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10.兄との対話

話の区切りがつけにくく、通常より長めです。

 窓から差し込む光が頬を照らし、朝を迎えたことを知らせる。すんなりと眠りから覚めた私は、じきに到着した侍女により身支度を整えられた後、朝食の席へと足を進めた。


 比較的早く到着したかと思われたが、既にフロイドとカイルが顔を揃えて待っており、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 フロイドからの返事はないが、カイルからは温かい言葉がかけられる。


「おはよう、ハンナ。僕たちが少し早く着いてしまっただけで、時間には遅れていないんだ。気にすることはないよ」


「ありがとうございます、お兄様」


 カイルの優しさに自然と笑みがこぼれるのを感じながら、私は席へとついた。


 ベイリー家では、朝食は必ず家族全員でとることが決められている。カイル曰く、それはどうやら母の強い希望だったらしく、母亡き後もその決め事は守られ続けているのだという。


 正直毎日朝食の席へと現れるフロイドを意外に感じていたのだが、ああ見えて母のことを今でも大切に想っているのだろう。それに気付いてからは、フロイドに対する見方がほんの少し変わったような気がする。


 しかし三人での食事は酷く静かで、そこに話し声などは存在せず、ただ時々食器の擦れる音が聞こえてくるくらいだ。


 最もカイルと二人であれば、気兼ねなく会話を楽しむことができるのだが。いくらフロイドに対する見方が変わったとはいえ、根付いた苦手意識は早々拭えるものではない。もしも軽口を叩いたものならどんな非難を浴びるかわからない。そう構える程には未だ恐怖心を抱いているのだ。


 本当ならこの場でカイルにこの後の予定を確認したいのだが、どうしても尻込んでしまう。こんなことなら昨日の夜、時間をとってもらえるよう事前に頼んでおくべきだった。今さら沸き上がる後悔に、食事を進める手が止まる。


 するとまるでそんな私の思考を呼んだかのように、カイルが口を開いた。


「そうだハンナ、このあとちょっと時間もらえるかな?せっかくだから、たまには一緒にお茶でもしようよ」


 願ってもないカイルからの誘いに、思わずフロイドがいることも忘れて私は興奮気味に返事をした。


「っ!はい!是非!お兄様!私楽しみにしております!!」


「そ、そう?それならよかった。じゃあ後で僕の部屋においで。今日は他に予定もないから、久しぶりにゆっくり話をしよう」


 カイルの言葉に喜びが増していくのを感じる。しかしそれは都合よく話が進んだという理由からではない。だって私は純粋にカイルのことが大好きなのだから。

 母を知らない私にいつも寄り添ってくれて、寂しさを感じさせないくらいたくさん遊んでくれた。楽しい時も辛い時も、どんな時でも私の傍にいて、優しい言葉をかけてくれた。そんなカイルがいたからこそ、母がいなくても、父に冷たくされても耐えてこれたのだ。


 だからカイルが死んでから、心の拠り所をなくした私はある意味レオナルドという存在に依存していたのだろう。王妃になれば、いつか私を愛してくれるかもしれない。このぽっかりと空いた穴を埋めてくれるかもしれない。今にして思えば、それがいかに他力本願で、愚かな考えだったことか。そんな自分がいくら努力を重ねようと認められなかったのも当然だ。


 考えれば考えるほど、思わず暗くなる気持ちをすんでのところで抑え込み、できるだけの笑顔で私はカイルへと返事をする。過去を振り返ってばかりいる場合ではない。今気にするべきことは、そんなことではないのだから。


 私はつい止まってしまっていた食事の手を再開させ、先程より幾分か喉通りがよくなった朝食を一通り済ませるのだった。



* * * * *



 コンコンコン。


 目の前の扉をノックし、部屋の主からの返答を待つ。

 するとすぐに聞こえてきた入室を促す声に、私はドアノブへと手をかけた。


 ──と同時に開かれた扉に思わず前のめりになる私を、扉を開いた張本人であるカイルがすんなりと受け止める。


「ごめんごめん、びっくりした?なんだか待ちきれなくて、思わずこちらから開けてしまったよ」


「もう、お兄様ったら」


 ごめんと言いながらもあまり悪びれた様子を見せないカイルだが、そんなささいなやり取りさえ私の心を和ませる。


「さあ座って。今お茶を淹れよう」


 そう言われて部屋へと入室すると、あまり物が置かれていない殺風景な室内に、思わず苦笑いが零れる。相変わらずだな、と思いつつ部屋の中を眺めていると、ベッドの横に置かれたサイドテーブルへと目を引かれた。


 サイドテーブルの上には、手のひらに収まるほどの四角い透明のケースが乗せられている。

 一体何が入っているのだろう。そう思いながら見つめていると、カイルから声がかかった。


「はい、ハンナの好きなミルクティー。···ん?ああ、それね。その中にはね、僕の病気を治す薬が入っているんだよ」


 カイルは私にお茶を勧めながら、私の視線の先にあるものを確認すると、その中身について明かした。


「お兄様の、病気を治す薬···?」


「そう。ハンナも知っていると思うけど、僕は小さい頃から病気がちでね。それがこの薬を飲んでからというもの、体の調子がとてもいいんだ」


 核心をついた言葉にはっとする。カイルがこのように健康でいられるのは、その薬とやらのおかげだということか。

 しかし、一体どこでそれを──。


「そんなことよりも、レオナルドはどうだい?最近頻繁に家に来ているそうじゃないか。彼とはうまくやっているの?」


 そう私が聞くよりも早く、カイルによって話題を変えられてしまった。それも、よりによって考えないでおこうと思っていたレオナルドのことについて。


「え?!···レ、レオ様がここによく足を運ばれているのは、私が正妃教育を受けている者として、ただ監視をしているだけのことだと思いますよ」


「···そう。昔からハンナは斜め上の考え方をする子だとは思っていたけど······。レオナルドも不憫だな」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、どうやら私の思考は何かおかしいらしい。そんな自覚はなかっただけに、軽い衝撃を受ける。


「あの···お兄様。私、そんなに変ですか···?」


 動揺を隠せない私にカイルは慌てて否定する。


「へ、変だなんて!そんなことないよ!想像力が豊かというか、斬新な発想をするというか···。それにほら、父上もハンナのこといつもほ······いや、なんでもない」


 カイルのまるでなっていないフォローに、それが肯定を意味すると捉える。途中で口をつぐんだフロイドに続く言葉に関しては、大方私が想像している単語で間違いないだろう。


「···そうですよね。私がこんなだから、お父様は放任されているんでしょうね」


 フロイドが、私をいないようなものとして扱っていた理由も窺える。元々自分に原因があることはわかっていたのだ。今更事実が判明したところで感情が動かされることはない。

 しかしそんな私を気遣わしげな様子でカイルが問う。


「···ハンナは、父上が憎いかい?」


「···いいえ。私が出来損ないの娘だから、お父様に失望されても致し方ありません」


 淡々とした口調で答える私に、カイルはそれを強く否定する。今度は口先だけの言葉ではないようだ。


「ハンナ。君は決して出来損ないなんかじゃない。誰よりもひたむきに努力ができるし、それを決して人にひけらかさない強さも持っている。···確かに父上は、とても厳しい人だし冷たいように見えるかもしれない。けれどその本質を見極めることができれば、おのずと父上に対する見方は変わるはずだよ」


 フロイドに対する見方が変わる──?一体どういう意味なのだろうか。それにカイルは知っているとでもいうのか。フロイドの本質とやらを。


 そこでパンッとカイルが手を打ち合わせた。


「さあこの話はもうおしまいっ。せっかく久しぶりにハンナと過ごせるんだ。もっと楽しい話をしよう」


 そう言って笑顔を向けるカイルに拍子抜けした私は、思わずつられて微笑み、その言葉に頷くのだった。



 そうしてあっという間に過ぎる時間を名残惜しく感じながらカイルとの対話を終え、部屋を退出するべく扉へと向かう。

 ──その間際、どうしても聞いておかねばならなかったことを思い出した私は、先程礼を済ませたばかりではあったのだが、カイルへと振り返る。


「すみません、お兄様。一つ聞き忘れていたことがあったのですが···」


「大丈夫だよ。言ってごらん」


 優しく聞き入れてくれたカイルに、恐る恐る尋ねる。


「その···。お兄様のご病気を治すお薬は、どなたから···?」


「ああ、それはね···。本当はあまり言ってはいけない約束なんだけど······ハンナには特別に」



 そう言って、一拍置いて告げられた聞き覚えのある名前に、私の頭は一瞬にして真っ白になるのだった。

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