其の三十八
優斗君に横顔を蹴られた強姦男はもんどりうって地面に転がり、あの日と同じように一撃で気絶していた。 実はこいつはとても弱い…… いや、優斗君の一撃が強いんだよね。
「優斗君! どうして…… 」
「ニュースを見たんですよ。 急いで戻ってきて正解でした 」
「ニュース? 」
しばらくテレビは見ていないし、私は新聞も取っていない。
「話は後です。 三善さんを助けましょう! 」
そうだった。 裏路地に目を向けると、三善は藤原に圧されてすぐそこまで後退してきていた。
「三善! 裏路地から逃げて! 」
私は裏路地の入口から離れて三善に叫び、それと同時に優斗君は裏路地に飛び込んで三善の加勢に入る。
「うおっ! 」
藤原の回し蹴りを柄で受け止め、押し飛ばされるように裏路地から出てきた三善の背中を、私は体を張ってがっちり受け止める。
「大丈夫!? 」
三善の顔には何発か殴られた痕と切り傷。 呼吸も荒く、体も熱を持って熱くなっていた。
「平気だ! それよりあの学ラン君は何者だ? 」
「優斗君だよ。 ニュースを見て戻ってきたって…… 」
優斗君は三善と入れ替わるように藤原と打ち合い、ガツッ! ガツッ! と骨同士がぶつかるような鈍い音を立てる。
「うっ!! 」
優斗君は藤原の正拳突きを受けて路地裏の外まで押し出された。 ザザっとアスファルトを擦りながら踏ん張るが、その勢いを止められず三善がその体を受け止める。
「初めまして、だな。 菅原さん 」
「…… 初めまして、三善さん 」
走り込んで来る藤原を前に、二人とも何を呑気に笑顔で挨拶してんのよ!
「前見て! 前! 」
殴りかかってきた藤原を、二人はお互いを突き飛ばすように左右に跳び、私は三善に抱えられてその突きをかわす。
「はぁっ! 」
「うるぁ! 」
藤原を挟んで二人は同時に蹴りと竹刀を振るう。 だがその二重攻撃は藤原に両腕で受け止められてしまった。 なんていう力…… 取り憑かれた人間ってこんなに狂暴になっちゃうの?
「美月、何ボーッとしてやがる! お前の力でさっさと奴を引き剥がせ! 」
「う、うん! 」
優斗君と三善が左右から押さえつけ、藤原の動きを止めてくれている。 私は持っていた霊苻を藤原の胸に思いっきり叩きつけた。
バチッ!
破裂音を立てておじさんが藤原の体から弾かれるように分離する。
『グアアァッ!! 』
おじさんは熊のような雄叫びをあげ、脇に建っていた電柱に激突した。
「ナイスです美月さん! 」
優斗君はぐったりした藤原をずるずると引きずっておじさんから距離を取った。 電柱に激突したおじさんはその場に倒れ込み、めまいがするのか頭を押さえて左右に振っている。 その隙に、三善が私の側に駆け寄ってきた。
「札を貼り直してくれ! とびっきりの奴を頼むぜ! 」
「うん! いいところ見せてよね! 」
私は一番出来のいい霊苻を竹刀に貼りつける。 キュっと柄を握り直した三善は、私にひとつ頷いておじさんに向き直った。
『ぐうぅ…… 小娘ぇ! 』
おじさんはフラフラと立ち上がって私を睨めつける。 三善は私の前に立ち、おじさんの睨みを遮った。
「もういっぺん死んどけよおっさん 」
三善は体勢を低く構えると、おじさんとの距離を一気に詰めて竹刀を一閃した。 三善の竹刀はおじさんのお腹を捉え、その勢いのまま電柱に叩きつけて振り切った。
『ガアアァ!? 』
青白い火花を散らせておじさんはお腹から真っ二つになる。 勢い余った竹刀は電柱を打ち、しなりが限界を超えて根本から破裂音を立てて折れてしまった。
『ごおぉ…… こ、この怨み…… はら…… 』
真っ二つになったおじさんは紫の炎をあげて燃え尽きていった。 グロい…… 幽霊とはいえ、真っ二つにされた人間なんか見るもんじゃない。
「うわぁ! す、菅原!! 」
突然の大声に私は優斗君の方を振り返った。 尻もちをつき、先程の角田のように手足をバタつかせて藤原は怯えている。 優斗君は藤原を見下ろす格好で右手を差し出していた。
「立ってよ藤原 」
優斗君は無表情だった。 すぐに優斗君に駆け寄ろうとすると、三善に肩を掴まれて止められる。 三善は真剣な顔で首を横に振っていた。
「アイツにも菅原さんが見えてるんだろ? 横やりはダメだ 」
「うん…… 」
藤原の胸には、さっきおじさんを追い出した時の霊苻がまだ張り付いていた。 ふと後ろで電話の呼び出し音がなっていることに気付く。 私は慌てて落としたバッグを拾い上げ、スマホを取り出して応答した。 相手は小夜子だ。
ー 美月、赤い光がいっぱい近づいてきてる! パトカーだよ! ー
耳を澄ますと遠くからサイレンの音が聞こえる。 藤原の部下が人払いをしてたらしいから、通行人は一人もいなかった。 とはいえ、これだけ大騒ぎすれば近所の人が通報するよね……
ー とりあえずウチに戻りなよ! 捕まったらヤバいって! ー
「わかった。 ありがとう小夜子 」
気が付けば周りには藤原の部下が見当たらない。 きっと見張りの部下から連絡があって、みんな藤原を置いて逃げたんだ。
「優斗君! 警察が来てるって! 」
ハッと血の気が引いたのは藤原の方だった。 優斗君は無表情のまま逃げ出そうとする藤原の前に立つ。
「行ってください! 僕は警察には見えません 」
「でも! 」
「藤原と話がしたいんです。 行ってください 」
優斗君は私に優しく微笑んで、拳を藤原に向ける。
「行くぞ美月 」
三善に急かされて私は優斗君に背を向ける。
「…… あの公園で待ってるから! 」
『ハイ』と優斗君は笑った。 私は後ろ髪を引かれる思いで裏路地に駆け込む。
「藤原、勝負をしよう。 僕と君、どっちが強いか…… これが最後だよ 」
後ろから聞こえてきた優斗君の声は、とても優しいものに聞こえた。




