109.忘れられていた男
書き始めた頃は100話も続くとは思っていませんでした。書いてるうちに最初の構想からだいぶずれましたが、それも物語ということですかね。 では、よいお年を。
「 えっ、私も行かないといけないの? 」
「 ええ、張本人の奥方様ですからね。来てもらわなくては
困ります。それからアイリスにも来てもらいます。 」
ダリオ叔父さんは夕方前に家に来た。お母さんに王城に
来てもらいたいようだ。
突如到来した宇宙船はどうやら敵ではなかったらしい。
シルフィーという星から来たと聞いたけど、僕の持ってる天体
図鑑にはそんな名前の星は無い。シルフィーの使節団と各国か
ら集まった偉い人達がエルトリアの王城で連日何か話し合
っているようだ。その席に僕の家族も呼ばれたのだ。
「 仕方ないわね。トーレス、神獣様とお留守番頼んだわよ。
ご飯はメアリーに言っておくから、コジョウ叔父さんの
家で一緒に食べなさい 」
メアリー叔母さんはコジョウ叔父さんの6人のお嫁さんの
うちの一人だ。何故おじさんには6人もお嫁さんがいるのか
アリねえに教えてもらったけど、なんだかお子様向けの説明
だった。それくらい僕にでもわかる。
コジョウ叔父さんの家で、たくさんいる家族と賑やかに
食事を終え、すぐ隣にある自分の家に向けて数歩歩くと
門の前に見知らぬ男の人が立っていた。
『 あのう、うちに何か御用ですか? 』
「 えと、ここは勇者イワタテ邸かな?君はこの家の子かな?
その魔獣は?もしかして神獣様ですか? 」
『 はい、そうですが 』
ハナねえは、あんた誰って顔をしている。
男の人は、何故だか顔をくしゃくしゃにして、すごく嬉しそ
うな顔をしていた。着ている服がかなりボロでくさい匂いが
漂ってくる。風呂に入ってないのだろうか。でも、顔はすごく
精悍な顔をしていた。左右の腰に剣も下げている。
「 そうかー、君が息子さんか。会えて嬉しいよ。私の名は
カイン・リシュリー、君の父上にに世話になった者だ。
父君は御在宅だろうか? 」
『 お父さんは12年前にいなくなりました 』
「 ええっ、何だって!! 詳しく教えてくれないか 」
その時、くしゃくしゃの笑顔だった男の人が急に怖い顔になり
腰の双剣を抜刀し僕に近づく。
「 しゃがめっ 」
何が何だか分からなかったが、男の人の勢いに呑まれ、その場
にしゃがむ。しゃがんだ僕は足元にいたハナねえと顔を見合わせ
二人ともきょとんとした顔をする。
ガキィーン、ガキィーン
後ろを振り向くと、全身黒装束で顔を下半分隠した人が血を流し
て倒れていた。その人の手には小ぶりの細い剣が握られていた。
この人は僕を後ろから斬りかかるつもりだったのだろうか。でも、
変だ。殺気や敵意がある存在がそんなに近くにいたら、敏感な
ハナねえなら気づくはずだ。
カイン・リシュリーと名乗る男の人は、すでに僕らの前に立ち
塞がり双剣を構え前方の虚空を睨んでいた。だが、前には誰も
いない。そう思った矢先、街頭に照らされてできた家の影から、
2つの黒い影が飛び出すと同時にカイン・リシュリーにナイフを
投げながら飛び掛かってきた。
カイン・リシュリーは投げナイフを左の剣で捌きながら巧み
に体を右側に入れ替え、飛び掛かってきた2つの影を同時に
右の剣で両断する。
後ろの家の陰から一人、前の家の影から一人、黒装束が姿を
現した。ハナねえは大狼に変身し、後ろの黒装束に鉤爪を露わ
にし飛び掛かるが、黒装束の姿が消え空振りに終わる。
「 こいつらはカリプソのアサシンです。殺気と気配を消すのが
得意な連中です。だいたい影から出て来ると考えてください 」
カイン・リシュリーは何故かハナねえに言葉遣いが丁寧だ。
「 わかった。じゃあこれで 」
ハナねえの言葉に、カインはえーっと一瞬驚いた様子を見せた
ハナねえの頭部に生えた長い角の先端から、四方八方の物陰に
向けて雷撃が発せられる。物陰に潜んでいた黒装束はばたばた
と倒れた。
カインは前後を挟んでいた黒装束を片付けると同時に、左の
剣を地面に突き刺した。地面には顔だけ出した黒装束が背中から
串刺しにされていた。
「 これで最後かな。ところで神獣様、直接話せるようになって
たんですね 」
柴犬の姿に戻ったハナねえは、首をかしげながら
「 えーっと、どちらさまでしたっけ? 」
カインは苦笑していた。
騒ぎに気が付いた近所の家の人達が家から出て来て、まもなく
憲兵がやってきた。事情聴取を受けることになった。
「 中で話しましょう。カインさんもどうそ、
お母さんとアイリスねえさんはお城に出かけてますので 」
僕はとりあえずくさい匂いのするカインさんをお風呂場につれて
ゆき、お父さんの部屋から着れそうな服を探した。その後憲兵の
人にお茶を出して事情聴取を受ける。
「 それでさっきの男の人と家の前で話していると突然黒装束の
奴等がが現れて、さっきの男の人がやっつけたんだね? 」
『 はいそうです。あの人はカイン・リシュリーって名乗ってました 』
「 えっ、もしかして剣聖オジェ・ダノンの秘剣をただ一人継承し
自らも奥義を編み出し、一人でルマニアドラゴンを討伐した
という、あのカイン・リシュリーかっ!! 」
「 ええ、そのカイン・リシュリーで間違いありませんよ 」
風呂を浴びて着替えをしさっぱりしたカインが戻ってきた。
「 娘が大ファンです、よろしければサイン頂けないでしょうか 」
なんでもカインの名前は彼を題材にした小説のお陰で、最近有名に
なっているようで、若い人には熱烈なファンが多いらしい。僕も若い人
だが、剣豪ものの冒険譚にはそれほど興味が無いので今日初めて知った。
「 いいですよ。そんなことより、さっきの賊は明らかに坊ちゃん
狙いでしたね。何か心あたりは? 」
『 心当たりって言われても、全然無いです 』
「 まあ、有名な勇者の息子ってだけでも十分狙われる理由には
なるんですけどね 」
今の今まで自分の命が狙われることがあるなんて思いもよらなか
った。その事実に愕然とする。
「 しばらく私が警護していた方がよさそうですね。今日から
この家にごやっかいになってもいいですかね? 」
『 ええ、問題ないと思いますし、僕も心強いです 』
ずーっと僕たちの話を聞いていたハナねえが突然喋り出した
「 あっ、思い出した。あんた、ミーシャに振られた兄ちゃんの
方のカインだ。」
「 こりゃまた随分と昔の話ですね。」
カインはまた苦笑した。
それから、お父さんについて起きた出来事について、僕の
知っている限りの話をした。カインは山奥で魔獣を狩ったり
していたので世間の情報に疎く、父の消息不明も知らなかっ
たのだ。カインからは、お父さんがいろいろ援助してくれた
事や剣士としてものになったらお父さんの下で働く予定だった
ことを聞いた。
「 そうですか、そんな事があったのですか。いろいろ信じ
難い話もありますが、坊ちゃんが言うのなら事実なのでし
ょう。私はイワタテ家に大恩のある身、当主不在の今
坊ちゃんに忠義を尽くしましょう 」
『 その辺の事は僕にはわかりません。お母さんと話して
ください。 』




