから聞いたのと全く同じである。しかしそんなことよりも、国王に頭を下げられているこの状況に私の背筋が凍り付く。
「私にそのような······っ。頭をお上げ下さい!」
「ではこの頼み、聞き届けてもらえるのだな?」
アーノルドがにこやかな笑みを浮かべながら私へと問うてくる。ああ、そういうことか。もはや私には初めから拒否権など存在しないらしい。
「······私などでよろしければ、謹んでお受けいたします」
「それならこの国を発つ前に一度、フィオナの部屋を訪ねてはくれぬか?客人に足を運ばせてすまないが、声だけでもかけてやってほしい」
私の返答に満足げに頷いたアーノルドは、続けざまにそんな要求、もとい、決定事項を突きつけたのだった。




