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12.考察と事実(1)

死の描写が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。

 こみ上げてくるものをなんとか飲み込んで、胸に当てていた手をぎゅっと握りしめる。

 感傷的になっている場合ではない。記憶を遡ったことで、私はある不審な点に気付いたからだ。


 フィオナと出会ったとき、彼女はこんなことを言っていた。家でひどい扱いを受けているのだと。そう震えながら話す様子を見るに、とても嘘をついているようには見えなかったのだが、ともすると一国の王女であるフィオナを、一体誰がそれほどまでに虐げていたのだろうか。


 権力を持たない者が王女を害するような真似をしたところで益などない。自分を窮地に追いやるだけだ。たとえ直接手を下していたのだとしても、それは逆らえない何者かによって命令されていたからに違いない。

 考えたくはないのだが、それがもし、フィオナの実の父である国王もしくは王妃であるディーナによるものなのだとしたら。


 カイルの身を案じる。カイルの病状が劇的に回復しているのは事実だが、その薬を本当に信用していいのだろうか。それにディーナは何のためにカイルを助けるのだろう。そもそも本来出会うはずのなかった二人が繋がりを持った理由は?

 とめどなく溢れ出る疑問に頭を悩ませる。しかしいくら悩んだところで真実が解明されない限り意味はない。一旦考えるのをやめて、情報を集めることから始める。私には、知らないことが多すぎるのだ。ひとまず隣国について、延いては国王と王妃についての情報が知りたい。


「ルーカス」


 鏡を見据えて名を呼ぶ。すると瞬く間に眩しい光が部屋中を包み込んだ後、目の前にその人物が現れた。


「お呼びいただき光栄です、姫」


 ルーカスはその場で跪き、私の手をとる。


「っ!そ、そういうのはいいから!···あなたに聞きたいことがあって呼んだの」


 単なる挨拶だということはわかっているのだが、何しろこのような形式をとるのはルーカスが初めてで。これで二度目なのにも関わらず、思わず動揺してしまう。


「やはり姫は愛らしい。これは私なりの敬意、とでも思っておいて下さい。せっかくこの手に触れることが叶うのですから」


 そう言うと、一向に離されないままの手に唇が落とされる。


「~~っ!ルーカス!」


 恥ずかしさから、思わず手を振り払う。紅潮した顔を見られたくなくて、両手でさっとそれを隠した。


「そんなことをされたらもっと可愛がりたくなる。姫はもっと自覚した方がいい」


 聞き取れないほどの声で何かを呟いた後、すぐにいつもの調子に戻ってルーカスは続ける。


「姫がお聞きになりたいということを、私が知る範囲でお教えしましょう」


 その切り替えの早さに驚きつつも、私も気を引き締めてルーカスの話へと耳を傾けた。


 隣国──ルフラン王国には魔法というものが存在するらしい。身分問わずに誰もが使用できるその魔法は実はほとんどが下級魔法のみで、例えば生活するのに必要な水や火、光、電気などを少量出せる程度のものなのだという。現状上級魔法を扱えるのは、国王が信頼を寄せる限られた者のみに制限されているそうだ。なぜなら魔法とはいわば万能な力であり、使い道を一歩間違えれば世界を破滅させる脅威にだってなり得るからだ。そんな力をもしも誰もが使えるようになってしまったら、ルフラン王国の未来はないも同然といえよう。


「魔法···。なんだかあなたに出会ってから現実味がないことばかりね」


「この国には魔法という概念そのものがありませんからね。無理もありません」


「ということは、あなたはルフラン王国から来た精霊なの?」


「いいえ。精霊とは、国によって縛られている存在ではございません。この世界とはまた違う次元に生きているといった方が正しいかもしれませんね」


 精霊は違う次元に生きている。なんだか妙にその一言が引っ掛かった。だとすれば、なぜこんな魔法すら使えない国にルーカスを召喚することなどできたのだろう。

 前から思っていたのだが、そもそも召喚したという張本人()がそのことを覚えていないというのはやはりどうにも不可解だ。なにかいろいろ都合が良すぎるようにも思えてくる。


「···話を続けますね。では国王様についてですが、特に問題のある人物ではないようにお見受けします。国政は安定しておりますし、下級魔法しか使用できずとも国民からの目立った批判もないようですしね。それに、彼はたった一人の娘である王女様を大層可愛がっているそうですよ」


 どうやら声に出したこと以外説明する気はないようだ。まあこのことは追い追い問い詰めることにしよう。最も、ルーカスの言う誓約とやらに阻まれてしまう可能性は高いのだが。


 溜め息を一つ落とし、私は次の質問を投げ掛ける。


「国王様に問題がないとすると、王妃様は?」


 私にとって、正直一番気になっていたのはこの人の存在だ。カイルと直接関わりを持っているディーナとは、一体どういう人物なのか。


「王妃様は世界で一番美しいお顔をされていると評判ですが、一方でその美しさに固執し、自分より美しい者には決して容赦をしない人だとも噂されています」


「···容赦しないとは、例えば?」


「基本的に王妃様の前で美しいと褒められた人物は皆、何かしらの罰を与えられているようです。例えばそれが使用人であれば即日解雇を余儀なくされたり、上流貴族の娘であれば、永久に婚姻を結べぬよう傷物にさせられたり。余興に招かれた踊り子に至っては、数日後に原因不明の死を遂げています」


 なんて残酷非道なことだろう。ディーナは歪んでいるとしか思えない。しかしこれで不審な点については合点がいく。

 フィオナはとても美しい少女で、国王からの愛を一身に受けている。ディーナがフィオナを虐げる動機としては充分だ。最も私には到底理解などできないが。


「では、王妃様は王女様のことをどう思っているのかしら?」


「今のところお二人が対面する機会はごく僅かだそうで、王妃様にとっては恐らく特別感情を抱くほどの存在ではない、といったところでしょうね。幸い、姫が危惧されているようなことも王妃様には伝わっていないようですし」


 思わず私は安堵の息を漏らす。当然いつまでもこのような状態が続くわけではないが、ひとまずこの件については先の問題が解決した後対策を講じることにしよう。


 まず私が着手すべきことは、カイルの薬が安全なものであるかを確認すること。そして、カイルとディーナの繋がりを調べること。

 そんな中増していくディーナへの不信感に、カイルを失ってしまったときの感情がフラッシュバックする。


 弱々しく握られた手が、するりと落ちていく。まるで眠っているかのようなその姿に何度声をかけようと返答はなく、徐々に熱をなくしていく体はひどく冷たい。それでもまだ信じられなかった。信じたくなかった。

 だからその言葉を医師に告げられたとき、私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じたのだ。


 嫌だ。もうあんな思いはしたくない。


 震える全身を両腕で抱き締めて、ぎゅっと唇を噛む。


 そんな私を気遣わしげに見つめるルーカスは、しばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。


「···兄君の薬には、上級魔法がかけられているのかもしれません」


 と。

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