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14.変わりゆく思い

「ルフラン王国へ渡りたい」


 レオナルドの突然の申し出には少々驚いたものの、私はすぐに要領を得る。

 ディーナとの謁見は、レオナルドにとって言わば初めての独り立ちだ。滞りなく公務を終えることができれば、恐らく国王からの評価も上がることだろう。それに、レオナルドのこれからを考えれば、こういった機会に徐々に慣れていくことも必要であるはずだ。


「私も、レオ様がご一緒であればとても心強いです。よろしくお願いします」


 そう答えた私の返事は建前などではなく本音だ。正直一人でディーナと相対することに不安を感じていたからだ。

 当初こそ気まずい思いはあったのだが、今では違う。こうして忙しい合間を縫っては足を運んでくれるレオナルドに戸惑いつつも、会話を重ねていく内に垣間見える彼の芯の強さと心根の優しさに、過去に囚われている自分が恥ずかしくなったのだ。


 私はレオナルドのことをきちんと見ようとしていなかった。一目見て恋に落ちたあのときの気持ちは紛れもなく事実だったが、カイル亡き後はただ何かにすがりたかっただけなのかもしれない。それをレオナルドに投影し、向けられるはずもない気持ちに嘆き、勝手に堕ちていったのは愚かな私だ。


「······ああ。よろしく頼む」


 そう言って笑顔を見せるレオナルドに、胸がじんわりと温まるのを感じる。

 今度は彼に対して誠実に生きたいと思った。せっかく巻き戻った時間、次は絶対に無駄にはしない。


 レオナルドの笑顔につられるように、自然に笑みがこぼれる。

 するとレオナルドは目を見開いて私を見つめた。


「······っ。あなたは──」

 

 そうしてまるで壊れ物に触れるかのように、そっと私の方へと手を伸ばした。


「······もっと私を頼ってくれ。あなたは一人で抱え込みすぎる」


 伸ばされた手に優しく頭を撫でられながら、どこか切なげに呟かれる低い声に心臓が音を立てて鳴り始める。


「······っ」


「ハンナ、私は······」


 見つめ合ったまま固まってしまった私に、レオナルドが何かを告げようと口を開いた直後──


「ん゛んっ」


 突然扉越しに咳払いが聞こえたかと思うと、一人の人物が入室してくる。


「お取り込み中のとこ悪いんだけど、そろそろ俺のこと紹介してくんないかな?レオナルド」


 そう言って、毛並みの良さそうなふわふわな茶色い髪をなびかせながら現れたのは、ニール·クルーガー。レオナルドの幼馴染みであり、将来は国の第一騎士団に所属することになっている男だ。

 しかしレオナルドが到着したときには護衛騎士の中にその姿はなかったはずなのだが。単に私が見落としただけだったのだろうか。


「ニール······勝手に入ってくるな」


「まあそう怒るなって。そもそもお前が今日俺をここへ連れて来たんだろ。それなのにいつまでたっても呼ばれないと思えば目の前でイチャイチャしやがって」


 どこか不機嫌な様子のレオナルドに、ニールはおどけたように言う。そんなニールの言葉に顔が熱くなるのを感じた私は、両の手のひらで必死に頬を押さえた。まさか聞かれていたなんて。

 それにどうやらあらぬ誤解を与えてしまったようだ。レオナルドの行動の意味は毎度分かりかねるのだが、私たちの関係に特別なものなど何もないからだ。

 一方でレオナルドは、ニールの誤解など気に留める様子も見せず、私の頭に手を乗せたままに返事をする。


「ああ、それはすまなかったな。先に紹介しようと思って忘れていた。ハンナ、この者は私の幼少からの友人でニール·クルーガーという。翌年第一騎士団への入団が決まっているものでな、勉強も兼ねてルフラン王国へと連れ立とうと思っているのだ」


「いやお前、全く悪いと思っていないだろ」


 レオナルドの発言に、ニールはすかさず抗議の声をあげる。


「そうだな。むしろこそこそと覗き見するような奴を差し向けるなど、ハンナに申し訳ないことをしてしまった」


「おい······」


 しかし誤解を解こうにも、なんだか口を挟むことができずにいる私は、ひとまず二人のやり取りを眺めるだけに留める。

 すると、ようやくレオナルドとの会話を終えたらしいニールが私へと向き合い、声をかけてきた。


「悪いな。こんな奴だけどよろしく」


 そう言って差しのべられた手に一瞬戸惑うも、ほら、と促されるままにその手を握り返す。


「ハンナ·ベイリーと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 うろたえるのをなんとか飲み込んで挨拶を述べる私にニールは満足気に頷くと、不意に握られたままの手を引かれて耳元で囁かれる。


「レオナルドのことも、よろしくな」


「······っ!」


 やはり誤解されている。しかし私が訂正するよりも早く、ニールに握られていた手を勢いよく剥がしたレオナルドが口を開く。


「すまないハンナ。汚い虫がつきそうになったものでな」


 そう淡々と話すレオナルドに、ニールはどこか呆れたように呟いた。


「·······お前やっぱりいい性格してるよね」


 そうして再び始まったやり取りに結局誤解を解くことができないまま、その日は二人を見送ることになるのだった。



* * * * *



 やはり、過去とは明らかにいろいろなことが異なっている。

 寝支度を整えた私は、自室のベッドの上で仰向けになりながらそんなことを考えていた。


 はじめこそほんの僅かな違いだったのだが、ここ最近は以前には起こることのなかった事態が発生したり、関わりのなかった人物と繋がったりすることが頻発している。

 ディーナとの謁見も然り、ニールを紹介されたことも然りだ。


 時を巻き戻した張本人であるルーカスが口を割ることができない以上真相を探ることはできないが、どうにも不可解に思う。そこに誰かの目論見があるような気がして。

 そうでないとこのような状況になることすらあり得ない。国に縛られることのない精霊が、いち人間のために動くことなど考えられないからだ。

 それに、いつもどこか曖昧なルーカスの様子も気になる。


 ディーナとの謁見が無事に済み、カイルの身の安全が確立された暁には、このことについて一度しっかり向き合わなくては。


 そう決意を胸に、私は眠りへと落ちるのであった。

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