22.勇者の帰還
俺達はおよそ8か月のレベルアップの旅を終え王都へ帰還する
王都に近づくにつれ人の往来は増えるが、後続の荷台に積んでいるドラゴンの頭は
布で覆ってあるので,俺達が勇者一行だと気づく者はいない
王都の門をくぐり、露天街を通ると豚肉の焼けるうまそうな匂いがする。腹が減っ
てきた。今日からは文明生活を満喫できそうだ
王城へ着くとモルゲングドルフ大臣とエドワード・ハウル審議官が出迎えてくれた
モルゲン大臣は俺が召喚後初めて会話を交わした人間だ。エドワードは俺の新人
研修期間面倒を見てくれて人物である
「イワタテ殿、長旅お疲れさまでした。よくぞ最後までやりとげてくれました 」
大臣は荷馬車に積んであるキングドラゴンの頭を見て満足そうに言う
「お久しぶりです、イワタテ殿。さぞお疲れでしょう。皆さんも本日は部屋を用意
していますので王城でお泊りください。明日王との謁見がありますので、それまで
ゆっくりしてください 」
エドワードは再会がそんなに嬉しかったのか歯を見せて笑っていた
『ありがとう。助かる』
俺達は部屋に案内された。俺以外はみんな王都内に自分の家があるので一目散に
帰りたいだろうが、ああ言われれば仕方ないだろう
夕食後に神獣様を洗うことにした。だいぶ臭くなってきたからだ
「パパ、熱いよお」
だいぶ水で薄めたはずだがお湯は熱かったようである
『ごめん、ごめん。なあ、ハナ。お前は前にいた世界と今の世界
どっちがいい?』
「ボクはパパと一緒なら、どこでもいいよ」
嬉しいことを言ってくれる
俺はハナの頭をタオルを絞って拭いてやる
柴犬の頭頂部には神獣様の角の痕跡は見当たらなかった
翌日王の謁見があった
神獣様とオーガのチリトも参列している
王からお言葉を賜る
「勇者イワタテトシキ、よくぞ試練を成し遂げた。そちの力戦場にて十分に
発揮してくれ。期待しておる」
開戦が近くなっているせいか王の表情は厳しい顔つきだ
『必ずや敵の軍勢を撃破し、王の威光を知らしめましょう』
大仰に俺は言う。敵の勇者の能力も知らない今は、ほんとの事を言えば努力し
ますと言いたいとこだが、不安を与えてもいいことはないので、無難な返答を
した
王は俺の返答に満足げだった
「ところで、勇者殿、そちにつけた供は役に立ったか?」
王は一転楽し気な表情で俺に聞く
『はい、私が今ここに立っておられるのも彼らのお陰です』
「であるか、皆の者、これからも勇者への力添え頼むぞ」
王は供の中でなぜかステアをよく見ていた。そして俺の視線に気づくと王は
ニンマリしていた
やはり俺は王の手の平で転がされているようだ
その3日後、勇者の帰還祝典パレードが行われた、国威発揚のための軍事パレ
ードも兼ねている
俺とステア、アイリスの乗っている戦車の後には豪華な装飾が施された荷台に
キングドラゴンの頭が置かれていた
その後を、ラタン達、ガスタンが騎乗し、大狼モードの神獣様とチリトが
歩いている。その後は、着飾った近衛兵やら、軍属の楽団やら延々と続く
沿道の市民はドラゴンの頭に驚き歓喜している
まあ、インチキで手に入れたものだがな 喜んでもらえて何よりだ
それから数日は何もなく俺達はそれぞれ平穏な時間をすごした
みな、それぞれの家に帰っている。アイリスはステアと一緒にステアの実家
に帰宅した
王城に残された俺は壁のイメージ訓練や木剣で素振りをしたり、コンビネー
ションスキルの名前になりそうな名前を連呼したり、神獣様を連れて街に
散歩に出かけたりして時間を過ごした
毎日かかさず30分は壁のイメージ訓練に費やしてきたお陰で、今では壁の形状
をある程度変形できるようになった
最初は平面の壁を1mmすら曲げることはできなかった。どうやったらできるかを
ひたすら毎日考え続けた。思いついたイメージを試しては失敗するの連続だ
試行錯誤を繰り返すうちにだんだん壁は曲がるようになり、今では直角まで曲げ
たり、ある程度任意のカーブをかけれるようになった
最終的に目指しているのはひとつなぎの立方体の壁だ
今は全方位を守ろうとすると、下を除けば5面の壁を展開しなければならない
これは順繰りに展開するのに時間がかかるし、壁の維持に必要な集中力の負担が
大きい
ひとつなぎの壁が展開できればそれらの欠点を補える
ひととおり壁のイメージ訓練を終えると、コンビネーションスキルの名前になり
そうなものを考える。コンビネーションスキル名になりそうな名前はおそらく
中二病的な名前に違いない。俺はセンスがないのでそれらしき名前を手あたり
次第声に出して言ってみる
『 ぐれんのかべ! 』『 りゅうごろしのたて! 』
『 だてんしのかべ! 』 『 かみおろしのたて!』
『 ぐれーとうぉーる! 』『 ソードシールド! 』
・・・・・・・
一向に当たりが来ない
途中2度ほど衛士がドアをノックした
勇者が頭がおかしくなったかと心配したのだろう
前世界の中2男子が見たら「 ばっかじゃねー 」と冷笑されるだろう
しかし、俺は中2病を否定しない
俺の定義は中二病とは周りから見たら馬鹿に見えるほど何かに熱中している
状態のことである
むしろ何も熱中することがない方が問題なのだ
俺に言わせれば、エジソンも、コロンブスも、チェゲバラも、イチローも
みんな中二病だ
連呼するのも飽きてきたので、散歩に出かけることにする
神獣様を連れて散歩に出かけると、やたら婦女子が近づいていくる
「あの方、勇者様じゃないかしら?」
凱旋パレードで俺の顔はエルトリアの王都内では認知されてしまったよう
である
「連れているのは、まぁ 何て可愛い生き物なの」
「触らせてもらってもいいですか?」
「しっぽがあんなに丸まってるわ」
「あんな魔獣見たこともないわ」
気づけば人だかりである
日本人が2千年近く可愛がってきた柴犬様の魅力が異世界でも認められた
日になった
勇者の俺より大人気である