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その幽霊、訳ありです。   作者: コーキ
31/42

其の三十

 途中で渋滞にハマり、思ったよりタクシー料金が嵩んでしまったが、無事小夜子の実家の近くまで来れた。 裏路地の入口には立ち入り禁止のバリケードが立てられ、中を覗くと足場が組まれて通り抜けられそうにはなかった。


「んー…… 」


 中を凝視してみるが、おじさんの姿はここからは見えない。 やはり裏路地に侵入しないと姿を現さないのかな。 短めのスカートだけどバリケードを跨ぎ、ちょっと失礼して裏路地に足を踏み入れる。


「…… あれ? 」


 足場が組まれた場所まで入ってみたが、この間の重苦しい雰囲気が全く感じられなかった。 まさか壁を崩したことで成仏しちゃった?


「まあそれならそれでいいんだけど…… 」


「こらこら、そこに入ったらダメですよ! 」


 突然後ろから注意され、びっくりして振り返る。 いつの間にか赤色灯を付けたパトカーが停まっていて、年配の警察官がバリケードの前で手招きしていた。


「危ないから早く出てきなさい 」


「すいません! 」


 慌てて裏路地を引き返し、出口のバリケードは警察官のおじさんが避けてくれる。


「綺麗なお姉さんが、子供みたいなことしちゃダメだよ。 立ち入り禁止って分かってるでしょ? 」


 険しい顔で優しく怒られてしまった。 身分証は? とか言われてパトカーに乗せられちゃうのかな……


「お姉さん、気分は悪くない? 具合悪くなってたりしませんか? 」


「…… え? 」


 警察官のおじさんは苦笑いをしてため息をひとつ。


「実は通報がありましてね。 お姉さんだけじゃなく、こうやって見物に来る人が結構いるんですよ。 ただ見に来るなら構わな…… いや構うんですけどね、その中の何人かが具合悪くなって病院に運ばれてるもんですから 」


 具合が悪くなった? 私の頭の中にあの旧日本兵のおじさんが思い浮かぶ。 怪我をしたとかじゃないんだ……


「工事の足場組んでた人も足場から落ちて怪我してるし、ちょっと気味の悪い現場だから。 もう近づかないで下さいね 」


 そう言って警察官のおじさんはパトカーに乗って去って行った。 パトカーを見送って、私はバリケードの外から裏路地を見据える。 あの旧日本兵の仕業……  やはりまだあのおじさんはここにいる。


「そこにいるんでしょう? 旧日本兵さん 」


 崩れたブロック塀に向かって呼び掛けてみる。 返答はないが、繰り返して何度も呼び掛けて返答を待った。 だがしばらく待ってもおじさんは出てこない。


「そう言えば…… 」


 私はバッグの中の化粧ポーチから安全ピンを取り出した。 確かおじさんはあの時、血の臭いがどうのと言っていた。 ならば……


「痛っ 」


 安全ピンの針を親指の平にちょっとだけ刺す。 滲み出た血を絞り出し、それを掲げて私は再び裏路地に足を踏み入れた。 その瞬間、裏路地の空気が淀み始める…… 多分この雰囲気は私にしか分からないものだ。


『…… また血の匂いか 』


 いた! こんな豆粒みたいな血でも効果はあるんだ。 なんて感心してる場合じゃない。


「いるならさっさと出てきなさいよ 」


 地面から湧き出てきた黒いモヤから、旧日本兵のおじさんが姿を現す。 おじさんは何も言わず、腰の鞘から日本刀を抜いたのだ。


 (いきなり抜くの!? )


 思わず引け腰になってしまうが、ここで逃げたくはない。


『…… 去れ小娘。 この地に土足で踏み込むのは誰であろうと許さぬぞ 』


「許さないのは私の方よ。 過去に縛られて、アンタは何人もの人生を狂わせた! 私が浄化してあげるわ! 」


『黙れ! いつぞやの小僧のように取り憑いてやろうか? 』


「それ、6年前の事よね? やっぱりアンタが角田君に取り憑いて優斗君を刺したのね 」


『腕から血の臭いをプンプンさせて我が帝国陸軍の基地に侵入してくる小僧らが悪いのだ 』


 私はバッグに手を突っ込み、あらかじめ準備していた霊符の束を取り出した。 その一枚を指の間に挟み、強く念じておじさん目掛けて投げつける。


 (当たれ! )


 霊符は青い光を放ちながら、矢のようにおじさんに向けて飛んでいく。 狙ったのはおじさんの額だったが、おじさんに寸でのところでかわされて、後ろの鉄の足場に当たって燃えてしまった。


『貴様…… 陰陽師か! 』


 おじさんの顔に焦りが見える。 美咲ちゃんに教えてもらった霊符の光矢、凄い! 当たればアイツをやっつけられる! 


「覚悟しなさい! アンタはもうこの世にいてはいけないの! 」


 もう一枚を同じように構え、今度は顔ではなく体の真ん中目掛けて霊符の光矢を放つ。 これなら体のどこかに当たる確率が上がるでしょ!


  スパン!



「い゛っ!?」


 霊符は横凪ぎされた日本刀で真っ二つに斬られ、おじさんに届く前に燃え尽きてしまった。 さっきまで目を見開いていたおじさんは、日本刀を構え直して私に走り込んでくる。


「ちょっ! まっ! このっ!」


 慌てて何枚かを扇のように広げ、おじさんに向かって投げつける。 光矢になったのは二枚だけ…… 何枚かはハラハラと地面に落ちてしまった。 


『フン!! 』


 おじさんはヒラリと一枚をかわし、一枚を斬り捨てて私に突っ込んできた。



  ビュン



「うきゃ! 」


 振り下ろされた日本刀を、前に飛んで間一髪かわす。 膝を擦り剥きスカートがめくれるが、そんなことに構ってる余裕はなかった。


「このっ! このぉ! 」


 完全な練習不足…… 霊符は何枚も光矢に変わることなく地面に落ちる。 さっきまで大口叩いて余裕かましてた自分が情けない。


『出来損ないの陰陽師など恐るるに足りぬわ! 』


 あっという間に間合いを詰められ、おじさんにお腹を蹴り上げられた。 背中まで突き抜ける衝撃…… 蹴り飛ばされて鉄の足場にぶつかり、その場に倒れてしまう。


「か…… は…… !!」


 痛い…… 息が出来ない……  目の前がだんだん白くなっていく。


『弱いな…… その体、我が有効活用してやろうか 』


「!! 」


 おじさんのその言葉にゾッとする。 取り憑かれちゃう…… 何をされるかわからない恐怖に体は萎縮して動かない。


『貴様の体は旨そうだ…… 』


 クツクツと笑うおじさんの笑い声が頭の上から降ってきた。


 (怖い…… いやだ…… 死にたくない! )


 私は地面にばら蒔いてしまった霊符の束に手を伸ばした。


 (消えてなくなれ!! ) 



  ゴオォ!!



 重なり合った霊符が轟音を立てて燃え広がる。 突風に煽られて後ろに吹き飛ばされ、おじさんの叫び声が聞こえた気がした。 目の前が真っ白になり、自分でも何が起きているのか分からなかった。

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