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17.内緒の話(1)

 目の前に対峙する少女を、ただ呆然と眺めながら立ち尽くしていた。


 静寂に包まれる暗闇で美しく輝くのは、見紛うことなきフィオナだ。雪のように白い肌は黒い背景によってより一層映え、子犬のような大きな瞳に庇護欲を掻き立てられる。そんな可愛らしい容姿には似つかわしくない赤い唇は、彼女の存在感を際立たせているようだ。


 しかし目の前で起こったことに理解が追い付かない。


 (なぜディーナが、フィオナの姿に?)


 互いに口を開くことなくしばらく見つめ合っていたが、先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。


「あら、そんなに驚いて?魔法を使えば他人の姿に化けることもできるのよ。」


 彼女の口から聞こえてきた声は、ディーナのものだった。理由はわからないが、どうやら魔法で自らをフィオナの姿に変えているらしい。


「魔法ってすごいでしょう?確かあなたの国には存在しなかったのかしら。それなら無理もないわよね。こんなこと、信じられないでしょうから」


 だからと言って、なぜフィオナに化ける必要があるのだろうか。ディーナは私とフィオナの繋がりなど知らないはずなのに。少なくとも今は(・・)


「それとも他に何か驚くような理由でもあるのかしら。そうね、例えばこの人物のことを知っている······とか」


 予期せぬ言葉にひゅっと喉が鳴る。どうしてそんなことを。

 まさかディーナは知っているとでもいうのだろうか。私に起こった過去を、そして時を巻き戻して存在しているということを。


 (いいえ······そんなはず、ない。)


 ディーナとの面識など過去にはなかった。それにこんなことがなかったら、一生会うことはなかっただろう相手だ。いくら魔法が使えるからといって、他国のいち公爵令嬢である私をディーナがわざわざ詮索するとも思えない。


「······いえ、このお方については存じ上げません。何分魔法に触れることが初めてでありました故、少し驚いてしまいました」


 とはいえなぜそんなことを聞いたのかディーナの意図がわからない以上、下手な発言は控えるのが賢明だ。


「そうよね。おかしなことを聞いてごめんなさい」


 そう言って、小さな声で何かを呟いたかと思うと、一瞬の間に元のディーナへと姿を戻していた。


「今の姿はね、私の娘なの。本当の娘ではないことは、きっとあなたも知っていると思うけれど」


 フィオナはアーノルドと前王妃との間に生まれた子供だ。前王妃はフィオナを生んですぐに亡くなったと聞いている。程なくして王妃となったディーナは、いわばフィオナの継母にあたる存在なのである。


「けれどたとえ血の繋がりはなくとも、私にとっては実の子も同然なの。だって本当に可愛いのだもの。けれどね」


 途端にディーナは悲しそうな顔をする。娘は生まれつき病弱で、だからあまり会うことも叶わないのだと。


「外に出る機会も少ない分、気の知れたお友達もいないみたいなの。王女だからって理由で周りの子も気安く寄ることもできないのだろうし······。だからね、あなたみたいな素敵な子が知り合いだったらいいのにって思ったのよ」


 フィオナが病弱だということを、私は初めて知った。以前からそうだったのだろうか。少なくとも、出会った頃の彼女はそんな素振り一度も見せることはなかったのだが。


 そこではたと気付く。それではカイルに施した薬をフィオナへも与えればいいのではないだろうか。そう考えた私は、今回ディーナとの謁見を望んだ理由であるこの薬のことについて、思いきって尋ねてみることにした。


「一つお聞きしたいのですが······」


「いいわよ、言ってご覧なさい?」


「兄の······カイル·ベイリーの病気を治す薬を下さったのは、ディーナ様なのですよね?」


 私の質問に、ディーナは動じることなく答える。


「あら、話してしまったのね。内緒にしておくよう言っておいたのに」


 そう言いつつも、あっけらかんとしているディーナに少し拍子抜けする。あまり言ってはいけない約束なのだとカイルが発言していたこともあり、何か重要な秘密でも隠されているのではないかと勘ぐっていたというのに。


「兄を助けて下さってありがとうございます。ですが、どうしてなのですか?」


 私は気持ちを切り替えて、気になっていた内の一つである質問を投げ掛ける。まずはディーナとカイルが繋がりを持ったきっかけが知りたかった。


「私がお忍びであなたたちの国へ遊びに行ったときにね、アーノルドにもらった大切な鏡を落としてしまったの。それをカイルが拾ってくれて······何かお礼がしたくて、薬を手渡したの」


 ディーナが嘘を言っているようには見えなかった。恐らく先の発言は事実なのだろう。しかし、特効薬を持っていながらなぜ大切な娘ではなくいち恩人であるカイルに渡してしまったのだろう。その行動に、フィオナを愛しているという言葉がやはり信じられなくなる。

 そんな私の疑問に気付いてか、ディーナは薄く笑った。


「元々は、娘に飲ませるつもりで私が作った薬だったのよ。けれど、娘には効かなかった。娘は私より魔力が高かったから」


 曰く、自分より魔力の高い者に魔法を施しても効果はないのだという。いくら試行錯誤を繰り返そうとも、フィオナに有効な薬を作ることはできなかったらしい。

 一方、魔法が存在しない私たちの国では当然魔力を持っている者などいないわけで。だからカイルには、薬が有効に作用したというわけだ。


 ルーカスは魔法を万能なものだと言っていたが、とてもそのようには思えなかった。

 自分の魔力がもっと高ければ助けられるかもしれないのに。私がディーナの立場なら、そう自分を一生責め続けるかもしれない。可能性があるということは、無理だと決めつけられることよりもある意味残酷だ。


 それにもう一つ、どうしても聞いておかねばならなかったこともそれと同じで。


 本来治るはずのなかった病気を完治させることは、それに伴う対価を課せられることになるのだから。

 病気を治すことと引き換えに何かを失うことになるのなら、本末転倒である。


 そうして私は最後の質問をディーナへと投げ掛ける。


「恐れながらお聞きしますが、魔法に対価というものは存在するのでしょうか。その、以前読んだ本の物語にそのようなことが書いてあって。私、怖くなってしまって」


 本来魔法における対価など、魔法が存在しない国の者が知るはずのない情報だ。だからと言って、迂闊に精霊(ルーカス)との関わりがあるのだと明かすわけにもいかない私は、いかにも子供らしい方便を述べることにした。


「そうだったの。それは心配だったでしょうね。だけど安心して。娘ほどではないけれど、私もとても高い魔力を持っているの。他の人とは違う、特別な魔力をね。だからどんな魔法を使っても、対価なんて発生しないわ」


「そう、なのですか······よかった」


 対価なんて発生しない、その言葉を聞いて、思わず安堵のため息をもらす。幸い私の嘘に対しても、すんなり受け止めてもらえたようだ。


 しかしこのときはまだ知らなかったのだ。ディーナの言葉の裏に隠された本当の意味を。

 魔法というものがそんな生易しいものではないということを知るのは、まだ先の話である。

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