其の十四
「彼に会って何か思い出せた? 」
優斗君が私に追い付いてきたのは、私がシャッター商店街に足を踏み入れてからだった。 じっと角田君を見ていた、あの感情のない表情は、私を襲った男達を殴るあの時の表情と似てるような気がする。
「少しだけ。 彼は藤原の友達で一緒にいることが多かったんですけど、あまり僕は喋ったことがないんです。 言葉が汚いですけど、藤原の舎弟…… みたいな感じでした 」
「舎弟って…… だから同級生なのに君付けしてたんだ。 藤原君ってもしかしてヤンキーさん? 」
ハハハと優斗君は苦笑いする。
「そんなことないですよ。 体格も僕と変わりませんし、外見も真面目な好青年って感じです。 僕と同じ空手部で、彼はとても強かったですね 」
「優斗君より強かったの? 」
「どうでしょう…… 彼には試合で一度も負けた事はないですけど。 僕にはとてもいいライバルでした 」
懐かしむ優斗君の表情は優しい。 友達としても選手としても、いい関係だったんだろうなとわかる。
「行ってみようか。 まだ時間もあるし 」
「疲れてませんか? 僕は平気ですけど、角田と話してる時も美月さんちょっとツラそうだったんで 」
(ちゃんと私の事も見ててくれるんだもんなぁ…… )
彼はホント優しい。
「大丈夫。 じゃあ行こうか 」
スマホのマップアプリを開き、ナビを起動して藤原の家へと向かった。
私達が藤原君の家に着いたのは、少し日が傾いてきた頃だった。 大きな三階建ての立派な一軒家で、門構えは大理石調の石で作られている。 真面目な好青年というイメージからすると、なんとなくお坊ちゃんを連想させた。
門に付けられたインターホンに指を掛けた所で、後ろから高い男の人から声を掛けられた。
「ウチに何か御用ですか? 」
スーツ姿の清潔な印象の好青年。 タイプではないが、カッコ良くてぱっと見でモテるんだろうなと思う。
「藤原です。 大人っぽくなりましたね、彼 」
優斗君が耳元で囁いてくれる。 優斗君の声は私にしか聞こえないので、耳元で囁く必要はないんだけどな……
「突然すみません、藤原一誠さんですか? 」
「はい、そうですが…… どちら様ですか? 」
「安倍と言います。 小田さんから委託を受けまして、卒業生名簿の作成をしてます。 少しお話よろしいですか? 」
「卒業生名簿ですか…… 小田、元気にしてましたか? 」
「え、ええ 」
藤原君はニコッと私に微笑む。 なんかちょっとキザっぽくてヤな感じのする笑い方だ。
「僕らまだ同窓会もやってなかったんで、これを機にやるんでしょうかね? いいですよ安倍さん、電話番号だけでいいですか? 」
「はい、ではこちらに…… 」
私は慌ててバッグからボールペンとメモ帳を取り出してページを開き、彼に名前と電話番号を書いてもらった。
「…… 」
なんだろう…… 彼の肩に何か白いモヤが見える。 多分幽霊さんだろうけど、イマイチはっきり見えない。
「あれ? 橘早苗って…… 」
藤原君が言った言葉に私はドキッとする。 メモ帳を開いた際に見えたらしい。
「は、はい。 橘さんも住所が変わったようで連絡がつかないとか。 ご存じないですか? 」
藤原君の顔色が少し変わった。 やっぱり彼も橘さんの行方は知らないんだろうか。
「彼女、転校してるんですよ。 ちょっと色々ありましてね…… 小田がどういうつもりで早苗を名簿に入れてるのか分かりませんけど、そっとしておいてくれませんか? 」
色々というのはきっと優斗君の一件なんだろう。
優斗君は橘さんを庇って死んでしまった。 ということは、優斗君が刺される瞬間も彼女は見ていたということになる。
(その事が原因で転校せざるを得なかった、ということなんだろうか )
「分かりました、橘さんの事は小田さんに確認しておきます。 お忙しいところありがとうございました 」
丁寧にお礼を言って私は大人しく引き下がる。 彼に教える意思がない以上、これ以上は逆に怪しまれると思ったからだ。
「安倍さんって言ったっけ? その卒業名簿の話、ホントなのかい? 」
藤原君からは先程のキザな笑顔は消えていた。
(ヤバい…… 怪しまれてる )
私はバッグからスマホを取り出して、電話を掛けるふりをして見せた。 もちろんハッタリだ。 この場を凌げればきっともう会うことはない。
「小田さんに取り次ぎますか? 本人から聞けば納得してくれると思いますが 」
スマホを構える手が震える…… でも堂々としないとバレちゃう!
「いや、別にいいですよ。 すいません、疑ったりして 」
藤原君はまたキザな笑顔に戻る。 『それでは』と私は、足早に彼の前から退散した。
「ふう…… 」
自宅まで戻ってきた私は、これからのことを相談する為に優斗君を部屋に招待した。 『どうぞ』と招き入れたはいいけど、下着を干していたのを忘れてて慌てて回収する。 チラッと優斗君を見ると赤い顔をして目線を逸らしていた。
(はい、しっかり見られちゃいましたね……
)
「お腹空いちゃったね。 何か買ってくるけど何が…… って、ごめんなさい…… 」
彼は食べることも飲むことも出来ない幽霊だった。 気を付けないと、彼を生きていると勘違いしてしまう。
「気にしないで下さい。 こんな生きてるみたいな幽霊の僕にも問題があるんです。 美月さんが悪いんじゃありません 」
自己嫌悪に陥る私を、彼の優しい目が慰めてくれる。
「僕は平気ですから。 お腹空いてたら、元気なくなっちゃいますよ? 」
「…… ありがと。 ちょっと行ってくるね 」
私はバッグから財布だけを取り出し、マンションの一階にあるコンビニにお弁当を買いに走った。




