プロローグ
──憎いなら、あの子を殺してしまえばいい──
いましがたそう言って魔女から手渡されたのは、血で塗られたような真っ赤なりんご。
口にした刹那、その者を死に追いやる毒が入っているらしい。
──あぁそうか、そうすれば私はあの人と
──違う、そんなことをしてもあの人の気持ちは手に入らない。
今まで誰にも心動かされなかったあの人は、ただの一度も私のことをみてはくれなかった。
けれどあの子が現れた瞬間わかってしまったのだ。
熱を帯びた瞳に彼女を映していることを。
悲しかった。
どんなに美しく磨こうと、どんなに勉学に励もうと、例え周りがそれを称賛しようとあの人に認められなければ意味はない。
悔しかった。
一番近くにいたのは私なのに。ずっと前から想っていたのに。
憎らしかった。
いとも簡単にあの人の心を奪ってしまったあの子が。
けれど、それ以上に私はあの子のことを愛しているのだ。
それまで孤独だった私に寄り添い、辛いときはいつも側にいてくれた。
明るい彼女の笑顔に何度も救われた。
日だまりのようなあの子は、私にとっての光だった。
だから殺すことなんてできない。
けれど、幸せそうに笑い合う二人の側にいることもできはしない。
それに、幼い頃からあの人の隣に立つためだけに生きてきた私には、もう何もない。
「皮肉なものね」
誰に問うでもなくつぶやいた一言はしんとした部屋にすぐにかき消され、それを自嘲気味に微笑みながらりんごへと手を伸ばす。
王妃になりたかったわけではない。
ただ恋をした。愛されたかった。
一番に、あの人にとっての特別になりたかっただけだった。
苦しい。
こんな思いをするくらいなら、好きにならなければよかった。
恋なんてしなければ、これからも二人のそばで笑っていられたのに。
こんな気持ち、知りたくなかった。
「もう二度と、恋なんてしないわ」
そう言い残し、私はりんごを口にした──