9.兄と王子
レオナルドとの対面から早三ヶ月。以来週に一度はベイリー邸を訪れるようになったレオナルドに、困惑を覚える。
それも特に何をするでもなく、ただ二人でお茶を飲む、それだけだ。次期国王としての職務で忙しいはずの彼がその合間を縫って来ているのだと思うと、そこになんらかの思惑を感じずにはいられない。
それに、今度こそ王妃教育の辞退を申し出ようと試みるも、再び話を逸らされてしまったことで失敗に終わっている。
レオナルドは一体何を考えているのだろう?
最も以前の私であれば、さぞ喜びに満ち溢れていたのだろうが。
しかし同時にレオナルドと過ごす穏やかな時間を心地よく感じているのも事実で。無論、そこに特別な感情など何もないが、これから待ち受けるであろう未来に、ほんの一縷の希望を抱いてしまう程には好ましく思っている自分がいるのだ。
そんなある日、いつものように訪れたレオナルドとその日は庭園でお茶を飲んでいると、それに気付いた兄のカイルが声をかけてきた。
「やあ、レオナルド。来ていたんだね」
「ああ。久しいな、カイル。体の具合はどうだ?」
「おかげさまでね、この通り元気だよ。それにしても驚いたな。君がまさか家に足を運ぶだなんて。何か心境の変化でもあったのかな?」
「···うるさいぞカイル」
そう親しげに話す二人を見て、違和感を覚える。
「あの、お知り合いだったのですか?」
そう問う私に二人は顔を見合わせて首を傾げた。何かおかしなことを言っただろうか。
「なんだ、話していなかったのか?」
「レオナルドこそ。少しは僕のことも話題に挙げてほしいな」
「そもそもお前に妹がいること自体、初耳だったのだがな」
そのまま軽口を叩き始める二人からなんとか話を聞くと、どうやらレオナルドとカイルは幼馴染みのような間柄で、物心ついた頃からよく一緒に遊んでいたのだという。
初めて知る事実に驚くも、これについては単に今まで私の耳に入らなかったというだけであって、時間が巻き戻ったことによる影響ではないような気がする。
なぜなら、過去にレオナルドが私を訪ねてくることなどなかったし、カイルに至っては良好な兄妹関係を築いてはいたものの、ちょうどこの頃から一日の大半をベッドの上で過ごすことが多くなっていたはずだ。
だから、知る機会なんてなかったのだ。
そこではたと気付く。今目の前にいるカイルは至って健康そうだということに。それに先程レオナルドの問いに対して元気な旨を伝えていたことからして、今のところ特に病を抱えているような状態ではなさそうだ。
「それじゃあ僕はここで。せっかくの二人きりの時間を邪魔するわけにはいかないからね」
意味ありげな笑みを浮かべながらそう言うと、カイルはその場を去っていった。ああそうか。カイルは私がレオナルドに熱を上げていると思っているのかもしれない。事実、以前の私はそうだったのだけれど。今度誤解を解いておかなければ。
そんなことを思いながらカイルを見送ると、レオナルドはあからさまにため息をついて言った。
「あいつ···。今度会ったらただじゃおかない」
どうやらカイルに対して何か怒っているらしい。もしかすると、私との仲をカイルに誤解されたことが癇に障ったのかもしれない。
「申し訳ございません。王子殿下への不敬、何卒お許し下さい」
「······なぜハンナが謝る」
どうしてだろう。レオナルドの声色は更に不機嫌さを増したような気がする。
「いえ···。お兄様にあらぬ誤解を与えてしまったのは、恐らく私に原因があるかと思いまして。王子殿下におかれましてはそのことについてお怒りになられてるのかと······」
そう私が言い終わるよりも前に、レオナルドは先ほどよりも更に長いため息をついて眉間を押さえる。
そしてしばらくなんとも居心地の悪い沈黙が流れた後、口を開いた。
「······あなたが何を勘違いしているのか知らないが、誤解ではないし怒ってもいない」
どういう意味なのだろうか。しかしそれよりも、ひとまずレオナルドが怒っていないということがわかって思わず安堵のため息を漏らす。すると、レオナルドが何かを小さな声で呟いた。
「全くわかっていないようだ」
なんと言ったのか聞き取れないほどの声に首を傾げるよりも早く、突然腰を引き寄せられたかと思うと、私の頬に手を添えられる。
「そうだな。これからは三日置きに訪ねることにしよう」
そう艶めいた声で言い終えると、微笑した。
──どうしてそうなるのか。しかしこの状況で私の頭は既に容量を大幅に越えており、はい、と答えるのが精一杯だった。
* * * * *
レオナルドがベイリー邸を後にするのを見送り、先程からどうも引っかかっていたことについて考える。無論、それはレオナルドの行動の意味に対するものではない。否、気にはなるけれど、今は考えるのはやめておこう。
私が気がかりなのは、カイルの病状についてだ。
一体巻き戻った時間の中で、なにがどうあってあのように健康な姿へと変化したのだろう。勿論喜ばしいことではあるのだが、だからといって、四年後にカイルが死なないという保証にはならない。
カイルの死を食い止められるのだとしたら、なんとしてでも食い止めたい。
私はその理由を突き止めるべく、翌日カイルの部屋を訪ねることを決めたのだった。




