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その幽霊、訳ありです。   作者: コーキ
35/42

其の三十四

 薄暗くなり始めた住宅街。 黒いパーカーのフードを深く被った男が玄関から出てくるのを、目立たない位置の路肩に停めた車の中から見届けて私達は車を降りた。 三善には私の後ろからついてきてもらって、決してこちらからは手を出さないよう伝えておく。


「そんな格好でどこへ行くの? 角田さん 」


 ビクッと肩を跳ねさせて、黒いパーカーの男は私を驚きの目で見た。 私達が向かった先は角田の家。 藤原から、あの裏路地に行くよう指示されるだろうと予想しての事だった。


「藤原から命令されたんでしょ? 私を菅原優斗君と同じように脅してこいって 」


「あ…… アンタどこまで知ってんだよ…… 」


 青ざめた角田は、動揺しまくって私の目を見ている。


「全部よ。 優斗君から全て聞いてるわ 」


「菅原から!? 嘘だろ…… そんなわけない! 」


「そうね、幽霊に取り憑かれたアンタに刺されて亡くなってるわ。 でも私、その亡くなった優斗君本人から話を聞いてるのよ。 信用してくれなくてもいいけど、全部話そうか? 」


 また角田の肩が跳ねる。 ポケットに突っ込んだ両手がガタガタと震えていた。


「学校の帰り道、通り魔に扮したアンタが優斗君を襲ったのよね? 橘さんの目の前で、恐怖に怯える優斗君を想像していた。 でも、彼は勇敢にもアンタに立ち向かってしまった…… 」


「やめろ…… 」


「藤原から命令されてた以上、アンタも引き下がる訳にはいかなかった。 優斗君は橘さんを逃がす為にあの裏路地に逃げ込み、後を追いかけたアンタはそこで幽霊に取り憑かれてしまった。 最初は脅すつもりだけだったのに、本気で殺しにいってしま…… 」


「やめろー!! 」


 角田は耳を押さえてうずくまる。 ガタガタと震える体は、今でも当時を鮮明に覚えている証拠だ。


「アンタの意思ではなかったとは言え、アンタが優斗君を刺したという事実は変わらないわ。 今からでも遅くない、罪を償って欲しいの 」


 うずくまった角田は何も答えず、ただ体をガタガタと震わせているだけだった。 後ろから見ていた三善が痺れを切らせてため息をつく。


「おい、聞いてんのかよ? 」


 スッと私の前に出ようとした三善を、私は腕を出して止める。


「…… 出来ねえよ 」


「あ? 」


 角田はうずくまったまま、右手をパーカーのポケットに入れてモゾモゾとし始めた。


「あの人に迷惑がかかっちまう。 俺が捕まればあの人まで捕まっちまう…… 」


 ユラっと角田が力なく立ち上がった。 その右手にはカッターが握られていた。


「こいつ…… 」


 チキチキと刃を限界まで伸ばして、角田はゆっくりと私に迫ってくる。 目は虚ろで、まるで取り憑かれた人間のように生気が感じられない。


「下がれ美月、あの目はマジだ 」


 三善が私の腕を押し退けて前に出た。 いつの間にか三善の手には竹刀が握られていた。


「ちょっ…… 三善! 」


「こういう時の為の俺だろうが? まぁ見てろよ 」


 三善は竹刀を体の正面に構え、切っ先を角田に向けた。



  スパーン!



 正直何が起こったのか分からなかった。 一瞬で角田の手元のカッターが宙を舞ってアスファルトに落ちる。 右手をあっという間に打ち抜かれた角田もまた、何が起こったのか分からず呆けていた。


「…… ぅあああ!! 」


 やっと事態が飲み込めたような角田は、拳を握りしめて三善に襲いかかる。 その動きに合わせて三善は素早く姿勢を低くし、大きく一歩を踏み出した。


 角田の脇の下をすり抜けるように踏み出した三善は、角田の胴を捉えて竹刀を振り切る。 竹刀はまるで鞭のようにしなり、その勢いのまま角田を地面から打ち上げて後方へ吹き飛ばした。


「ゴホッ! あがが…… 」


 地面に落ちた角田はお腹を押さえてのたうち回る。 三善の一撃がみぞおちに入ったらしく、咳き込みながら苦痛の表情を浮かべていた。


「速…… 」


「古流剣術ナメんな。 といっても剣道の試合じゃ全然使えない太刀運びだけどな 」


 そういえば三善は対人特化の古流剣術の方が得意だって言ってたっけ。 これが本物の刀なら、相手は真っ二つなんだろうと考えるとゾッとする。


「これ、正当防衛で通るよな? な? 」


 突然、真っ青な顔をして彼は私に振り返った。 急に弱腰になるって……


 (アンタ、雰囲気を変える為にワザとやってるんでしょ)


 適当に『大丈夫じゃない?』と答えると、竹刀を肩に担いで途端に胸を張るのは三善らしい。


「優斗君に会わせてあげるから謝ってちょうだい。 それだけでいいのよ 」


 三善に手伝ってもらって、角田を側の電柱に寄りかからせる。


「な…… 何を言ってるんだアンタ…… 」


「言ったでしょ? 優斗君と話ができるって。 近いうちに連絡するわ 」


 お腹を押さえたままの角田を置き去りに、私は三善の手を引いてその場を後にして車に乗り込んだ。


「あれだけでよかったんか? てっきりあのまま警察に突き出すんかと思ってたけど 」


「いいのよ、私は警察じゃないし。 優斗君に面と向かってごめんなさいして、後はアイツがどう考えるかだもん。 私はそのきっかけを作りたいだけ 」


 それに、ここに来たのは藤原本人をあの裏路地に来させる為。 使い走りを潰しておけば、否が応にも出てくるはずだ。 きっと今頃、角田は藤原に連絡してる頃…… あの男には土下座させて謝らせる! そう心に決めて、私は小夜子の家に向かってほしいと三善に伝えた。

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