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その幽霊、訳ありです。   作者: コーキ
21/42

其の二十

「こんにちは。 お話できますか? 」


 小夜子には、私は角の電柱に向かって話しかけているように見えてるのだろう。


「ちょっと美月、そこにいるの(・・・)? 」


 慌てて私の影に隠れる小夜子。 もっとびっくりしていたのは幽霊のおばさんの方だった。 


「驚いた…… 私が見えるのね 」


 聞き取りづらい小さな声だけど、大丈夫! 会話ができそうだ。


「突然ごめんなさい、安倍美月って言います。 6年前のここで起きた事件を調べてるんだけど、あなたは何か知ってるかしら? 」


 見たところ地縛霊っぽいおばさんは、静かに首を横に振った。


「そう…… ありがとう。 誰か見た人を知らないかしら? 」


 おばさんは再び首を振る。 そんな都合よくすぐに見つかるわけないか。


「ねぇ美月、その幽霊どんな人? 」


 小夜子は私の両肩に手をかけて、背中から小声で聞いてくる。


「あなたの名前を聞かせてくれる? 」


「鈴木さゆりです。 そちらの隠れてるお嬢さんは源さんのとこの娘さんかしら 」


 おばさんの名前を小夜子に伝えると、小夜子はヒョコっと私の肩から顔を覗かせた。 その目には涙が滲んでいる。


「おはさん、もしかして良太くんを待ってるの? 」


「やっぱり小夜子ちゃんだ。 大きくなったわねー 」


 小夜子の言葉は鈴木さんには届いていない。 代わりに小夜子の言葉を伝えると、鈴木さんは『そうよ』と優しく微笑んだ。


「そこの家のおばさんなんだ。 良太っていう男の子がいたんだけどね、5年前に事故で亡くなってるの。 それからおばさんも後を追うように亡くなっちゃってさ…… 」


 小夜子は言葉に詰まってしまった。


 (馴染みの深いおばさんだったんだね…… )


 私は肩に置かれていた小夜子の手に自分の手を添える。


「さゆりさん、私は安倍家の陰陽師です。 良太くんには、あなたが待っていることを必ず伝えます。 だから安心してね 」


 もちろん良太君は知らないし、そんな事が出来るわけでもない。 でも、この嘘が彼女にとって救いの手になるのなら…… そう思って、鈴木さんに精一杯微笑む。


 彼女は目を見開いて驚き、そして涙を浮かべて笑った。 


「大丈夫だよ、小夜子 」


 私は徐々に姿が消えていく鈴木さんを最後まで見届ける。


「美月…… おばさんは?」


「……消えちゃった。 無事に行けたんじゃないかな 」


 小夜子の顔を見て私は微笑む。 その意味を理解したのか、小夜子は突然背中に抱き付いてきて、私の肩に頭をもたげた。


「な…… なに? 」


「ありがと…… おばさん、良太くんにちゃんと会えるかな? 」


「うん、きっと会えるよ 」


 ギュッと私を抱きしめる小夜子の腕を、私は優しく撫でた。


「さ、聞き込みの続きしないとね。 日が暮れちゃうよ 」


 パッと背中から離れた小夜子は、私の手を取って歩き出す。 


「ちょっと小夜子! そっちには誰もいないよ! 」




 『じゃあこっち!』とクルッと方向転換して、私の手を引っ張っていく。


 (まったく…… )


 でも小夜子のこの明るさに、私は今まで何度救われただろう。 小夜子も昔から変わらない。


 現場周辺を歩き回って、すれ違う幽霊さんに聞き込みを続けるも、6年前の現場を見たという幽霊さんには出会えず、陽も落ちてしまっていた。


「小夜子ありがとう、今日はもう諦めるよ 」


 気温も下がってきて、部屋着のままの小夜子が少し寒そうに見える。 空を見上げると分厚い灰色の雲が広がり、今にも雨が降ってきそうな雰囲気だ。


「そっか、近いうちまた来るんでしょ? 連絡くれれば手伝うからね 」


 手を振って帰っていく小夜子にお礼を言って、その背中を見送る。 塀の角を曲がったのを見届けて、私も帰路につこうとした時だった。


「あ、そうそう! 」


 一度背を向けた小夜子が振り返り、私を呼び止める。


「春樹とちゃんと話せた? 」


「へ? 」


 いきなり三善の名前が出てきて、ちょっとドキッとする。


 (まさか小夜子、この前先に帰ったのって三善と二人きりにさせる為だったの? )


「…… 小夜子、彼氏は? 」


「シルバの事? 」


 シルバとは、小夜子が飼っている猫の事だ。 フフンと勝ち誇った顔をする彼女に、軽く肩を落としてみせる。 未来の旦那さんと同棲してるのに、実家暮らしはないよね。


「じゃあまたね。 あんまり春樹にツンケンするのも可哀想だよ? 」


 笑顔で手を振って帰っていく小夜子にため息を一つ。


「余計なお世話だってば 」


 軽く独り言を呟き、今度こそ帰路につく。 帰り際にもう一度事件現場を見て帰ろうと、あの路地裏の前にやって来た。 陽が落ちてきたせいか、この場所はより一層暗く、狭く感じる。 昼間に小夜子といる時にもここの中は通ってみなかったっけ…… 少し怖いけど、私は路地裏に足を踏み入れた。


『…… 出ていけ…… 』


 路地裏の中ほどまで進んだ時、低く唸るような声に私は思わず振り返る。 どこにも幽霊の姿は通路には見当たらない…… でも気配は感じる。 多い被さるようなブロック塀の上を見上げると、そこには赤い目をした小さな猫がこちらを見ていた。


 (子猫? 違う…… ) 


『出ていけ小娘…… 』


 子猫に取り憑いてるんだ。 今まで見てきた幽霊さんとは違う匂い…… 多分かなり昔の人だ。


「あ、あなたは6年前にここで刺された人を知っていますか!? 」


『…… 出ていけ! 』


 ダメだ、話が通じない。 でもこの感じ、この人はここの地縛霊だ。 それならあの事件のこともきっと見てる筈!


「よ、用が済めばすぐに立ち去ります! 教えて下さい、6年前の事件を見てましたか? 」


 フゥー! と背中の毛を逆立てて、子猫は威嚇してきた。 徐々に大きくなっていく幽霊の気配…… 怖いけど、せっかく見つけた手がかりだ。 ここで引き下がる気にはならなかった。


「教えて! あなたは見ていた筈なのよ、ここで何があったのかを! 」


『黙れ! 儂に再び血の匂いを嗅がせおって! 』


 言葉が通じた! 血の匂いって…… 前にもここで誰かが殺された?


『小娘風情に何ができる! 儂の部下の眠りを邪魔をするな! 』


 部下? 何があったか分からないけど、優斗君の他にもここで亡くなった人達がいるらしい。


「あなた達の眠りを邪魔するつもりなんてないの! 私は優斗君が刺されなきゃならなかった原因が知りたいだけ! 」


『黙れ! 如何なる理由があろうとこの地を汚す者は許さぬ! 』


 突然子猫から黒いモヤが吹き出して、人間の形を形成していく。 教科書で見たことのある、旧日本軍の軍服。 その手には日本刀が握られていた。


 (マズイ…… このおじさんは、触れちゃならない怨霊だ )


 身の毛もよだつとはこの事だ…… 強い思念は危険なことを、私は子供の頃から知っている。 優斗君のようにこちらに干渉出来るかは分からないが、最悪取り憑かれて体を乗っ取られかねない。 直感的にそう思って、私は後ずさった。



 ヒュン



 おじさんが私の目の前で日本刀を一閃した。 ハラハラと前髪が何本か宙を舞い、闇に溶けていった。


 (マジだこれ。 ヤバいってレベルじゃない! )


 『殺してやる…… 』


 日本刀を構えてゆっくりと近づいてくるおじさんに気圧され、私の足は震えて力が入らない。 フッと腰が砕けたように力が抜けて、私は冷たいアスファルトに座り込んでしまった。


『覚悟せい! 』


 おじさんは頭の上に日本刀を振り上げて私を見据えた。


 何でも出来る気がしていた。


 いや、何でも出来る気になっていた。


 でも私は、ただ見えるだけ。 退魔師のおばあちゃんだって、武器としてお札を使っていたんだ。 今の私には、あの鋭利な日本刀を防ぐ手段がない。 私にはただギュッと目を閉じるしかなかった。

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